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アルス×マグス  作者: KIDAI
第四章 光の翼
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1 破壊の衝撃(レーヴァシュラーク)

 ユアン=バロウズは普通の人間ではない。

 この世界での『普通の人間』とは、体内に『元力マグナ』を宿し、『術』と言う魔法に似た力を使える者たちの事を指す。


 だがユアンはその普通とは少しばかり違っていた。


 まず、彼は異常な回復能力と動体視力・反射神経を持っている。

 音速で迫る弾丸の軌道を目で読み取り、弾丸で貫かれた傷は一晩で水に浸かっていいほどには回復してしまう。体中に切り傷を負っても三時間ほど寝ていれば大抵は治っているし、体力の回復速度は常人の二倍以上。それらの身体能力はとても普通の人間の体が持ち合わせている機能ではない。


 次に、彼は術を使わない。『元力マグナ』の総量が極端に少ないから。

 どんなに規模の小さな術式を発動しようとしても一回が限界。その術式を維持できるのもほんの数秒と言う、無に限りなく近いのだ。


 最後に、彼は風を操る力を持っている。

 その力は『術』ではない。『元力マグナ』を全く使わずに、彼は大気を操る事ができる。


 なぜ自分がそんな力を持っているのか、彼は知っている。

元力マグナ』の総量が少ない理由も、身体能力が高い訳も理解している。

 全て分かっているからこそ、彼はそれらの力を存分に振るう事ができるのだ。



「ははっ」



 男の失笑するような声が聞こえた。

 それはユアンの視線の先に倒れている一人の少年のものだった。その少年は黒いローブを羽織っていて、瞳の色は赤っぽい黒。毛先を真紅に染めた黒髪で、耳には黄金のピアスが二つずつ。

 ユアンは知らないが、その少年の名はイッザ=ラージーと言う。

 そんな、まさに悪人そのものと言う顔つきの少年は、地面に大の字になって倒れていた。


「殺しはしねーよ、だと?」


 ユアンに殴り飛ばされた少年の口から言葉が漏れる。

 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が辺りから響いてくる。


「俺はキャロルを助けにきただけだから、だと?」


 ガルトと鉾を持った男が戦っている方向から、衝撃波に乗って粉塵が巻き上げられ、

 そして、



「なめてんじゃねぇぞッ!!」



 少年の叫びが辺りに轟いた瞬間、

 爆ッ!! と彼の体を中心に地面が爆ぜた。



 埋められていた地雷が起爆したかのように地面が弾け飛び、大量の粉塵が舞い上がった。振動が大地を揺らし、轟音が鳴り響く。


「な──っ」


 それを一〇メートルほど先から眺めていたユアンは唖然とした。


(……自爆!?)


 爆発は明らかに地面に倒れていた少年の背中から起こっていた。背中の地面があれだけの規模で爆発すれば、人間の体なんて一瞬で木っ端微塵に砕け散ってしまう。

 だが、


「上から目線でもの言ってんじゃねぇぞ雑魚がッ!!」


 ラージーの叫び声が聞こえた。そう。


「上からッ!?」


 上空二〇メートルぐらいだろうか。爆発によって吹き飛ばされた敵の体が、五体満足で空を舞っていた。


「てめぇみてぇな野郎が一番勘に触るんだよッ!」


 空中で体勢を整えているのか、ラージーは両腕・両足を大きく広げて、頭から落下しないように上手くコントロールしている。


「てめぇみてぇな野郎を俺は一番ぶっ殺してぇんだよッ!」


 あまりの怒りに表情が歪んでいるラージーは、噛み付くように吠えている。

 すると彼は、両手を剣の柄を握るように揃えると、自分の頭上に振り上げた。


「だからよぉ!」


 そして、振り上げた両手の中からその物体は現れる。

 全長は二メートルほどで、柄の長い剣の刃を、円柱型の金属塊に替えたかのような殴打型の武器。

 中世では鎧を纏った人間に対して、その上から体を叩き潰せる事で有効だった兵器。

 それは、撲殺用の金属製打撲武器メイスだ。


(あの野郎。一体どこからあんなもんを──!?)


 何らかの術である事は間違いないが、今はそんな素朴な疑問などいちいち解いている暇はない。

 ラージーが叫ぶ。


「拉げろぉおおおおおおおおおおッ!!」


「い──ッ!!」


 ユアンは即座に回避しようとした。だがメイスの出現により重量が増えたのか、ラージーの落下速度が急激に上昇し、

 予想よりも早く頭上にメイスが振り下ろされた。

 もしユアンの身体能力が並だったのなら、確実に頭から体を潰されていただろう。常人以上の反射神経を駆使して、間一髪の所でその一撃を後ろへ下がる事で回避した彼だったが、しかし攻撃はそれだけでは済まなかった。


 ドッ! と地面にめり込んだメイスを中心に、

 轟ッ!! と爆破が生じた。


 爆発が起こる前、ユアンとメイスの距離は一メートルもなかった。そんな距離で地雷並の衝撃を受けたらどうなるのか。考えるまでもなく、その結果は目に見えている。

 視界を覆った眩い光が熱・音・衝撃を纏って襲い掛かった。反射的に両腕で顔面を覆ったユアンだが、そんなものは気休め程度にしかならない。


 石を壁に叩き付けたような鈍い音と共に、両腕全体に細かい粒の衝撃が走った。爆発により抉られた地面の破片が、爆風に乗って襲い掛かってきたのだ。同じような衝撃は既に体の至るところから伝わってきている。

 そしてその衝撃を痛いと感じた時には、焼けるような熱さが触覚を、裂けるような音が聴覚を刺激していた。


「がァあああああッ!!」


 一〇メートルほど吹き飛ばされたユアンは、乾いた地面の上を転がっていく。背中から伝わってきた衝撃に一瞬意識が飛びかけ、痛みに思考が削られていく。すぐにでも起き上がりたいのに、体が言う事を聞かない。自分がいる一帯だけ重力が何倍にも膨れ上がったかのように、地面から体が離れない。


(……あいつ、また、やりやがった)


 疼くような痛みを感じながら彼は思う。

 先程の爆破は、地面にめり込んでいたメイスを中心にして起こっていた。ユアンはかなりの近距離でその衝撃を受けたが、彼よりもさらに近くでその衝撃を受けているはずの人間がいる。

 それは、爆破を起こした本人。つまり黒いローブを羽織った少年イッザ=ラージーだ。


(でもあいつは、多分何らかの防御術式を使っているはずだ)


 最初と同じで敵は無傷だろう。そもそも自分の攻撃を自分にも食らうバカはそうはいない。

 そう思ったユアンは、霞む視界でなんとか爆発地点を映した。そして案の定、黒々と立ち篭る煙の中にラージーは立っていた。

 最もあの衝撃を間近で受けたはずなのに、彼は無傷のまま佇んでいた。


「無様だな。まあてめぇにはお似合いだが」


 悪意しか篭っていない少年の言葉が、ユアンの耳に入ってきた。


「でも、まだくたばんじゃねぇぞ? こっちは全然もの足りねぇんだからよぉ」


 例え黒煙に映った影しか見えなくても、ユアンには今の少年の表情が思い浮かぶ。歪んだ笑みを浮かべているであろう少年の顔が。


「そうだな、立てるようになるまで少し時間をやるよ」


 薄暗い乾いた大地にラージーの声が響いている。


「とある聖書に載っている『ソドムとゴモラの滅亡』っつー伝説……、いや神話を知ってるか?」


 片手にメイスを携えているであろう彼は、語りかけるように言葉を放つ。問いかけているにも拘らず、彼はユアンの返答を待たずにそのまま続けて、


「ソドムとゴモラってのは町の名前なんだが、そこじゃあ強姦、殺し、盗みに恐喝、ありとあらゆる悪徳行為が延々と繰り返されてたらしい。だからか、その町の住人は神様の逆鱗に触れちまって、空から降ってきた火と硫黄の雨に町ごと跡形もなく消滅させられたんだと」


 黒煙の中には、まだ所々赤く揺れる火が灯っている。


「まあこの話はある種の例えみたいなもんなんだが、神様ってのはつくづくやる事が派手だよなぁ? どの神話でも」


 語り続けるラージーが攻撃を仕掛けてくる気配はない。それを悟ったユアンは重たい体をゆっくりと起き上がらせる。


「でも神様からしたら人間の町の一つや二つ破壊する事なんて、人間が蚊を叩き潰すのと同然の事なんだろうけどよぉ、もしも人間にも神様と同じ事ができるとしたら、てめぇならどうする?」


「……何が言いたい」


「ちょっと回りくどすぎだったか? もうちょっと簡潔に言うとだな、この世には神様の扱う術式が記載された本が存在する。ってのは知ってるよな?」


「神の十二聖書の事か?」


 ユアンの言葉に『ああ』とラージーは言った。

『神の十二聖書』。それはこの世で最も強大な術式『セフィロト法』が記載された術導書バイブル

 名前の通り十二冊に分けられており、それら全てを解読し、習得すると神またはそれに近い存在になる事ができると言われている。

 因みに術導書バイブルとは、術式や術式の使い方などが記載された術の手引書のようなものの事。世界中に数え切れない程存在する。


「その中の一冊に『ゲブラー』って術導書バイブルがあるんだが、そいつは破壊と鉄を司っていて、あらゆるモノをあらゆる方法で破壊する事ができる術式が記載されてるって話だ。噂だと、ソドムとゴモラを消した術式も載っているとか」


「……」


「それってつまりは神様の術式が載ってるって事だよなぁ? 犯罪者おれらにとっちゃ夢のような話だ。そいつを使えりゃこの世の頂点てっぺん取れるかもしれねーんだから」


 ラージーの口調は幼い子どもが自分の夢を語っているかのようだった。とても純粋に『破壊』を望んでいるようだった。

 そんな語りを聞いているとユアンの背後から風が吹き、黒煙を少しずつ薄くしていく。


「まあ最終的に俺は何が言いたいのかと言うと……」


 そして黒煙が完全に消え去ると、


「俺は『ゲブラー』に載っている術式の改良版を使ってるっつー事なんだが、その意味ぐらいは分かるよな?」


 ふらふらな足取りで立ち上がったユアンの黒い瞳と、堂々とした態度で佇んでいるラージーの赤黒い瞳がぶつかった。


「鉄は破壊の象徴。だから俺の獲物は鉄製のメイス」


 予想通り邪悪に歪んだ表情で、敵は笑っている。


「刻んだ術式は光・音・火・衝撃の四要素をかね揃えた『爆発エラプション』。獲物がメイスってのは、この術式を使っても耐えられる強度をもっているからだ」


 そして周りには赤く揺れる小さな炎。少年は鉄のメイスを見せ付けるように天へと掲げる。


「他にもいろいろあるんだが、それら全てを上手い具合に組み上げたのが、この『破滅の衝撃レーヴァシュラーク』だ」


「『神の十二聖書』系列の術式の取得は、世界的に禁止されているはずだが」


 言ったのはユアンだった。

 彼が言った通り『神の十二聖書』に記載されている術式の全ては、例外なく『禁術』――法で習得及び使用を固く禁止されている。大体『全て習得したら神になれる』術式なんてものを、この世界のお偉い方々が禁止しない訳がない。

 禁術を習得した術者は大抵指名手配される。捕まったら即監獄行きだ。


「おいおい、俺を何だと思ってんだてめぇは? 犯罪者がそんな決まり守る訳ねーだろ」


 もっとも過ぎるラージーの言葉に、ユアンは歯噛みをするだけ。


(レーヴァシュラーク、か。名前から見て『レーヴァテイン』が元ネタだろうな)


 ユアンは術を使えない。だが術に関する知識――特に『神の十二聖書』の事なら、それなりに知っている。

『レーヴァテイン』とは、とある神話において、世界に幕を引いてしまうほどの強力な剣だと記されている。剣と言ってもただの鉄で出来た剣ではなく燃え盛る炎の剣で、その輝きは太陽のそれを凌駕するほどと言われている。


(だからと言って、奴の武器が世界を焼くほどの威力を持っている訳じゃない)


 所詮は紛い物。本物には到底敵わない。

 だが、それを分かっているからこそ、彼は気を抜けなかった。

 なぜなら、『神の十二聖書』に載っている術式の密度を一〇〇〇分の一にしたとして、その威力は建物一つぐらいなら簡単に吹き飛ばす事ができるからだ。


(こいつ、面倒なものを使いやがって)


 予想以上に苦戦を強いられるかもしれない。

 心のどこかでそう思ったユアンは、体中の痛みを押し込めて、構える。


「さて、長話はこれくらいにして……」


 話に区切りをつけたラージーも、重々しいメイスの先端をユアンに向けた。

 そして彼は告げる。



「そろそろ、始めるか」



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