2 不安
教会内は騒がしかった。
「通り魔事件の次は爆発事件!? 一体どうなっているんだ!」
神父らしき男が部下の報告を受けて昏倒しそうになっている。
アーウェル=ローマー宛ての手紙を書き終えたキャロルは、受付に手紙の配送を頼みにいっていた。
しかし、
「すいません、お客様。ただいま本教会はこの通り立て込んでおりますので、配送の受付は一時中止となっております。しばらく経ったらまたおこしください」
と言う受付お姉さんの丁寧なお断りのせいで、手紙を送れなかった。
「もータイミング悪すぎだよ」
ぐだー、と教会の隅に並べてある丸いテーブルに、気だるい声を放って突っ伏せているキャロル。
「こんな事になるんだったらあの人と別行動なんて取るんじゃなかった」
はぁ、と溜め息を付いた彼女は、どこで購入してきたのか、紙コップに入ったオレンジジュースをストローで飲みはじめる。
「とゆーか何で教会の中はこんなに騒がしいんだろ? さっきまでは全然静かだったのに」
ユアンと別れてから教会の外に出ていないキャロルが、外で起きた騒ぎの事を知らなくても無理はないだろう。
「何か通り魔とか爆発とか言ってたけど」
大きな事件でも起きたのかな? と思ったキャロルは、暇なので近くを通りかかった教会の人間に聞いてみる事にした。
「通り魔事件と爆発事件の事ですか? どちらともまだ詳しい事は分かっていないんですけど……」
突然話し掛けられた事にびっくりしたのか、それともただ弱気なだけなのか、黒い修道服を着た教会のシスターは困ったような表情をしている。だが、弱気な性格でもなければ、突然話し掛けられても大抵はすぐ受け答えできる社交的な少女キャロルは、そんなシスターの動揺などお構いなしに聞き続ける。
「詳細とかはいいから、大雑把に教えて」
ぶっちゃけ彼女が聞いてきているそれは建前で、本音は『暇だから話し相手になって』なのだった。
はぁ、と困り顔のままシスターは話し出す。
「先に起きたのが通り魔事件の方で内容は、『店の品物を盗んでいった子どもをその店の店主が追いかけていたら、突然その店主の片腕・片脚が切り落とされた』って事です。当時、現場にはたくさんの人がいたにも関わらず、目撃者がいない不可解な事件だって私の上司が言っていました」
「何それ? 迷宮入りでもしそうな事件なの?」
「いや、そこまではないと思いますよ。おそらく何らかの『術』を使った事件だろうから、その場の残存元力を調べれば犯人を見つける事ができると言っていました」
ふーん、と自分から聞いといて興味のなさそうな相槌を打ったキャロル。
シスターは続けて、
「そのすぐ後に、今度は爆発事件が起こったそうです。現場は通り魔事件の現場からそんなに離れていない、三階建ての建物に挟まれた小道で、その内容が、『小道の中が突然爆発した』との事です」
「そのまんまだし」
「……はい、そのまんまですね」
なぜか申し訳なさそうにしているシスターだが、彼女の話はまだ終わっていないらしく、キャロルは紙コップに入ったオレンジジュースをストローで飲みながら、話を聞く。
「それで、その爆発のすぐ後に現場となった小道から、黒いローブを羽織った少年が若い男の東洋人を肩に担いで出てきたのを、近くにいた主婦たちが複数目撃しているらしいんです」
(若い男の東洋人?)
キャロルはシスターの放った言葉を反芻して、
ぶべッ! と思わず口に含んだオレンジジュースを吹き出した。
そのまま咳き込んでいたが、彼女は咳きが治まるのを待たずに無理に話そうとする。
「ちょっ、え!? 若い男の東洋人!? 黒いローブを羽織った少年!?」
「……あの、少し落ち着いてください」
ゲホッゴホッ! と咽ているキャロルをシスターは優しく背中を摩って落ち着かせる。その甲斐あってか、彼女は数回深呼吸をしてようやく落ち着きを見せる。
もう大丈夫だから、と片手で制したキャロルはシスターに話しの続きを要請した。
「えっと、黒いローブの少年の方はフードを被っていたらしく、素顔までは分からなかったらしいですけど、その少年の肩に担がれていた東洋人はぐったりしていて、体中血だらけだったそうです」
キャロルはゴクリと唾を飲み込む。そして今までの態度とは打って変わって慎重な面持ちになると、シスターに問う。
「それで、その黒髪の東洋人って言うのはもしかして……、十五・六歳ぐらいの少年だったりする?」
その問いにシスターは軽く驚いた表情になり、
「よく分かりましたね。もしかして探偵さんだったりするんですか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど……」
キャロルは言い淀んだ。
(もしかして、あの人だったりするの?)
冷たい汗が頬を伝うのを感じながら、彼女は再び質問する。
「それじゃあ、その事件が起きた現場って……」
「市場ですよ。この町で一番大きな。って言っても今日は一ヶ所でしかやっていませんけどね。もしかして現場の近くに知り合いでもいたんですか?」
シスターの答えを聞いたキャロルは、呆然としていた。
(……まさか)
嫌な予感が彼女の脳裏を過ぎる。
(まさか!)
考える前に勢いよく椅子から立ち上がったキャロルは、走って教会の出口に向かう。背後からさっきのシスターの呼び止める声が聞こえたが、彼女は無視して教会の中を走る。
(……うそ、うそだよそんなの! 絶対ないよそんなの!)
願いにも似た思いをキャロルは心の中で叫んでいる。
(きっと、人違いだよ。きっとあの人じゃないよ……)
そう思いたかった。でもここらで東洋人は珍しい。そう何人もいるとは思えない。
だから、嫌な予感が浮かんでくる。
「……ッ!」
教会を出たキャロルは走る。嫌な想像をかき消すように。
自分の早とちりだったと思えるように。