1 空腹
ユアン=バロウズは生きていた。
上空一〇〇メートル地点から落下しといてどうして生きているのか。
それは本人にも分からない。体はどこにも怪我をした部分はなく、相変わらずの健康体だ。
ただ、気が付いたら遺跡の外側に倒れていて、夜が明け陽が昇っていた。
「ったく、何であいつはいきなり俺をふっ飛ばしたんだ?」
そんな疑問も、一週間経てば案外どうでもよくなってしまうもの。
現在時刻はお昼過ぎ。
荒れた大地に容赦なく降り注ぐ太陽の光の下、彼は転がっていた長い木の枝を杖のように地面に突きながら、覚束ない足取りで歩いていた。
「……くそ、もう季節的には秋の中間ぐらいだって言うのに、なんでここ一週間に限って真夏日が続くんだよっ」
ユアンは一度立ち止まって、ギラギラと照り付ける無慈悲な太陽を睨みつける。だがそんな事をしたところで太陽の野郎が日差しを和らげてくれる訳もなく、光を直接見たせいで視界が眩んで倒れかける。
「ちくしょう。バッグの隣にお供え物みたいに置いてあった食料と水は四日前に底を尽き、照り付ける太陽のせいで体力はどんどん奪われて、夜は寝たいのに腹が減りすぎて眠れない。金はあるからどこかで飯を食いたいんだけど、辺りに町の気配はなし。
まあ当たり前って言ったら当たり前なんだがな。予定じゃ後三日ぐらいは歩かなくちゃいけないはずだし……。ふっふふ、ここまで来ると笑えてくる。まさに不の輪廻だな」
笑っている場合ではないと分かっているが、こんなどうにもならない現実を突きつけられて正常でいる方が難しい。
ユアンは再び歩き出したが体は不安定に左右に揺れている。歩くスピードはハイハイする赤ちゃんより遅い。
視界が歪む。目の前の風景が霞んで見えてくる。
頭がくらくらする。いつ意識が跳んでもおかしくない極限の状態だ。
汗はもう出ない。そんな水分は既に体の中には存在しない。
「……これから俺、どーなるんだろ?」
ほとんど停止しかけている脳みそで、ユアンは軽く自分の未来を想像してみた。
まず最初に日射病と言う言葉が浮かび、次に脱水症状と言う症状名が浮遊する。トドメに熱中症と言うとんでもない病名が頭の中を支配して、
「……これは、マジでシャレになんねーぞ」
乾いた喉から出たのは霞んだ絶望の言葉。歩く力を無くしたユアンは乾いた地面に膝をつき、そのまま焼ける大地にうつ伏せで倒れこむ。ジュワ、と肉が焼けるような音がしたけどきっと幻聴だろう。幻聴だと信じたい。
カラン、と木の杖が地面に転がり落ちる音が耳に届くのを最後に、視界の全てが暗闇に支配される。
そうして、不幸な旅人ユアンは荒れた大地の真ん中で動かなくなった。