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アルス×マグス  作者: KIDAI
第四章 光の翼
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9 後悔

 突然、廃墟を照らしていた『光浸樹』が砕け散り、星の光が消えた。

 辺りが真っ暗になったと思ったら、少女の不気味な笑い声が耳朶に響いてきて、


 言い知れない異様な気配を感じた。


 その気配は殺気にも似ているが、少し違う。これは強大過ぎる力が放つ絶対的な威圧感。無視し様のない存在感。


「……」


 イッザ=ラージーは反射的に気配を感じた方向へ視線を向けていた。

 そして彼の瞳に映ったものは小さな輪郭。

 両手首と両足首の皮膚が無残に切り裂かれ、手足を鮮血に染めた一人の少女。

 彼が殺すべき標的。


 それらを全て理解した上で、彼には分からなかった。


(あれは……、何だ?)


 何故手足を負傷しているのか。阻害術式を刻んだロープで手足を拘束していたはずなのに、何故立っているのか。それらの理由もそうだが、それ以前に今現在少女が放っている気配。異常な威圧感と存在感。


 とても普通の人間が放てるものではない。


 あの少女が放つ気配に比べたら、自分がつい先ほどまで放っていた殺気など、子どもの駄々に親が抱く程度の些細な感情だったと、ちっぽけなものだったと、思い知らされてしまう。それ程に、あの気配は巨大で強大、そして絶対的なものだった。


(馬鹿げてやがる。こんなもん、どこの化け物だよ……っ)


 掌に油が滲み出てくる。緊張しているのだと悟ったラージーは、少女に対して身構えたのだが、そこでふと思った。


(いや、待てよ。もしかしてこれなのか? ダニエルが言っていた化け物退治ってのは。だとしたら……)


 俺はここで死ぬかもしれない。


 じわじわと口の中に溜まっていく唾液を一気に飲み込んだラージーは、この任務を承諾した時の事を思い出していた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ──冷たい月明かりが差し込んでいるとある教会の薄暗い聖堂の中で、人の話し声が響く。


「それで何の用だよ、ダニエル」


 ダニエルと言う者に問い掛けたのはラージーだった。彼は説教壇の前にずらりと並んでいる長椅子の一つに腰を掛け、説教壇の前に立っている男を見据えている。

 ラージーの前に立っている男はダニエル=マーキュリーと言う。歳はラージーと同じぐらいで、背が高く凛とした端麗な容姿に癖のない茶髪。狡猾そうなイケメンを想像してもらえば分かりやすいだろう。


 二人は所属している『薔薇十字団』内の派閥は違えど、割と仲のいい友だった。暇があればこうやって駄弁ったりしているが、しかし今は、どこか暗い雰囲気を落としていた。


「行く前に、一応伝えておこうと思ってな。お前がこれから受けようとしている任務。それを上層部に申請したのは……、俺だ」


「知ってる。キファーフさんから全部聞いたからな」


「そうか」


「でも解せねーな。何でてめぇはあんな任務を申請したんだ? キャロル=マーキュリーの抹殺。つまり、自分の妹を殺せなんてよぉ」


 ダニエルはラージーの言葉を受け、頭を下げて少し黙り込んだ。考え事でもしているような、何かを迷っているような。どちらか判断が付けられない表情をしているダニエルが、頭を上げて話し出そうとした時、突然別の方向から違う声が割り込んできた。


「危険だから、でしょ?」


 女の声だった。品のある、明るい声。

 ラージーとダニエルの視線は共に声のした方へ向く。


 そこには二〇代前半ぐらいの一人の女性が立っていた。肩の上まである、毛先が大雑把に切り揃えられた薄い金髪に、穏やかな蒼い瞳。女性用の黒いスーツを着込んでいて、真面目そうな印象を与えてくる人だ。ついでにかなりの別嬪さんだったりする。


「あんたは確か……、ダニエルの彼女だっけか?」


「そうよ」「違う」


 ほぼ同時に言った二人の返答は真逆なものだった。ダニエルは女性に怪訝な視線を向け、女性は驚いたような表情をしている。


「え? 私たち付き合ってるんじゃないの?」


「それは初耳だな」


「えー嘘ばっかり。貴方から告ってきたじゃない。忘れたの?」


「忘れた以前にそんな事実は存在しないと思うんだが」


「もーダニエルちゃんったら友達の前だからって恥ずかしがっちゃって。そーゆーシャイな所もまたカワイイんだけどね」


「恥ずかしがっていない。俺は事実を告げたまでだ」


「何言ってるの今更。あんなに熱い夜を一緒に過ごしたじゃない。貴方のテクで私イカされまくりで何度昏倒しそうになったことやら」


「妄想でそこまでなるとは、想像力が豊かだな」


「そうやってまた恥ずかしがっちゃってさ。ホント、シャイなんだから。機会があったら今度またやろうね」


「ああ。次同じような事言ったら殺ってやる」


 割と真剣マジな殺気を女性に向けているダニエルと、鈍感なのか頬に両手を当てて『次はどんなプレイを要求してくるのかしら。コスプレ? それとも野外? あーなんだか興奮してきたー』とニヤケ面でのん気な事を呟いている女性。


「そんな事よりも。アメリア、お前何か用でもあるのか?」


「ん? 別にないけど。通りかかったら知ってる声が聞こえて来たから割り込んだだけよ。それにしても貴方ってホント、クールなツッコミするわよね」


「悪いか?」


「いいえ」


 ダニエルの鋭い返答に、アメリアと言う女性は柔和な笑みを浮かべている。

 そんな二人の漫才かいわに一区切り付いたようなので、ラージーは話の流れを元に戻そうとする。


「それで、危険ってのはどー言う意味だ?」


「あらごめんなさい。話が大分反れてしまったわね」


 視線をダニエルからラージーに向け直したアメリアと言う女性は、そのまま落ち着いた口調で、しかしとても真面目な表情で話し出す。


「──そう。彼の妹は存在そのものが危険なの。破壊的な意味でね」


「破壊的って何だよ。町を一瞬で消し飛ばすような爆弾でも抱えてんのか?」


 冗談混じりで言ったラージーの言葉に答えたのは、アメリアではなくダニエルだった。


「ある意味においては爆弾。だがその威力は町一つを吹っ飛ばす程度じゃ済まない。この際だからはっきり言っておこう。アレの持つ力が正しく制御されて、もし『薔薇十字団』に牙を向いたら、────組織は確実に壊滅する」


「……は?」


 思わず気の抜けた声を出していた。ダニエルが言った事の意味が、ラージーには一瞬理解出来なかったのだ。


「ダニエル、てめぇは本気でそんな事思ってんのか? この組織には世界中に名の馳せた実力者がごろごろいるんだぞ。そんな組織がガキ一人に潰されるだと?」


「ああ」


「……」


 ダニエルの真剣な眼差しに、ラージーは絶句してしまった。今度はアメリアが言う。


「貴方は見ていないから分からないのよ。彼の妹はね、まだ十二歳なの。そんな幼い少女が、三〇人の教会の術者と五〇〇人ぐらい居た町の住民を全て、一瞬で皆殺しにしたのよ」


「おいあんたも。それ、本気で言ってんのか?」


「本気も何も、全て事実よ。そして彼もまたその場に居合わせた被害者で、唯一の生き残り。まあ言い様に依れば加害者でもあるけどね」


 アメリアがダニエルに視線を向けた為、ラージーもそれに習って首を振る。

 ダニエルは言った。


「お前がこれから受ける任務は子ども一人の抹殺じゃない。どんな任務よりも危険な『化け物退治』だ。もしアレの様子が少しでもおかしくなったら、その時は迷わず退け。いいや、そうなったらまず無事に退けるかどうか、だな」


「確かに。あのの射程圏外に退避するのは相当困難ね。五キロ先から眺めていた私にすら彼の妹、気付いたのよ。どうして攻撃してこなかったのかは分からないけど、あの時はかなり寿命が縮まったわ」


「と言う事らしいから、危険だと思ったら即座に標的から五キロ以上の距離を取れ。生き残るにはそれしかない」


「おいおい……」


 二人の話を聞いていると驚きを通り越して次第に呆れが出てきていた。実際に現場を見ていないラージーには、たった一人の子どもに対して過度な警戒をしている目の前の二人が、ただ臆病なだけに見えるからだ。


 するとアメリアがスーツのポケットの中から一枚の小さな白い紙を取り出し、教壇の上に置いてあった羽ペンを使って何やら文字を書き出した。


「それともう一つ。私ね、占いが得意なの。だから貴方の未来を少しだけ占ってあげる。彼の妹の力が発動した際の、貴方の生存確率は…………、あら。〇%みたい」


 書き終えると紙に小さく息を吹き掛けたアメリアは、突然ラージーに死を宣告した。彼女は続けて、


「つまり、標的の力の発動は貴方の死を意味しているって事。自分で言うのもあれだけど、私の占いって結構当たるのよね」


「結構って言うよりこいつの占いはほぼ一〇〇%当たるぞ。もしかしたらこれがお前との最後の会話になるかもな」


「何だよそれ。縁起でもねー事言ってんじゃねーよ」


「はは、確かに今の発言はよくないな。まあでも、用心しといて損はないはずだ。馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、極力気は抜かないようにしろよ」


「……」






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 この時の二人の話は、やはり冗談としか聞こえなかった。ただの子どもが、そんな化け物じみた芸当を出来る訳がないと思い込んでいたから。


 しかし、彼は早くに気付くべきだった。


 ただの子どもを殺すだけの任務を、組織の上層部が任務として許可する訳がない、と。

 そもそも、誰一人としてダニエルの妹を『ただの子ども』とは言っていなかった、と。


 つまり、この任務には他の意味合いが含まれている事に、彼は気付かなければならなかったのだ。

 彼は後悔していた。甘い考えをしていた事を。友の忠告を信じず、従わなかった事を。


(今更ダニエルの言ってた事を信じたって、もう手遅れかもな)


 こんな事になるんだったら遊ばずにさっさと殺しておけばよかった、などと言う後悔が頭の中で回っている。

 ラージーはメイスを低く構え、少女を睨む。彼女のいる空間は異常な気配に影響されてか、真夏の地平線のように歪んで見える。


(……いいや、大丈夫だ。あれはまだ力を発動していない。多分、発動する前の段階だ。……殺るなら、今しかねぇ)


 占いでは力が発動した時の生存確率が〇%だと出ていた。それなら力を発動する前に殺ってしまえば、自分は殺られずに済むはず。

 深く考えている暇はない。


(速攻でけりを付けるッ!!)


 強化術式を使い脚力を常人の五倍以上に強化したラージーは、五〇メートル走を二秒で走り切る速さで廃墟を駆ける。

 当初、標的との距離は約三〇〇メートルあったが、走っていると加速も付くので時間で換算すると、約二五秒で任務を完了する事が出来る。


 しかし、その二五秒の間に、状況は大きく変化してしまう。


 少女の衣服。赤い鮮血に染まった真っ白だったワンピースの背中部分の布が、勢い良く弾け飛んだ。同時、露出した背中に刻まれた赤くて丸い『陣』が閃光を放ち、その中から丸い蛍光灯のような、光を放つ輪が現れた。直径は少女の肩幅程度。赤みを帯びた光を放ち、それの出現によって少女が纏っていた気配が一段と膨れ上がった。


 一瞬、更に増した威圧感と少女の急速な変化にラージーは進む事をたじろいだが、それは本当に一瞬の事で、次の一瞬には既に覚悟を決めていた。


 何が起きようと突き進む、と。


 標的までの距離は一〇〇メートルを切っていた。もう三秒も掛からない。


「────ッ!!」


 声にならない咆哮。

 己の中に残っている全ての元力マグナを振り絞り、一本のメイスに集約し、最大の一撃を真正面から相手に放つ。

 そして、



 音も無く、鮮血が舞った。

破壊の衝撃レーヴァシュラーク』による爆破は、起こっていない。



 同時、少女の背中に現れた輪の側面から、鋭利で薄く細長い、赤みを帯びた閃光の刃が飛び出していた。その刃は真っ直ぐと前方に伸び、ラージーの左肩を深く切り裂いていた。



「……っ!?」


 ラージーは全く状況を理解出来ていない。前に進んでいたはずの体はいつの間にか止まっていて、それどころか前方からの強烈な圧力によって真後ろに押されようとしている。


 否。押されるなどと言う甘い事態ではない。


 後方へ。尋常ではないスピードで。ラージーの体はぶっ飛んで行った。


 叫びなど、出せるはずがなかった。

 走馬灯すら、彼には許されないのだから。


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