9 クライシス
時は少し遡る。
午後五時三〇分前後。
どこ? と少女の声が聞こえる。
どこなの?
「ユアン!」
初めて、少年の名前を呼んだような気がする。
キャロルは陽の沈みかけた町の中を走り回っていた。息は切れかけ、走っているか歩いているか分からない状態だ。
ユアンを探しに出てから、既に三時間以上が経過していた。
町中を探したキャロルだが、一向に彼を見つける事ができない。
必ず、この町のどこかにいるはずなのに。
「絶対に、捕まったりなんてしていない!」
そう何度も自分に言い聞かせて、キャロルは再び走り出す。
だが、不意にどこからか声が聞こえてきた。
「キャロル=マーキュリーだな」
聞き覚えのない男の声が自分の名前を呼んでいる。
彼女が今いる場所は町の出入り口に近い、三階建ての建物が立ち並ぶ通りだった。陽が沈みかけているせいか、周りは昼間の賑やかさとは打って変わって誰もいなかった。
だが、声は聞こえた。
キャロルは音源を辿っていき、とある三階建ての建物の屋上に視線が向いた。
そこには、一人の少年が屋上の枠ギリギリの所でしゃがんでいた。
その少年は毛先を赤く染めた黒髪で、瞳の色は赤っぽい黒。その凶悪な風貌をさらに際立たせるように、黄金のピアスが両耳に二つずつ。
そして黒いローブを羽織っていた。
「──ッ!」
キャロルはすぐにその場から、黒いローブを羽織った少年から逃げようとした。だが、
「ばーか。もう手遅れだ」
あざ笑うような少年の声は、少女に残酷な現実を突き付ける。
「……そんな」
それに彼女は言葉を失うだけ。
一言で言おう。
キャロルは囲まれていた。複数の黒いローブを羽織った人間達に。
トン、と背後から小さな音が聞こえた。その音の正体が、屋上にしゃがんでいた少年が飛び降りて地面に着地したものだと認識したのは、彼女が振り返ってからの事。
乱れた服装を整えた少年は、告げる。
害意に染まった音色で。無慈悲な言葉を。
「さあ、一緒に来てもらおうじゃねぇか」