13 狂気の咆哮
ここで、謎が一つ解けた。
キャロル=マーキュリーの町が破壊されていたのは何故なのか。人が大勢死んでいたのは何故なのか。
それは彼女の持つ自己防衛術式『六枚の光の翼』が発動したからだった。
半径五キロが射程圏内なら小さな町の一つや二つ、簡単にその範囲に入ってしまう。そしてその中にいる人間を全て殲滅する、とプログラムされているのだから、必然的に戦闘の余波で町が破壊され、人が大勢死んでしまう。
つまり、キャロル=マーキュリーは自分の手で自分の故郷を殺したのだ。
「な、んだ……それ」
ユアンは否定したかった。シクス=クララ=アーラが言った全ての事を。
しかし全てを否定するには、彼女の言っている事は辻褄が合い過ぎている。
だから彼は、否定しきれなかった。
「……」
無言で拳を握り締めることしか出来ないユアン。すると、
パン、と乾いた音が響き渡った。クララが両手を叩いたのだ。
「はい。お話はこれで終了。それにしても人とお話するのって結構疲れるね。いろいろ我慢しなくちゃいけないしさー」
元の口調に戻ったクララは小さな両手を合わせたまま、
「でもこれで全部解放できる! 貴方たちにはちゃんとお礼もしたし……」
声のトーンが下がっていった彼女は、若干視線を落としたと思ったら、
ゾッ! と殺気の篭った鋭い視線を向けてきて、
「お別れの時間だね」
瞬間、クララの背中にある六枚の翼の内、右上の一枚が縦方向へ、五〇メートルまで伸張した。
やばい、と直感したユアンは即座に回避行動に移ろうとする。だが、足を一歩引いた所で、彼の動きが止まった。
(バカか俺はッ。あいつの射程圏内は半径五キロだぞ。どう考えても足で逃げるのは不可能だろッ)
それ以前に、一秒を一〇〇で割った速さで振り下ろされるであろう光の刃に、人間の動きなど間に合うはずがない。彼には、ただ突っ立ったまま己の体が両断されるのを待っている事しかできない。
「やっと、やっと貴方たちを殺せる。ずっと我慢してた。お話しているあいだ、ずっと。でも、これでもう終わり」
クララとの距離は約一〇メートル。
天へ突き上げられた一本の破壊の翼を振り下ろすだけで、ユアン達は死ぬ。
そして彼らはそれを回避できない。
つまり、なす術がない。
完全なるチェックメイトだった。
「──バイバイ。少しのあいだだったけど……、楽しかったよ♪」
「……ッ!」
満面の笑みを浮かべて、残酷な別れの言葉を放つ少女。
表情を引きつらせて、ただ最後を待つだけの少年。
立ち上がった光の翼が微かに揺れ、
ユアンは思わず目を瞑り、
風が吹き抜け静寂すると、
ガッギィィィィィィ!! という甲高い音が聴覚を刺激した。
ユアン=バロウズは、死んでいない。
瞑っていた瞳を開くと、目の前には一人の老人が立っていた。
五〇過ぎの年寄りにはとても見えない屈強な体付き。白髪が目立つ、とあるホテルのオーナー。
ガルト=ニコルソン。
彼はユアンの前で、絶対的な破壊力を誇る光の翼を、白光する大剣で真正面から受け止めて、拮抗していた。その事に少女は目を丸くしながら、
「へーわたしの翼を受け止めるなんて、おじいちゃん凄いね」
「そりゃ、どうも……ッ」
緩んだ声で言うクララに対し、ガルトの声は濁っていた。
ギッ! と拮抗し交わる二つの光。
だがそのバランスはすぐに崩れ去った。
ガルトの体が少しずつ、しかし確実に押されて行っているのだ。
「ぐぬう!」
歯を喰いしばり必死に持ちこたえるガルト。しかし、それでも押されている。振り切る事が出来ないでいる。そんな彼にクララは、
「あはは。すごいすごい! ここまで持ちこたえるなんて。でも、これならどうかな?」
言いながら右上の翼に続き、左上の翼が驚異的な速度で縦に伸び、破壊的な一撃をガルトの上に落とした。
ゴッ! と。ガルトの白光する大剣に今までの倍の衝撃が圧し掛かる。
「────ぎいッ!」
二本の光の刃は、ガルトの頭上三センチのところで止まっていた。
だが、下へ。
ガルトの体は下へ沈んでいく。両足が地面に食い込んでいっているのだ。
大剣を握っている両の掌からは血が滲み出てきていて、両腕は痙攣しているかのように小刻みに震えている。元々怪我をしていたのか右腹部の布がどんどん赤く染め上がっていき、膝の角度も次第に狭くなってきている。
それを黙ってみている事しかできないユアンは、拳を握り締めながら思った。
(このままじゃ、耐えられない)
もし三本目がガルトに襲い掛かったら、彼は確実に潰される。もちろん後ろにいる自分やアーウェルも同様に。
そうなる前に何とかしなければならない。ガルトが決死の思いで作り出してくれている時間の中で、この状況を打破するだけの策を思いつかなければならない。
(どうするっ。どうしたらいいッ!)
死は目の前まで迫ってきている。クララに容赦は微塵も感じられない。残されている時間は僅か。
何かないか。何かないのか。
必死に、我武者羅になってユアンは探す。
打開策を。
「あは♪」
少女が笑い、
「ぐッ!」
ガルトが歯を喰いしばり、
「……」
アーウェルが黙り、
「何かッ!」
ユアンが探す。
そして、
「くたばりやがれ化け物がァあああああああああああああああ!!」
どこからか、絶叫が、狂気に染まった咆哮が迸った。
方向は、背後。距離は、遠い。
「な、んだ……?」
絶望的な状況の中、ユアンは振り向いていた。
その瞳には一人の男が映っている。赤と黒の髪、悪人のような顔つき。肩から尋常ではない量の血を垂れ流し、力なく揺れるその体は今にも倒れてしまいそうだ。名前は知らない。だが、自分達の敵だと言う事は知っている。
一方、その男に目を取られているユアンの遥か頭上を、高速回転しながら飛んで行く一本の鈍器があった。それは術式『破壊の衝撃』が組み込まれている金属製打撲武器。
メイスはそのままユアンの頭上を通り過ぎ、背後にいるシクス=クララ=アーラの下まで飛んで行く。
そして彼女の眼前の地面に突き刺さったそれは、次の瞬間には、
轟ッ!! と。驚異的な破壊を生んでいた。
背後から押し潰されそうになるほどの衝撃と、皮膚を焼くほどの熱を帯びた光と大気、鼓膜を突き破られそうになる轟音と、視界を埋め尽くす膨大な粉塵がユアンを襲った。
酸素が吹き飛ばされ、呼吸ができない。背中からの圧力に押されて、両足が地面から離れた。同時に体全体に衝撃が走り、地面の上を転がっているのだ、と理解した時には、更なる衝撃波が襲い掛かり、転がる体は速度を増す。
「がはッ!」
何メートル転がったのだろうか。ようやく止まった体は激痛と言う悲鳴を上げているが、今はそれ以上に、苦しかった。
息ができない。酸素が薄くなったのだ。更に急激な気圧の変化がユアンを内側から絞り上げている。唯一幸いした事は、ここが密閉空間ではなく外だったので完全な真空状態にはならなかった事。もしそうなっていたのら、彼の体は内側から弾けていただろう。
(……ッ)
状況に思考が追いつかない。一体何が起こったのか、全く分からない。
熱を纏った黒い煙に包まれていて、一メートル先の光景すら見る事ができなくなっている。
そんなユアンには、遠のく意識を必死に押さえ止める事しかできない。