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アルス×マグス  作者: KIDAI
第四章 光の翼
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7 範囲移動(レインジムーブ)

 陽は沈み、完全なる闇に姿を変えた荒野の中に、複数の光を灯す廃墟郡。

 戦場はその中心。廃墟の建物に囲まれた何もない小さな広場。

 そして、轟々と立ち上がる粉塵を背に、一人の男が少年に迫る。


 男の名はイッザ=ラージー。

 少年の名はユアン=バロウズ。


 元々の両者の実力差はそれ程開いてないにしろ、ダメージ・疲労の蓄積量は比を見るほどに明らかだった。

 ラージーは鼻の骨を折られ、顔面の下半分を鮮血に塗られている。しかしユアンは重さ四〇キロのメイスに腕・腹・背中を殴打され、術式『破壊の衝撃レーヴァシュラーク』の爆発を合計二回、それぞれまともに受けていた。腕に冠しては複雑骨折中だ。


 そんな彼に、迫り来る敵を対処するだけの力は残っていない。


 ラージーの、ゆっくりと進んでいた両足が次第に速度を増していく。メイスを握った腕を引き、横たわっているユアンにトドメの一撃を浴びせるため、真っ直ぐに突き進む。


 それを回避するだけの体力すら、ユアンには残っていない。


「く、そ……っ」


(こんな、ところで)


 俺は死ねない。

 思ったと同時に、必殺の一撃が振り下ろされた。今までとは違う。完全なる頭蓋きゅうしょを狙って。



 瞬間、耳鳴りのような金属の甲高い音が轟いた。



 当然、人間の頭部を叩き潰した音ではない。ユアンの頭は金属製ではないからだ。

 それは、この場に全くそぐわない衝突音だった。

 まるで、何かが迫るメイスを遮ったかのような、武器を受け止めたような音だった。


「お前は何をやってんだ。あんだけ息巻いていたくせによお」


 一つの声が語りかけてきた。ユアンは音源を辿っていき、必然的に前を向く。

 金属製打撲武器メイス黒片手半剣バスタードソードで真正面から受け止め、屈強な両足で立っていたのはアーウェル=ローマーと言う男だった。しかし彼は『薔薇十字団』の他の団員約二〇名と戦っていたはずだ。なのに、何故自分の目の前にいるのか。


「……どうして、ここに、いるんだ」


 掠れる声でそう言っているものの、その理由は薄々考えがつく。


「あ? 全部片付いたからだよ」


 何気なく言ったアーウェルの一言に、それを分かっていたにも関わらずユアンは絶句してしまった。


(あれだけの敵を、この短時間で全て……)


 アーウェルと知り合ったのはつい先ほどで、彼の事等ユアンは殆ど知らない。だが、雰囲気で察しがつく。この男はガルト同様とんでもない化物だと。


 ギチギチと、メイスと半剣の接触点から音が鳴る。


「まあ色々言いたい事はあるが、今はこっから移動するのが先決だな。お前を庇いながら闘うのは面倒だし」


 言ったアーウェルにユアンは襟元を掴まれると同時、今まで無言のまま牙を向けていたラージーが口を開く。


「逃がす訳ねぇだろ」


 メイスに力を加えたらしく、それに押されてアーウェルの両足が地面を削りながら少しずつ下がっていく。

 ところが押されているにも拘わらず、彼の表情には笑みがあった。


「あんま獲物に力を入れない方がいいぞ? きっと怪我するからな」


「なに?」


 訝しげな視線を向けているラージーに、アーウェルは笑みを崩さない。ユアンにも彼の言っている事がサッパリ理解できず、ただ見上げているだけだったが、


「お前、『範囲移動レインジムーブ』って知ってるか?」


 その言葉の意味を深く考える暇は、なかった。それより早く状況が、目の前の風景が変化したからだ。



 メイスで半剣と交えていたラージーが、瞬きを一回した後に突如視界から消えていた。

 ほぼ同時、小さな振動が地面から伝わる。



「……は?」


 緊張感のない声が口から漏れた事を自覚しながらも、ユアンは起こった事態を飲み込めずにいた。


(敵が消えた……? いや、何かが違う)


 全体的に、何かが違う。


 今まで闘っていた場所は四方から『光浸樹』の光に淡く照らされていた。しかし今はそれがない。暗い部屋の中、豆電球の光を消したかのように、辺りは暗闇に染まっていた。それに以前まで近くには無かったはずの、崩れかけの壁がすぐ隣に立っている。敵が消えた事で周りの状態まで変わっている。


 これは明らかに異常だった。人間が一人消えただけでこれだけの変化が起こるとは到底思えない。


(アーウェルがさっき言っていた事。レインジムーブ……)


 頭の中でその言葉を反芻していたユアンは、そこでようやく気付いた。


「……そう言う事か」


「お、何か気付いたようだな」


 アーウェルの声は後ろから聞こえて来た。ユアンは体を起こし隣にある壁に背中を預けると、目の前の位置に移動してきたアーウェルに語りかける。


「移動したのは相手じゃなくて自分だった。そう言う事だろ?」


 思えばどうしてすぐ気付かなかったのか。周りが移動したのではなく自分自身が移動したのなら、周りの風景がそのまま変わっていても不思議はない。


「そう言う事だ」


 アーウェルは半剣を肩に担ぎ若干自慢げに言った。


「ついでに『範囲移動レインジムーブ』ってのは、術式を刻んだ陣と陣の間を、空間を越えて移動する空間移動術式の一種。つまりそれを使ったんだろ」


「俺の場合はその前に『オール』って付くんだけどな」


 本人曰く『諸範囲移動オールレインジムーブ』だとか。

 一般的な『範囲移動レインジムーブ』は同じ術式を刻んだ複数の陣の間をワープする術なのだが、彼が扱っている物は、一定距離に元力マグナで創作した、視界では捉えられない巨大な陣を展開させ、その範囲内ならどこにでも一瞬で移動できる、と言うものらしい。

 簡単に言うと、自分で創作した円の中ならどれだけ距離が離れていようと一瞬で行きたいところに行ける、と言う事だ。


「とまあそんな感じなんだが。それだけ聞いてるとヤバイぐらい万能な術だと思う奴もいるが、もちろんこいつにも使用条件ってのがある」


 一つ、移動させられる質量は276キロまで。

 二つ、陣の最大半径は二〇〇メートル。

 三つ、移動させられる物質は術者本人と術者が身に付けている物、触れている物のみ。握っている物や、離れた所にある物だけを移動させる事はできない。

 四つ、移動できる範囲は陣の内部でも術者の視界に入っている場所のみ。死角へは移動できない。


「これじゃあ陣の内部ならどこでも移動できるってのは嘘になっちまうな」


 それでも『諸範囲移動オールレインジムーブ』は強力な術式だとユアンは思う。もし敵がその術式を使って一瞬で自分の目の前に現れたら、対処できるとは到底思えないからだ。


「説明はこれで終わりだ。あの爆発野郎は俺が相手するからお前はここで休んでろ」


「俺なら、まだやれる」


「やれるかボケ。ボロボロだろうが。後ろ見てみろ。今のお前にあれの相手が出来ると思うか?」


 顎で後ろを示すアーウェルを見てユアンは後ろ──壁の向こう側を覗き込む。

 視線の先にいるのは一匹の野獣だった。自分の命を狙っている狂った敵。濛々と込み上げている粉塵が敵の狂気を更に際立たせている。


「理性を、なくしてるのか?」


 そう思ってしまうほど、あの敵の姿は禍々しかった。


「いいや。あいつは確り理性を保ってるぞ。爆発の衝撃をコントロールしていた」


「? あんたはあいつの術式を知っているのか?」


「見てたからな。奴の使う術式はある程度解析できた」


「……」


 また言葉を失ってしまった。

 この男は一体どれほどの実力を持っているのか。ユアンには想像すら出来なかった。

 彼の言った事はつまり“二〇人以上の敵を相手にしながら、離れた所で闘っていたユアンの敵を観察していた”となる訳で。


 本来、今現在闘っている敵から注意を反らす事は死に直結している、と言っても過言ではない。しかしアーウェルはそれをしながらも軽々と敵を殲滅し、ユアンを助けた。

 自分なんかとは、全てが比べ物にならない。

 一人の男として、その事実は途轍もない屈辱と惨めさを与えてくる。


「……でも、それがなんだ」


 ところが、全てを完璧に成し遂げたはずのアーウェルの表情には、無念の色しかなかった。


「術式が解析出来ても、敵を全て倒しても、俺はあの子を助けられなかった……っ!」


 その言葉にユアンの表情が変わった。


「そうだよ。そもそも何であいつは血を流してんだよっ!」


 この事態の全ての元凶、とでも言うべきか。少女はなぜ負傷してしまったのか。別の敵から攻撃を受けたのか、戦闘の余波を受けてしまったのか。

 しかしアーウェルはどれも違うと言った。


「俺はずっとあの子を見ていた。誰よりもあの子を優先して見ていた。だから言える。あの子の傷は別の誰かがやったものじゃない」


 突然、何の前触れもなく少女から血が舞った。それを見ていたアーウェルも、何が起こったのか分からないと言っている。


「何だよそれ、意味わかんねーよ」


「まったくもって同感だ。だが嘆いてる暇はないぞ。一刻も早く残りの敵を始末して、あの子の傷を治療できる所まで連れて行く。唯一の幸いは残りの敵が後二人って事だけだな」


 確かにアーウェルが言っている通り残りの敵は二人で、戦況的にはユアン達の圧倒的有利だ。

 そのはずなのに、ユアンの心は落ち着かないでいた。


「……」


(なんだ、この胸騒ぎは……)


 事が上手く運び過ぎているような気がする。

 それに少女の負傷を目にしてから、胸の中の焦燥感が拭われない。

 そんな彼が抱えている言い知れない不安の正体は、案外早く明かされる事になる。


 そう。




「────あはっ♪」




 背筋が凍てつきそうになるほどの強大な気配と、少女の不気味な笑い声と共に。


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