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アルス×マグス  作者: KIDAI
第二章 悲劇の追憶
32/64

10 迫りくるは

 ここは大勢の人が行き交い、賑わっている『リーヴァリー』の市場。新鮮な野菜や魚、肉などがあれば食器や武器などもたくさん売られている。

 と、そんな市場の中を、一人の少年が歩いていた。

 フードを被り、薔薇の刺繍が入った黒いローブを羽織っているその少年の格好は、周りから明らかに浮いている。

 はずなのに、彼は不自然なほどに目立っていない。


(ブラウンの髪の色をした十二・三歳ぐらいの少女と、黒髪で東洋系の十五・六歳ぐらいの男……、か)


 少年は人を探していた。知り合いではない。少女の方の顔は写真で見たことがある。名前も聞いている。だが相手の方は自分の事は全く知らないだろう。一方的に彼が追っているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 それではなぜ少年はその少女を探しているのか。それは『組織』から命令されたからだ。

 その命令内容は至って簡単。



『キャロル=マーキュリーとその周りにいる者を全て抹殺せよ』



「さて」


 少年は人ごみの中で足を止めた。行き交う人々は彼に迷惑そうな視線を向けていたが、当の本人はこれまた全く気にしていない。


「どこにいやがるのか」


 周りには老若男女さまざまな人がいる。人ごみの隙間に入って走り回っている子どもや、大きな声を出して客引きをしている大人。店の前で何を買おうか悩んでいる主婦や、商品の値段を値切ろうとして店の人間ともめている男など。


 すると、遠くの方から一際大きい声が聞こえてきた。

 正確には少年の後ろからだ。もちろん彼に掛かった声ではない。


「ゴラァ! 待ちやがれクソガキィ! 店のもん返しやがれ!」


 乱暴な口調の男の声。

 どうやら店の品を子どもに盗まれたらしい。それを聞いてか、周りが少しざわつき始めている。

 当然ながら少年はその事に一切興味を示していない。彼がここに来た理由は飽くまで任務を遂行するためなのだから。それにこの手の騒ぎはすぐに収まるものだ。解決するかしないかはさて置いて。

 ところが、周りのざわつきは一向に収まらない。それどころか次第に大きくなっていっているような気がする。

 と言うよりこちらに近づいてきている気がする。


「……」


 今まで全く興味を示していなかった少年だが、さすがにこれだけ騒がれては任務に集中できないと思い、後ろを振り返り少しだけ視線を向けようとした。

 だが、突然後ろから走ってきた子どもが少年を横切っせいで、またさっきと同じ方向を向いてしまう。その際、少年は走ってきた子どもを無意識に目で追ってしまったが、すぐに人込みに消えていったので彼も同時に視線を外した。


(あの子ども、両手に何か持っていたな)


 おそらくさっきの子どもが店の品を盗んでいった犯人なのだろう。周りのざわつきもさっきの子どもが通り過ぎて行った事で治まっていた。ついでに言うとさっきの子どもの服、もう何日も洗っていない感じだったから、おそらく孤児なのだろう。


(まあ、俺には関係のない事だ)


 周囲も落ち着いた事なので、少年は再び任務を続行しようと歩き出そうとした。その時、



 ドンッ! と後ろから何かが、いや誰かがぶつかってきた。



 少年の体が衝撃で二歩ほど前に出た。


「──」


 そして彼は無言のままゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには白いT=シャツを着た筋肉質な男が立っていた。身長は一八〇センチ前後で、厳つい顔つきのおっさんだった。着ている白いT=シャツは黄ばんでいてピッチリ体に張っている。この男がさっきの子どもを追っているのだろう。


「ってーな。おいガキ! そんなところで突っ立ってんじゃねーぞ!」


「……」


 自分からぶつかっておきながら逆ギレし出す筋肉質な男。再び子どもを追いかけるため、その男は少年を片手で押しのけ前に進もうとする。

 少年の体が後ろにさがる。男の足が前に出ようとする。

 すると不意に、何かが切れる音が回りに響いた。それは比喩でもあり、そのままの意味でもある。

 少年は片手をローブの中に突っ込んで、

 子どもを追いかけるため、一歩前に踏み出そうとしている筋肉質な男。

 だが男がその足を踏み出す事はなかった。

 何故なら、



 前に踏み出すはずだった男の左脚と左腕が、空中で赤いラインを引きながら舞っていたからだ。



「……は?」


 間抜けた声が人込みに響く。


 男の視界には宙を舞っている人間の片腕、片脚が映っている。だがそれが自分のものだと言う事は、このときはまだ気付いていないのだろう。

 太股の半分から下をなくした左脚に体重を移していたせいで、男は体勢を崩す。しかしこれも、どうして自分が体勢を崩しているのか本人は分かっていないようだ。

 倒れかける自分の体を男は左手で支えようとする。それは人間なら当たり前な動作で、でも、この時、自分の左腕に視線を向けた事で、ようやく自分の身に起きた異変に気付いた。

 だが、その時にはすでに遅く、


 太股の半分から下をなくした左脚が、地面についたと同時に、

 ぐしゃり、と生々しい音を発しながら左脚から激痛が走った。


「がっ!」


 それだけではない。左脚の痛みを引き金に、左腕からも例えようもない激痛が男の体を駆け巡る。

 ショック死レベルの激痛に男は地面に倒れ込む。


「がっあっ、がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫した。

 だが叫んだところで痛みは引かない。血は流れ、男の命は確実に薄れていく。

 平和だった市場の雰囲気が、一変した。

 周りにいた人間は目の前で流れ出す大量の赤い液体を前に、しばらく呆然としていた。だが宙を舞っていた片腕、片脚が地面に落ちると同時に、悲鳴を上げ、我先にとその場から逃げ出していく。

 そのどさくさに紛れて、少年はその場から離れていった。











 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆











(やっべー。思わずやっちゃったよ)


 少年は右手に隠し持っているナイフをローブの中に仕舞い込む。


(さっきのは多分誰にも見られてねーはず)


 常人では決して目で追うことができない早業。音も無く、命を狩る暗殺の技術。


(でも確実に教会の連中は駆けつけてくる。見つかると面倒な事になるし念のため場所を移動するか)


 一秒にも満たない一瞬の時間で大人の片腕と片脚を切り落とした少年は、小走りで現場から遠ざかろうとした。


 その時、不意に少年の視界の隅に一つの人影が映った。


 周りにも大勢の人間がいるにも関わらず、その人影だけ意識が向いた。少年は思わず足を止め、視線をその人影に向ける。

 二〇メートルぐらい先にいるそれは、十五・六歳ぐらいの少年だった。黒い髪に東洋系の顔立ちの、(ここらでは珍しいが)どこにでも居そうな普通の少年だった。

 しかし、黒いローブで身を包んだ少年には、そうは映っていなかった。


(……まさか)


 それはついさっき逃亡を図ろうとして彼に殺された大男から聞いた、標的の特徴と合致していたから。


(東洋の人間はここらへんじゃ珍しい。そんなにいるもんじゃねぇ)


 つまり、おそらくあれが標的の一人。

 大男が言っていた護衛の男。


「さっそく、見つけた」


 周りは筋肉質な男が倒れている場所から、少しでも早く遠ざかろうとする人間と、騒ぎを聞きつけてきた野次馬とでごった返していた。そんな中をローブを羽織った少年は立ち尽くしている。

 対する黒髪で東洋系の顔立ちの少年は野次馬の方らしく、その場から離れるどころか現場に近づこうとしている。


 少年は標的を見据え、動き出す。

 人の流れを慎重に掻き分け、少しずつ近づいていく。そして標的との距離が一〇メートルを切ったところで、不意に標的が進むのをやめ方向を変えて動き出した。

 正確に言うと少年から距離を取る形で、標的は離れていく。


(くそっ! 逃がしてたまるか!)


 今までは周りの人間にはそこまで迷惑をかけずに少年は進んでいた。変に目だってしまうから。

 だが、今となってはそんな気遣いをしている訳にはいかない。

 強引に人の流れを引き裂き、標的に近づいていく。ところが二人の少年の距離は離れていくばかり。


(――ッ)


 すると、標的である東洋人の少年が人気のない建物の隙間に入っていった。それを確認した黒いローブの少年は、


(おうおう、自分から狩られやすい場所に移動するとは)


 さっきまでの焦り顔とは打って変わって、

 ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべている。

 彼は人の流れの中を強引に進むのをやめ、ゆっくりと歩く事にした。


「焦っちゃいけねぇ」


 ポツリと少年の口から言葉が漏れる。

 幸い、標的の少年は建物の隙間の中で動かない。

 そして、少年の笑みは止まらない。


「こういうのは楽しんでこそ、だろ?」


 まるで自分の狩心に語りかけるように言った少年は、ゆっくりと、だが確実に標的を狩るため、その足を進める。


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