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アルス×マグス  作者: KIDAI
第四章 光の翼
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10 助かる者を助けるために〔前編〕

 イッザ=ラージーが地面と平行に、ミサイルの如く飛んで行く。

 そのまま廃墟を突き抜け、遠方の大地を掻っ切りながら減速する。掻き立てられた粉塵により、彼の生死は確認出来なかった。


「なん、だよ。あれは……」


 ユアン=バロウズは廃墟郡を突っ切って行ったラージーに、視線を向けていない。突然辺りが暗くなった事にすら気にしていない。

 彼の瞳には、彼の心には、赤く染まった両足を地面から切り離し、俯いたまま空中で静止している一人の少女しか映っていなかった。

 少女の背中から出現した、赤味を帯びた、光り輝く輪。その輪の右側面から前方へ飛び出した、長さ五〇メートル以上ある薄く細い、鋭く尖った閃光の刃。


「どうなってんだよ、一体……」


 少女。

 キャロル=マーキュリー。


 歳は十二か十三。背丈は歳相応かそれ以下。ブラウンでセミロングの髪に、毛先が外側へウェーブがかっているのが印象的。白い肌は見惚れてしまうほど綺麗で、明るそうな顔立ちに相応して、ひらひらした白いマキシワンピースを着ている。

 ユアンが知っているはずの少女は、活発な性格で時々ドSな要求をしてきてとんでもなく大食いで、何処にでもいそうな普通の女の子だった。


 しかし、


 現在ユアンが見ているものは、そう言ったキャロル=マーキュリーの像から明らかにかけ離れていた。出血のため熱が出ているのか、ふわふわしていた髪が汗でじっとりと湿っていて、綺麗な手足は鮮血に染まっていた。白かったワンピースは真紅に染まってしまい、同じく白かった肌も泥と赤に汚れてしまっている。


 背中に浮かぶ光の輪と、宙に浮く身体。人間離れした雰囲気に、壁のような存在感。

 それだけでも既に異常を超えているというのに、それらを更に際立たせる変化が起こった。


 正確には、輪の側面から生えている一本の巨大な鋭い刃に。

 刃の全長が、一瞬で五〇メートルから二メートル以下にまで縮小したのだ。そしてそのまま刃は三つに分裂し、輪の左側面にも全く同じ刃が花びらのように三つ現れた。その変化と並行して少女のブラウンの髪が、血のような真紅に染まっていく。


 左右三枚ずつ。赤い輪を中心にして出現した、合計六つの赤光の刃と、変色した紅い髪。

 その姿は、神話や伝承・聖典などに登場するある生物を連想させた。

 背中に白い翼を持ち、神の使いと称されるそれは、



 天使。



 六つの赤い光の刃は、天使の白き翼。

 放つ禍々しい光は、天の神々しき輝き。

 纏う圧倒的な気配は、神の絶対的な存在感。

 人知を超えたそれは、もう少女でもなければ人でもない。

 ただの──


「っ────、」


 と。

 ユアンは思わず自分の口から漏れそうになった言葉を、両手を使って必死に押し止めた。


(……言ったら、ダメだっ)


 それは決して口に出してはいけない事実だったから。言ってしまったら自分が許せなくなってしまうと思ったから。

 そんな彼の仕草を隣で見ていたアーウェルが、


「どうした? あの気配にでも当てられたか? まあ無理ねぇだろうな、あれじゃ。ぶっちゃけ俺も結構キツイ」


「別に、そんなんじゃない。俺はただ──」


「それとも、思わず言いそうにでもなったか? 自分の本音を。あの子に対して」


「……っ」


 アーウェルの言葉にユアンは黙った。黙ざるを得なかった。目の前の男に全て見抜かれてしまっていたから。自分の本音を。口に出してしまいそうになった言葉を。

 視線を前に戻したアーウェルは話を続ける。


「そう落ち込む事はないと思うぞ。あんなもん見たら多分誰でも思っちまう事で、誰でも言っちまいそうになる事だからな。その点お前はまだマシな方だ。普通なら言葉に出していてもおかしくない。

 でもお前は言わなかった。そいつはつまり、お前はそれを言っちゃいけねぇ事だと分かっている程度には、あの子を大事に思ってるって事なんだろ」


「……」


 何も言わないユアンにアーウェルはただ言葉を繋げる。


「何でお前があの子に対してそこまで思っているのかは知らねぇが、きっとそいつはあの子にとってどんな事よりも嬉しい事だ。だからまあ、あれだ。あんな姿になったとしても、お前は、お前だけは、あの子を大事に思ってやってくれ」


 もちろん俺も大事に思っているがな、とアーウェルは付け足した。


「……そんなもん、言われなくても分かってる」


 彼女にはもう家族と言える者はいない。信頼できる友達や大切にしてくれる知り合いも、おそらくユアン達だけだろう。だから、彼女を守ってやれるのはもう自分達しかいない。


「そうか」


 彼の返答にアーウェルは微かに笑い、視線を前に向けた。そして苦い声で、


「まあそんな事を言ってはみたが、結局は何も変わらねぇし分からねぇんだよな。本当に、一体あの子に何が起こってんだ」


「? あんた何も知らねーのか?」


「生憎な。思い当たる節が全くねぇ……いや、待てよ」


「?」


 言いかけて言葉を止めたアーウェルにユアンは首を傾げる。しばらく俯いて口を閉じたままだった彼は、すっと顔を上げると、


「あれはもしかして、あの子の両親があの子の為に作った、護身用の術式なのかもしれねぇ」


「護身用?」


「ああ。以前あの子の両親がそんな事を言っていた。あの子は昔から、生まれつき持ってる特殊な元力マグナが原因で、色々なクソ野郎どもに誘拐されそうになる事が多かったんだ」


 アーウェルの話によると、キャロルの持っている特殊な元力マグナ──異元力オードマグナと言うらしいのだが、それは一億人に一人の確率で現れるかなり貴重なもので、世界中の闇組織が挙って狙っているとか。


 とある研究家が異元力オードマグナの確保に大金をかけたため、と言う事もあるが、一番の理由は、その元力マグナを術的に抽出して専用のゴーレムのエネルギーなどに使うと、驚異的なパワーと破壊力を生み出す事が出来るため、と兵器的な使用が目的らしい。


「人攫いや奴隷商人なんかは二十四時間あの子を攫おうとしてくるが、あの子の両親は二十四時間あの子の側に居られるって訳じゃない。用事や仕事で彼女を一人にしてしまう事だってあるはずだ。そしてそれを奴らは見逃さない」


 様々な組織が様々な目的で一人の少女を狙っている。しかし彼女を守れるのは両親と、アーウェルのような繋がりのある人間だけ。教会には一応、協力の申請をしようとしたらしいのだが、教会の内部にも異元力オードマグナを狙っている者がいたため、当てにする事は出来なかったらしく。

 結果、四方八方から迫る多人数の敵から、四方も固められない少人数で彼女を守るしかなかった。


「人数的な問題でも穴は必ず空いちまう。そこを狙って敵が来て、あの子を攫おうとする。例えそれを全て防いでいても、次第に疲労は出てくる訳で、穴もどんどん広がっちまい、状況は悪くなる一方。所謂、終わり無き防衛戦ってやつだな」


 そこで彼らが考えたのは、キャロル自身が身を守る事。

 幸い、彼女には異元力オードマグナと言う強力な武器がある。


「欠点を利点に代えようって事か」


「そうだ」


 生まれつき持っているその特殊で強大な力のせいで狙われているのに、それを使わない手はないだろ、と言う事だ。


「自分の身は自分で守ってもらうため、あの子の両親はあの子専用の、あの子の持つ元力マグナでしか扱えない迎撃術式を開発した。

 でも当時の彼女はまだ一〇にも満たない子どもで、そんな年端もいかない子が術式を上手く使って、攫おうとしてくる敵を迎撃できる訳がない」


「確かに」


「だから次に考えたのが、おそらく術式の自動制御。つまり、攫われそうになると自動的に術が発動して、自動的に敵を迎撃するってやつだろう」


 そうする事で以前よりも攫われる確率は格段減るし、守っている者達も少しは気を抜く事が出来る。


「今のあの子はおそらく意識を失ってんだ。術式を発動している間は強制的に気絶させられるんだろ。意識があったら色々と都合が悪くなるからな」


 いくら自動的に起動して敵を迎撃すると言っても、エネルギーとなる元力マグナは本体、キャロルから供給される。元力マグナの精度は本人の心の状態に比例するため、意識を保っていると術の維持にも影響を与える可能性があるのだ。


「話をまとめると、あの子には自己防衛術式が組み込まれていて、今はその術式が発動中。本人は術式が発動している最中は意識を失っていて、このままじゃ俺らにまでその牙が向いちまうかもしれねぇって事だ」


「そうか。意識がないって事は、キャロルは俺達を俺達だと判断できないのか」


 本人の意識・記憶とリンクして、人物の認識が出来る高性能な自動制御術式を使っているのなら話は変わってくるが、そんな都合の良い術式など聞いた事がない。

 大抵の自己防衛術式は発動すると自分の付近にいる、自分に危害を加える者、又は力を持っている者などを無差別に迎撃する。そのため、例え危害を加えるつもりがなくとも、迎撃対象になってしまう事が多々あるのだ。


「見た感じ、あの子の自己防衛術式はかなり強力だ。長い間、色々な術式を見てきたが、こんな見ただけで悪寒のするものは初めてだ」


 アーウェルの実力から見て、彼は数多くの死線を越えてきた、言わば戦闘の達人だ。しかし今のキャロルは、そんな男でさえ尻込みしてしまうほどの力を放っている。その事にユアンは息を呑む事しかできない。


(あのアーウェルでさえこの反応。一体あいつの防衛術式はなんなんだ……っ)


 驚異的な存在感と威圧感。人間離れした、まるで『天使』のような姿。

 それら全てに絶句していたユアンは、そこでふと思った。


(……天使?)


 心の中で思ったこの言葉に、彼は怪訝な表情になる。

 以前にも、この言葉を耳にしたような気がする。否、この言葉に相当する『物』を目にした気がする。そんなに昔の事じゃない。最近の事だ。

 そう思ったユアンは思い返す。今までに起こった全ての出来事を。


──臭うぞ。臭うぞ! 『風』と『天使』の臭いが!


 この町に来た最初の夜。『薔薇十字団』の最初の追っ手が攻めて来た時に、ハンマーを持った大男が放ったこの言葉。『風』とはおそらくユアンの事で、『天使』とはキャロルを指していたのだろう。しかし当時の彼は何故キャロルが『天使』なのか分からなかった。


──あの『陣』の形、一度似たようなのを見たことがある。けど『あれ』は簡単に扱えるものじゃねーし。それにあの『陣』、『あれ』と本当に似てるけど何かが違う。


 キャロルの入浴を覗いてしまった時に見た、彼女の背中に刻まれた大きな『陣』。その陣はある術式の陣に似ていて……。


(──そうか)


 そして。ユアンの頭の中で全てが繋がった。


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