孤独な決意
轟音が聞こえた。舞い上がった砂粒が皮膚を叩く。
悲鳴が聞こえた。恐怖に怯える男女様々な声が辺りに轟く。
振動が伝わった。気持ちの悪い鈍い音が頭に響く。
風が吹いた。温かくもあり、冷たくもある不思議な風が。
そして、
『俺はただ、キャロルを助けにきただけだからな』
少女の鼓膜を振動させて脳に伝わってきたのは、一人の少年の声だった。
「……ユ、アン?」
気がついて、掠れた声で最初に放った言葉は少年の名前。
少女は瞳を開け、少年の声が聞こえた方向に焦点を合わせる。
そして一〇〇メートルぐらい離れた所に、彼はいた。
拳を固く握り締め、黒いローブを羽織った少年を殴り飛ばして。
「……」
気を失っている間に一体何が起こったのか。少女は知らない。
自分は『薔薇十字団』の追っ手に捕まったはず。現に手足はロープで縛られていて動けない。
そのため、どうして少年は戦っているのか。彼女には分からない。
否、戦っているのは少年だけではない。
周りを見渡すと、六〇歳近いおじいさんが右手に白い大剣を握って、飾り物のような鉾を持った青に近い黒髪の男と剣を交えていた。短い黒髪で頬に大きな傷を負っている見知った顔の男が、黒いローブを羽織った集団に突っ込んで行っていた。
(……これ、どういう事なの?)
現状が理解できていない訳ではない。
彼らは自分を助けに来てくれたのだと、彼女は正しく理解している。
ただ、信じられないのだ。
あの三人は自分のために戦ってくれている。彼らは命懸けで自分を救おうとしてくれている。その事実が。
(……なんで?)
彼女の頭の中には疑問しかない。
(……どうして?)
自分を助けた所で得られる物など何もないはずなのに、得する事など何もないはずなのに、どうして彼らは自分を救おうとしてくれるのか。
自分たちの身を危険に晒してまで、どうしてそこまでしてくれるのか。
確かに、少年には自分が抱えている状況を大雑把ではあるが告げた。だが告げただけ。だから助けて、などと言った覚えはない。
しかし彼女は気づいていない。少年に事情を話した事そのものが、既に救いを求めている事に。
そしてその救いに少年は応えていた。
“いいっつってんだろ! 何度も聞くな! そんでさっさと事情言いやがれ!”
ふと、少女の脳裏に少年の声が響いた。
乱暴だけど温かい。優しさの塊のような言葉。
全てを受け入れてくれた人の声。
(そっか……)
そこで少女は気が付いた。
今まで、自分は一人だった。他人を巻き込みたくなかったから。他人を不幸にしたくなかったから。孤独を選ぶ他、なかったのだ。
でも少年と出会った事で、彼女は独りではなくなった。
母親からの頼みを果たすまで独りでいよう。そんな自分の信念と引き換えに。
一時の気の迷いや思い切りの判断は、間違いなく彼女を孤独から救ったのだろう。だがその代償は途轍もなく大きくて残酷だったと、彼女は今更ながら思い知らされた。
取り返しのつかない過ちに気付いてしまったのだ。
ポタリ、と少女の瞳から涙が落ちる。
生暖かい滴が頬を伝い、地面を小さく濡らした。
その涙が、一体どういう意味で流れたのか、本人にしか分からない。
ただ、それがどんな事であれ、彼女にはこれから自分がするべき事は分かっていた。
だから彼女は覚悟を決めた。
だから彼女は瞳を閉じた。
「だから、わたしは……」
そんな消え入りそうな少女の声は、決して誰にも届かない。