12 強大な力
一人の男が二階建ての廃墟の屋上から、自分の部下たちが上空に吹っ飛ばされるのを眺めていた。
(……こいつは、おもしろい)
だがその男は、笑っていた。
『薔薇十字団』の幹部であり、上位二級犯罪者であるキファーフ=スィナンは、胸の奥からこみ上げてくる昂揚感に浸りながら、心の底から楽しそうに笑っていた。
そして地面に置いていた一本の鉾を手に取る。
その鉾は矛先の形状が二等辺三角形で、刃根元には両側に突起が設けられていた。所々黄金の装飾がなされており、置物のようにも見える。
右手に鉾を携えたキファーフはその場に立ち上がり、粉塵の中に堂々と佇む一人の老人を見下ろす。
「久々に、とんでもねぇ化物と闘り合えそうだ」
ニヤリ、と口元を歪ませて、二階建ての廃墟から飛び降りた。
そのまま両手で鉾を握り締め、大きく真上に振り上げる。
狙いは一人。二〇人以上の人間を一振りで薙ぎ払った常識外れの老人。
対する老人は、上空から迫るキファーフに気配を感じ取ったのか、夜空を見上げ大剣を構える。
殺気の篭った両者の視線が重なり合い、次の瞬間には、
轟ッ!! と、右から左へ振るわれた老人の白い刃と、上から下へと振り下ろされたキファーフの矛先が火花を散らし交差した。
大気が震えた。
同時に耳をつんざくような轟音と地震のような振動が大地を揺らす。
元力と元力が衝突し、視界で捉えられるほどに圧縮された衝撃波が二人を中心に球状に広がった。そして地面を薄く剥がし、粉塵を巻き起こす。
それは単に鉾と剣が交わっただけと言う領域を越えていた。二つの隕石が正面から衝突し砕け散ったかのように、強大な二つの力がぶつかり合い弾け飛ぶ。
(……)
隕石並の一撃を放ったキファーフだったが、彼の表情は若干険しくなっていた。
(このじいさん。俺の元力と全体重を掛けた一振りを、片腕で受け止めやがった)
並みの術者なら剣の上から真っ二つに両断されていたはずの一撃を、老人は右手一本の一振りで受け止め、さらにそのまま振り返してきた。
「な──ッ!」
攻撃が通じなかった上にそのまま弾かれたキファーフは、大きく体勢を崩し後ろへ飛ばされる。靴の裏を地面に引き摺りながら何とか速度を落としたが、気を抜く事はできなかった。
何故なら白い大剣を握った右腕を左肩の上に回し、半身の状態で飛び掛る老人がキファーフの眼前まで迫って来ていたからだ。
「……!」
「──ッ!」
隕石並の一振りを軽々とあしらった老人の大剣が、月明かりに照らされて白く輝く。
そして高速で身を捻り、老人はキファーフの体を左上から右下へ切断するべく、豪快に振り下ろす。
空気が強引に裂かれ、大気が乱れる音がした。
だが同時に、金属の甲高い音も鳴り響いていた。
「はっ!!」
そう吐き捨てたのはキファーフだった。隕石以上の破壊力を持つ一撃を真正面から受け止めて、屈強な両足を地面に打ちつけ立っている。
「やっぱりあんたで間違いなさそうだな。うちの部下を殺しまくったって言う殺人狂は!」
「……」
叫ぶキファーフに、しかし老人は取り合わない。
次の一撃を放つべく、相手との距離を取り大剣を構えるだけ。