2 怒り
アーウェル=ローマーの戦い方は、ガルトのそれとは違う。
一振りで全ての敵を薙ぎ払うなどと言う、ぞんざいでもったいない事はしない。
敵地の真ん中に飛び降りて、一人一人の命を丁寧に、そして確実に摘み取っていく。
それがアーウェルのポリシーだ。
どんな人間の命でも、命である事には変わりない。悪人だからと言ってその命を虫けらのように扱っていいとは思わない。
などと言う善人被れの綺麗事を思っている訳ではない。
彼はただ、戦闘を楽しみたいだけなのだ。一振りで全てを終わらせてしまっては、一度に得られる快感は大きいかもしれないが、それらは全て一瞬で終わってしまう。
一度に得られる快感は少なくても、その快感を長い間感じていたい。
それがアーウェルの本性だった。
戦闘において、本来彼が抱くべき感情だった。
しかし、今の彼が抱いているものは、それとは違う。
「……許さねぇ」
怒り。
『薔薇十字団』に対する完全なる怒りだった。
「お前らだけは絶対に許さねぇ!!」
彼の怒りはとある少女と関係している。
彼にとってその少女は何者にも代えられない、特別な存在だった。
昔、共に戦場で戦った友人の娘。
そして、その友人からの最後の頼み。
“娘を頼む”
手紙に書いてあった言葉の意味を理解したのは、友人の町が焼かれたと知った時だった。その友人が死んだと知ったのはそれのさらに後の事だ。
細かな事情は全て自分で調べた。寝る間も惜しんで必死に調べた。
そうして全ての事情を知った彼は、すぐにでも友人の娘を探しに行こうとした。
その時だった。
本人から手紙が届いたのは。
内容は『一週間後に会いにいきます』と、とても簡潔なものだった。
彼は一週間待った。ここで変に家を空けたら入れ違いになってしまうかもしれないと思ったから。
だが少女は来なかった。それから三日経っても来なかった。
だからここまで探しに来て、見つけた。
『薔薇十字団』に捕まった状態で。
(……俺がもっと早くキャロルを探しに出ていれば)
黒いローブを羽織った人間を、次々と切り裂きながらアーウェルは思う。
(こんな事にはならなかった)
口の中に鉄の味が充満する。奥歯を噛み締め過ぎたせいで、歯肉が出血しているのだ。
(俺がもっと! ……っ)
今更そんな事を思っていても、起こってしまった事実は何一つ変わらない。
分かっていながらも、彼は後悔を止められなかった。
(くそっ、体が全然動かねぇ)
アーウェルの右手には、全長一・五メートルほどの刃幅の狭い黒片手半剣が握られている。彼がそれを握ったのは二年ぶりだった。それは二年間一度も闘っていない事を意味している。
(道理で体が動かねぇ訳だ)
本人はそう思っているが、他から見たらバリバリの現役騎士にしか見えない。
アーウェルの動きは、彼を狙っている者の動きを遥かに凌駕していた。
その証拠に、彼は切り傷一つ負っていない。
数では圧倒的に勝っているはずの『薔薇十字団』。しかし二年間剣を握っていなかった男一人に苦戦している。
と、そこでアーウェルの視界に複数の敵の動きが映った。
離れた所から銃口を向けてきた女が三人。
槍の先端を心臓に向け迫ってくる男が二人。
それは今まで防戦を余儀なくされていた『薔薇十字団』初の攻め。
最初に動いたのは槍を持った二人の男達だった。両脇から同時に迫る鋭い切っ先に、アーウェルは臆する事なく『術式』を発動する。
ポケットの中から取り出したのは一枚の紙だった。喫茶店などでコップの下に敷くコースターのような正方形の紙だ。
アーウェルはその紙を地面に落とし右足で踏み潰すと、左側から迫る男に黒剣の切っ先を向ける。
迫る二人の男達は気付いていないが実はこの時、既にアーウェルの『術式』は発動していた。もし相手がガルト並の実力者、又は元力の流れを読み取る事のできる術者だったのなら、この『術式』は通用していないかもしれないが、それ以外の術者に彼の『術式』を見破るのは極めて困難。なぜなら彼の『術式』は気付かれない事にこそ意味があるからだ。
普通の視界では絶対に、感覚では限りなく感じ取る事のできない六芒星を基盤にした『陣』が、アーウェルの右足を中心に半径五メートルまで展開された。
既に『陣』の中に入り込んでいる二人の男達には、数秒後の自分たちの姿は想像できない。
同時、標的であるアーウェルを刺殺するべく、二つの矛先が両側から突き出され、
アーウェルが消えた。
比喩でもなく、何かの例えでもなく、言葉通りにパッと消えたのだ。
「「──ッ!?」」
突然、貫くはずだった標的を見失ったため行き場を無くした二つの矛先が、正面から衝突した。左側の槍が衝撃に押されて跳ね上がり、勢いを消しきれなかった右側の槍がそのまま男の脇腹へと突き刺さる。
「ぐ、があッ!」
短い男の悲鳴が聞こえた。
しかし、それは仲間の槍に腹を刺された男のものではない。
仲間を刺した方の悲鳴だ。
「相打ち、ご苦労さん」
言ったのは、消えたはずのアーウェル。彼は仲間を貫いた男の心臓を半剣で背中から突き刺し、引き抜いた後だった。黒い刀身に付着した赤い液体を真横に振るって払い落とし、一歩足を引く。
「俺も一応術者だからな。真正面から突っこむだけのバカじゃねぇんだよ」
その言葉が、倒れていく二人の男に届いているのか、彼には分からない。
もとより彼らの死に捧げるために言った訳ではない。
と、今度は三人の女が、二〇メートル先で構えている歯輪銃(火縄銃的なもの)の銃口から火花が吹いた。
同時に放たれた三つの弾丸だが、しかし『狙い』であるアーウェルを貫く事はなかった。
なぜなら、既に『狙い』はその場からまた消えていたからだ。
「俺が今まで、何も考えずに暴れまわっていただけだと思うか?」
感情の篭っていない冷たい音色が響く。
アーウェルが現れたのは、弾丸を放った一人の女の背後。
鉄で出来た銃身を切り落とし、そのまま女の腹部を蹴り飛ばして気絶させると、アーウェルは半剣を肩に担いで見下すような視線を『薔薇十字団』全体に向け、
「お前らには、神に祈る時間すら与えねぇ。一人残らず嬲って殺す!!」
そして放った言葉は死の宣告。