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アルス×マグス  作者: KIDAI
行間ニ
46/64

孤独な決意

 轟音が聞こえた。舞い上がった砂粒が皮膚を叩く。

 悲鳴が聞こえた。恐怖に怯える男女様々な声が辺りに轟く。

 振動が伝わった。気持ちの悪い鈍い音が頭に響く。

 風が吹いた。温かくもあり、冷たくもある不思議な風が。

 そして、


『俺はただ、キャロルを助けにきただけだからな』


 少女の鼓膜を振動させて脳に伝わってきたのは、一人の少年の声だった。


「……ユ、アン?」


 気がついて、掠れた声で最初に放った言葉は少年の名前。

 少女は瞳を開け、少年の声が聞こえた方向に焦点を合わせる。

 そして一〇〇メートルぐらい離れた所に、彼はいた。

 拳を固く握り締め、黒いローブを羽織った少年を殴り飛ばして。


「……」


 気を失っている間に一体何が起こったのか。少女は知らない。

 自分は『薔薇十字団』の追っ手に捕まったはず。現に手足はロープで縛られていて動けない。

 そのため、どうして少年は戦っているのか。彼女には分からない。

 否、戦っているのは少年だけではない。

 周りを見渡すと、六〇歳近いおじいさんが右手に白い大剣を握って、飾り物のような鉾を持った青に近い黒髪の男と剣を交えていた。短い黒髪で頬に大きな傷を負っている見知った顔の男が、黒いローブを羽織った集団に突っ込んで行っていた。


(……これ、どういう事なの?)


 現状が理解できていない訳ではない。

 彼らは自分を助けに来てくれたのだと、彼女は正しく理解している。

 ただ、信じられないのだ。

 あの三人は自分のために戦ってくれている。彼らは命懸けで自分を救おうとしてくれている。その事実が。


(……なんで?)


 彼女の頭の中には疑問しかない。


(……どうして?)


 自分を助けた所で得られる物など何もないはずなのに、得する事など何もないはずなのに、どうして彼らは自分を救おうとしてくれるのか。

 自分たちの身を危険に晒してまで、どうしてそこまでしてくれるのか。

 確かに、少年には自分が抱えている状況を大雑把ではあるが告げた。だが告げただけ。だから助けて、などと言った覚えはない。

 しかし彼女は気づいていない。少年に事情を話した事そのものが、既に救いを求めている事に。

 そしてその救いに少年は応えていた。


“いいっつってんだろ! 何度も聞くな! そんでさっさと事情言いやがれ!”


 ふと、少女の脳裏に少年の声が響いた。

 乱暴だけど温かい。優しさの塊のような言葉。

 全てを受け入れてくれた人の声。


(そっか……)


 そこで少女は気が付いた。

 今まで、自分は一人だった。他人を巻き込みたくなかったから。他人を不幸にしたくなかったから。孤独を選ぶ他、なかったのだ。

 でも少年と出会った事で、彼女は独りではなくなった。

 母親からの頼みを果たすまで独りでいよう。そんな自分の信念と引き換えに。

 一時の気の迷いや思い切りの判断は、間違いなく彼女を孤独から救ったのだろう。だがその代償は途轍もなく大きくて残酷だったと、彼女は今更ながら思い知らされた。


 取り返しのつかない過ちに気付いてしまったのだ。


 ポタリ、と少女の瞳から涙が落ちる。

 生暖かい滴が頬を伝い、地面を小さく濡らした。

 その涙が、一体どういう意味で流れたのか、本人にしか分からない。

 ただ、それがどんな事であれ、彼女にはこれから自分がするべき事は分かっていた。

 だから彼女は覚悟を決めた。

 だから彼女は瞳を閉じた。


「だから、わたしは……」


 そんな消え入りそうな少女の声は、決して誰にも届かない。


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