7 少女の闇(かこ)
キャロルが語る回です。
その日、父は『兄を見つけた』って言って慌てて帰ってきた。
でも、父の顔は行方不明だった息子を見つけたって言うのに、全然笑っていなかった。それどころか、怯えているようにも思えた。
「本当なのあなた? あの子が、ダニエルがどこにいるか分かったの?」
言ったのはわたしの母。
兄は半年以上、行方不明だった。父たちは仕事の合間や終わった後に兄を探していたらしいが、全く手がかりが掴めなかったようだ。
だけど、その日突然『近いうちに帰る』と兄から連絡が入った。
「ああ。でも一体何を考えてるのか、あいつは……、『薔薇十字団』の団員になったらしい」
「え!?」
その言葉に母はひどく驚いていた。
父が言うには、兄から連絡がくる前に仕事の同僚の術師からその事を聞かされた、と言っていた。『薔薇十字団』のローブを羽織った兄を見た、と。
「あいつ、以前妙な奴らとつるんでいるなとは思っていたが、まさか『薔薇十字団』の連中だったなんて」
二人はひどく落ち込んでいた。その時のわたしは、まだ『薔薇十字団』がどんな組織が知らなかったから何も思えなかったけど、今なら二人の気持ちがわかる。
そしてその日の夜、事件は起こった。
豪雨だったその日、わたしは雷が怖くて母と一緒の部屋で寝ることにした。でも、夜中にトイレに行きたくなったわたしは、母を起こして一緒に行ってもらうよう頼み込んだ。
部屋を出て、父の書斎の前を通り過ぎようとしたわたしたちは、突然父の書斎の中から大きな物音を聞いた。
わたしは驚いて反射的に視線を母に向けたんだけど、その時の母の表情がとても怖かった事を憶えてる。殺気を放った、プロの術師の表情。
「キャロル、私の後ろに隠れてて」
そう言った母は、わたしを自分の後ろに付かせた。
そして、ゆっくりと父の書斎の扉を開けて、わたし達は、見た。見てしまった。
久しぶりに見た兄が、大剣で父の首を跳ねる、その瞬間を。
わたしにはその時の状況が理解できなかった。どうして兄が父の首を飛ばしているのかが。だから悲鳴が出なかったのかもしれない。状況に頭が付いて行っていなかったのだ。
でも、母は違った。実の息子がその父を殺したにも関わらず、不自然なほどに冷静だった。
まるで、覚悟していたかのように。こうなる事が分かっていたかのように。
母は後ろを振り返り、わたしの背の高さに合わせるようにしゃがみ込むと、わたしの額に熱でも測るかのように触れた。
「キャロル、いい? 今から言う事をよく聞いて。わたしは今、あなたの頭の中に情報を送り込んでる。大切な情報を。これを近くの教会まで行って、伝えてきてほしいの。いや違う。それだけじゃだめ。頭の中の情報を引き出せる術者を探して。手遅れになる前に。わかったら、この紙を開いて中に描かれている陣に触って。そうすればあなただけはここから逃げられるから」
「えっ? なに? どういうこと? お母さんはどうするの?」
「お母さんはここに残って、あなたの兄さんを止める」
そう言うと、母は立ち上がって、兄のいる父の書斎へ入っていった。その時の母の顔は、とても悲しい顔をしていた。
母は術を発動させると同時に、兄に襲い掛かった。狂気を放ち、完全に殺す気で。
そして、外で雷が光ると同時に、
母は呆気なく、兄に切られた。
今度のわたしの反応は父の時とは違った。自分から離れていく母の後ろ姿をしっかりと見ていたわたしは、目の前で起こった現実を理解していた。
だからわたしは父の時みたいに無反応ではいられなかった。
「あっ、ああっ、あああっ!」
だからわたしは、絶叫した。
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その後、わたしの視界は真っ暗になった。そして母と父を殺されたショックのあまり、正気を失って……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
気がついたら、わたしは自分が住んでいる町の教会の前で倒れていた。
わたしはその場から起き上がって、しばらく呆然と立ち尽くしていた。でもすぐに母が言っていた事を思い出して、すぐさま教会の中に飛び込んでいった。
だけど、教会の中には誰もいなかった。無残に荒らされていて、人の気配がまるでなかった。町もそれと同じだった。建物が壊されていて、炎が家を焼いていて、人がいっぱい死んでいた。
まるで、地獄に迷い込んだかのようだった。
世界中で自分しかいないようだった。
でも、全部をなくした訳じゃない。
母と交わした最後の約束がある。
そしてわたしは旅に出た。
自分の頭の中にある『情報』を引き出せる術者を探すために。
母との約束を果たすために。