14 死への狂笑
「ははっ、死んだ! 木っ端微塵に吹っ飛んだ! どうだ化け物? これが俺の力だ!」
イッザ=ラージーは狂喜の声を上げている。
彼の眼前に広がっている光景は、まるで活火山が噴火したかのような光景だった。黒煙と蒸気が大地の中から巻き上がり、中心には轟炎の赤が仄かに滲み出てきている。そのため、真っ暗だった廃墟は今まで以上に煌々としていた。
五〇〇メートル以上離れた瓦礫の上でそれを眺めているラージーの皮膚に、じりじりと熱が焼き付いてくる。それだけで、黒煙の内部がどれほど高熱になっているのか想像できてしまう。
もの凄い速度で酸素を燃焼したためか、多少息苦しさを感じながらもラージーは吠える。
「制限をなくし、俺の残りの元力を全て注ぎ込んだ一撃だ! てめぇがどんな術式を使っていようと、こいつを防ぐなんて事は不可能! 終わった! 俺の勝ちだ! ざまぁ見やがれダニエルとその彼女! てめぇらの予想はまんまと外れたぞ!」
ラージーはガルトの術式が解けた為、再び月や星が輝き見える空に向かって、発狂しているかのような雄叫びを上げる。
彼は自分の扱う術式があまりに強大過ぎた為、その威力に制限を掛けていた。そして今回、彼はその制限を全て外し、尚且つ自分の中に残っている元力を根こそぎ消費して、一撃限りの大破壊を生み出した。
それが今目の前で起こっている噴火のような惨状で。
その結果は、正直本人の予想を大きく上回っていた。
「神の十二聖書。確かにこりゃあ『神の一撃』だ! 『第二発行』の全力がこの威力なら、原書はどんだけやべぇんだろうなぁ?」
誰に語りかけるでもなく、彼はただ狂犬の如く歓喜に震えながら吠えている。
帰ったら術式の調整と改良をやらねぇとな、と思いながらラージーはズタズタの体を動かそうとして、
ゴッ、と燃え盛る爆発源の中で何かが蠢いた。
「……?」
踏み出そうとした足を止めて、ラージーは恐る恐る視線を向ける。
刹那、神の一撃をまともに受けたあの『化け物』が、まだ生きているかもしれない、と思ってしまったのだ。あの、生命など存在できるはずのない紅蓮の煉獄の中で。
(おいおい、俺ァ一体なに思ってんだ? 生きてる訳ねぇだろどう考えても。あれで生きていたらそりゃ、もう殺す事なんて誰にもできねぇぞ)
標的が何故あんな姿になっていたのかは知らないが、どんな姿になろうと元は人間。いくらに強化しようと、どんなに硬度を高めようと、ちっぽけな存在である人間が神の一撃をまともに喰らって耐えられる訳がない。
そのはずなのに。
彼は見てしまった。
高熱のせいでドロドロの溶岩と化した大地。蒸気だけで一〇〇度は越えているだろう、その中心部。
黒煙の中で、はっきりと蠢く、何かを。
そして、
轟々と舞い上がっている黒煙の中から、四枚の光の翼が四方へ突き出した。
一瞬遅れ、内側から発生した凄まじい突風に、燃え盛っていた炎や膨大な黒煙が一瞬で消し飛び、その余波である大気の爆発がラージーに襲い掛かる。
風速一五〇メートル。地面にしっかりと根を張る木々を、根元から簡単に吹き飛ばしてしまうほどの爆風。人間の体一つなど、軽々と抱え吹き飛ばす。
全身に強い衝撃を受けたが、気を失ったりはしなかった。
イッザ=ラージーはゆっくりと体を起こし、目の前の惨状を見渡す。
とは言っても、見渡せるものなどなかった。
何故なら、中心にいる少女とそこから数十メートル先に転がっている男達以外、何もなかったからだ。
つい三〇分前までは、ここは古く崩れかけた建物が立ち並ぶ廃墟郡だった。ここから五キロ先にある『リーヴァリー』と言う町は、元々この土地に在ったらしいのだが、土地が死に、不作が続いた為、捨てられたらしい。
もう何十年も前の事になるらしく、残っていた建物もかなり脆くなっていたのだろう。風速一五〇メートルもの突風を受け、全て崩れてしまったのも仕方がない。
しかし。それにしてもこれは異常だった。瓦礫の一つも残っていない上に、建物が根元から消えているのだ。
(いや、こいつは……)
建物が根こそぎ吹き飛ばされたのではない。地面ごと、抉られたのだ。
ラージーは最初、この光景を目にした時から少し違和感を抱いていた。建物が全て吹き飛ばされただけにしては、その跡が妙に綺麗過ぎると。人工的に地面を真平らにしたかのような、凹凸が一切なかったのだ。だが、もし建物の更に下、地面から突風で抉られ吹き飛ばされたのなら、全てが説明できる。
(人間技じゃねぇぞ)
足元をふら付かせながらも何とかその場に立ち上がったラージーは、その視線を天使のような姿の少女に向ける。彼女の体には手足以外、特に大きな傷を負っていないようだった。しかし、六枚あった光の翼が二枚減っている。爆発で吹き飛んだのだろう。
だが、言ってしまえばそれだけだった。
(羽を二枚消し飛ばしただけだと!? 神の十二聖書の術式だぞ。第二発行だとしてもあれだけの破壊を真正面から受けといて、たったそれだけの損失で済んだなんて……)
全身全霊を込めた最後の一撃。必殺でなければならないはずの一撃。
それをたった二枚の光の翼を代償にして防がれた。
その事実に、イッザ=ラージーは呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……許さない」
ポツリと、少女の口から言葉が漏れた。彼女の瞳には十数メートル先に立っている、赤と黒の髪を持つ一人の男が映っている。その男に少女は、酷く歪んだ、殺気の篭った鋭い視線を向けていた。
「……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない────」
連呼される憎しみの篭ったその言葉。
「許さないッ!!」
そして最後の叫びに乗じ、六枚から四枚に減った光の翼が動き出す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
しばらく放心状態が続いていたが、
「ははっ、はははっ、あはははははははははははははははははははははあっ!」
不意に男は笑い出した。
否。イッザ=ラージーにはもう笑う事しかできなかった。
自身に迫る強大な力に、抗う術などないと知ってしまった彼には、ただ、ただただ迫り来る死を、笑いながら受け入れる事しかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして、
パシュ、と気の抜けた音と共に、
驚異的な速度で伸長した四枚の光の翼は、イッザ=ラージーの体を木っ端微塵に切り刻み、塵のように吹き飛ばした。
肉片一つ残さずに。その存在を全て消去したかのように。
爆音は、一切起こっていない。
しかし、静寂していた訳ではない。
何故なら彼は、最後の最後までその笑いを止めなかったのだから。