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アルス×マグス  作者: KIDAI
第四章 光の翼
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11 意思を持った術式

 空中で静止している、髪の色がブラウンから赤に変色した少女は、地面に視線を向けていた。


「────」


 自身の光の翼に照らされている、廃墟の罅割れた地面。しかし彼女の瞳にはまた別のものが映っていた。


 黄緑色に発光する、術式の『陣』。


 それはアーウェルが仕掛けたもので、常人の肉眼では決して捉える事のできないはずの『陣』。

 そのはずなのに、少女の瞳にはしっかりと映っていた。

 六芒星を基盤とした、元力マグナで作られている『諸範囲移動オールレインジムーブ』の『陣』が。


 しばらく、指先一つ動かさずにそれを眺めていた彼女だったが、

 唐突に、背中に浮かんでいる翼の一本を動かし、そのまま音も無く地面に突き刺した。

 そして、コンマ数秒遅れて、



 バギンッ! と何かが砕け散った。








 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 一人の少女を救う為に立ち向かう事を決意したユアンは。

 立ち上がろうとしていたアーウェルの動きが急に止まった事に、訝しげな視線を向けた。


「どうした?」


「そんな、まさか……っ!」


 アーウェルの表情は凍り付いていた。

 そんな彼にその言葉の意味を聞こうとしたユアンだったが、その行動よりも先に状況が動いた。

 前方に一本の細長い光が聳え立ったのだ。最初はそれが何なのか分からなかったが、光の根元に視線を向けたと同時に、全てを理解した。

 それは、キャロル=マーキュリーの持つ光の翼の一本が、一〇〇メートル以上真上へ伸びたものだった。形のない光を形が出来るまで凝縮したかのような、眩い光と危機を放つ刃のような鋭い翼。

 そして、それが意味するものは、



 死と破壊。



 ユアンは思った。あれは間違いなく自分達の頭上に振り下ろされると。

 何故なら、目が合ったのだ。

 少女の赤色に変色した相貌と、自分の愕然とした相貌が。

 一瞬、光の翼が揺れて、


「やば────ッ!!」


 危機を感じ取ったユアンはアーウェルの肩から手を放し、回避行動に移る。が、

 ドッ! と、光の翼が音速を軽く超えるスピードで振り下ろされ、空気が割れた。凄まじい衝撃が空気と地面を伝って襲い掛かり、刹那、真空の中に放り込まれたかのような息苦しさを感じた。大地は両断され、切り口から膨大な破壊的エネルギーが噴火の如く湧き上がる。


 間一髪の所でその一撃を避けたユアンとアーウェルだったが、振り下ろされた余波だけでも相当のダメージを負わされた。実際二人の体は同じ方向へ一〇メートル以上吹っ飛ばされている。


「くそッ! 陣が破壊されるなんて……ッ」


 黒片手半剣バスタードソードを地面に突き刺し膝を付いているアーウェルは、苦虫でも噛んだような表情をしていた。そんな彼に上半身を起こしたユアンは視線を向けて、


「陣が破壊されたって。逆算されたのか!? どう言う事だよそれ」


「知るか! こっちが聞きてぇ」


 吐き捨てるように言ったアーウェルの表情は、未だに凍り付いている。

 それもそのはず。彼の扱う術式『諸範囲移動オールレインジムーブ』の陣は、元力マグナで作られている為、肉眼で捉えられる事も触れる事も出来ない。特殊な能力、又はガルト並の実力者ならその陣の存在に気付く事もあるだろうが、それに触れる事はどんなに実力を有していようと絶対に不可能のはずだった。


 触れる事が出来ないものを、どうやって破壊するのか。


 確かに術式は物理的に陣を破壊しなくても、逆算と言う手段を使えば無力化・破壊は出来る。

 逆算とは、術式の構造を解析し、そこから本来元力マグナが順番どおりに通らなければならない道(流れ)を、自分の元力マグナを使って逆走(逆流)させて、術式が持つ効果を打ち消し、術式を使い物にならなくさせる事。


諸範囲移動オールレインジムーブ』の場合、術式を破壊するには術式を逆算するしか方法はない訳なのだが、逆算には知識や経験、精密さや時間などを必要とする。

 そのため、術式の逆算とは誰でも簡単に行えてしまうような芸当ではない。


 そのはずなのに、あの少女はそれをやった。

 知識も経験もないはずなのに、キャロル=マーキュリーはそれを一瞬で成し遂げた。

 アーウェルはそれに驚いて、表情を凍り付かせているのだろう。


「術式を破壊された上に居場所までばれていたとは。どうして俺達が会話している間に攻撃を仕掛けてこなかったのかは分からねぇが、あれじゃここから無事に逃げ出すって言う手は最初からなかったって事だな」


 はは、と自嘲気味に笑うアーウェルに、ユアンは鋭い視線を向ける。


「笑ってる場合か。術式を、あいつへ近づく為の移動手段を封じられた。状況は更に悪くなったって事だぞ。どうするんだよ、俺たちはもうここから動けねーぞ」


「分かっている。分かってんだよ、くそッ!」


 ユアンの言葉に、半剣の柄を捻り潰す勢いで握るアーウェル。

 この状況を打開する為の方法が思いつかないのだろう、とユアンは思った。例えまた『諸範囲移動オールレインジムーブ』の陣を展開させても、一瞬で逆算され破壊されるだけだ。だからといって真正面から突っ込んで行っても、あの光の翼を叩き付けられて殺されるだけ。


(まさに八方塞、だな。ちくしょう……)


 キャロルを止める方法はあっても、そこに至るまでの手段がない。そんなあまりにも無力過ぎる自分に、ユアンは唇を噛み締めた。


(何か、他に何かないのか……っ)


 左腕を押さえながら立ち上がったユアンは、この状態から抜け出す為の手段を探して、辺りを見渡し状況を見聞する。

 星のない夜空。切り裂かれた大地。広範囲に漂う土煙。その隙間から覗き見える一人の少女。


(こいつは……)


 そして彼は思った。

 まるで、廃墟の影に隠れていた自分たちが、炙り出されたかのようだ、と。


 現在も両断された地面の切り口からは、噴火のように膨大なエネルギーが噴出している。しかし改めて見てみると、刃が振り下ろされた位置は若干ユアン達がいた場所から右側へずれていた。そこからは、わざど自分達を左側へ回避させ、少女の視線が届く範囲に移動させられたかのような、不自然さが伺える。

 単に狙いを外しただけなのかもしれない。それとも何らかの意図があるのか。


(後者の方は考え難い。あの自己防衛術式にどんなプログラムが組み込まれているか知らねーが、自分で考えて行動する術式なんて聞いた事がない)


 所詮は物でしかない術式が、人間のように考え行動するなど聞いた事も見た事もない。

 しかし、これらの動作を全て繋げてみると、不自然なぐらいに状況が出来すぎていた。


(アーウェルの移動術式を破壊して、俺達の移動を阻害する。そして俺達の横合いにあの一撃を投じて、肉眼で捉えられる場所まで炙り出された)


 それはまるで、いたぶっているようだった。

 考え過ぎだと、そう思いたかった。プログラム通りにしか動けない自動制御術式が、独自に判断してそんな行動を取っているなど考えられない。プログラム内容が何なのかは分からないが、そもそも自己防衛が目的ならば『標的をいたぶる』などと言うプログラムを組み込むとは思えない。


 だとしたら、一体あれはなんなのか。何故先ほどの一撃で決めなかったのか。

 その事を頭の中で試行錯誤しているユアンの耳朶に、ふと一つの声が聞こえてきた。

 アーウェルの声、ではない。

 前方から。聞き覚えのある少女の声が。



「やっと出てきた。ゴミ虫ちゃん♪」



 瞬間、ユアン=バロウズの思考回路は停止した。

 停止せざるを得なかった。

 術式の影響で気を失っているはずの少女が、

 キャロル=マーキュリーが、

 笑いながらそう言ったのだ。彼女の声で。彼女が言うはずのない言葉を。

 その上、彼女との距離は一〇〇メートル以上離れていたはずなのに、今はユアン達から一〇メートルも満たない場所で浮いていた。


「「……」」


 二人は絶句するしかなかった。目の前で起こっている事に対する理解が、全く追いついていないのだ。

 そんな彼らに少女は首を傾げて、


「あれ~無反応? それとも無視? ゴミ虫って言ったから怒っちゃったの? ねえ何か言ってよ~」


「……きゃ、ろる?」


 甘い声でねだるようにそう言った少女に、ユアンが返せた言葉はそれだった。そんな彼に視線を向けた少女は、


「ちがうちがう。わたしはキャロル=マーキュリーじゃないよ。確かに体はキャロル=マーキュリーだけど、中身が違うの」


「何、言ってんだよ……キャロル」


「だ・か・ら、わたしはキャロル=マーキュリーじゃないってばっ」


 空中で静止している少女は、言って呆れたように溜め息を付き、


「わたしの名前はシクス=クララ=アーラ。術式『六枚の光の翼』とキャロル=マーキュリーの感情から生まれた、『意思を持った術式』だよ」


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