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アルス×マグス  作者: KIDAI
第二章 悲劇の追憶
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6 事情

「ここなら追っ手も無暗に近づこうとは思わないだろ」


 ユアンは辺りを軽く見渡しながらそう言った。

 ここは『リーヴァリー』と言う町の中心にある広場。中央には大きな噴水があり、周りは木とレンガの建物で円状に覆われている。東西に伸びている町の中央通りと直結していて、南北側もちょっとした大通りと繋がっている。噴水の水が穏やかな陽の光に照らされて輝いている。


 噴水の周りでイチャつくカップルや、追いかけっこをして遊んでいる子ども達。ベンチに寝転がって昼寝をしている人や、木の陰に入って本を読んでいる人。飼い犬と一緒に散歩しているお年寄りや、他愛ない雑談をしている奥さん方。

 そんな何でもない普通の日常を見て、少女は呟く。


「本当に昼間は賑やかなんだね」


 夜は誰一人として外を歩いていないのに、昼間はこの賑やかさ。まるで別の町のようだ。


「『魔ジン』が生まれた町って以外は、他と変わらない普通の町なんだろうな」


 ユアン達は広場に入り、誰も座っていないベンチを見つけると、二人揃って腰をかける。


「……いい天気だね」


「……ああ」


「雲一つないよ」


「そうだな」


「明日も晴れるといいね」


「ああ」


「いま何時だかわかる?」


「正確にはわかんねーけど多分一時二〇分ぐらいじゃね?」


「一時二〇分か。けっこう時間経ったね」


「だな」


 二人は青い空を眺めながらポツポツと言葉を交わす。


「店、追い出されちゃったね」


「そりゃそうなるだろ。あんなにわんわん泣いてりゃ。むっちゃ周りの人迷惑がってたぞ」


「だってユアンが泣かすからさ」


「泣かすってなんだよ。俺は励ましただけだぞ。お前が勝手に泣き出しただけだろ」


「女の子を泣かすような言葉を言ったのはユアンじゃん」


「俺は別にそんな言葉を言った覚えはないっ!」


「どさくさに紛れて抱いてきたくせに」


「先に抱きついてきたのはどこの誰だっけか?」


「鼻伸ばしながらわたしのお尻さわってきたくせに」


「伸ばしてねーし触ってねーよっ!」


 いつの間にか言い合いに変わっている二人の会話。


 朝食兼昼食を取った飲食店では、周りの客に迷惑だから、と言う理由で追い出されてしまった。だがユアンはキャロルから詳しい事情を聞かなければならないため、ゆっくり話せそうな場所を探して町の中を歩き回り、そして見つけたのがこの広場。


 ユアンが最初に言った『ここなら追っ手も無暗に近づこうとは思わないだろ』と言うのは、この広場の前には『教会』があるからだ。

『教会』とは、それぞれの宗教組織が領地内に置いてある役所的なところのこと。町に一つの割合で置いてあり、警察としても機能している。そのため指名手配されていたり、有名な犯罪組織に所属している者は近づけないところでもある。


「それじゃ、どこから話したらいい?」


 キャロルはぼんやりと空を眺めているユアンに、首を傾げて聞いてきた。


「んー、そうだな。お前が追われてる理由……、いや、お前を追っている組織のことを最初に教えてくれ」


「……わかった」


 彼女にはまだ事情を話すのに抵抗があるようだった。全く関係のない人間をこれから『危険』に巻き込もうとしているのだから、当然だと言えば当然なのだろうが。


「キャロル」


「分かってるって。ちゃんと言うから」


 そう言うと彼女は数回、軽い深呼吸を繰り返し、


「まず、わたしを追ってる組織の名前から言うね」


 彼女の言葉に無言で頷くユアン。適度な緊張感を持った二人。そしてキャロルは言う。


「その組織は『薔薇十字団』って言うんだよ」


「薔薇十字団!!?」


 キャロルが言った瞬間、ユアンは思わずっ! と言った感じに大声を挙げてしまった。


「ちょっ、(ちょっとあんまり大声でその名前呼ばないでっ! 目の前に教会があるんだし、面倒な事になったらどうするのっ!?)」


「(あっ、悪い。まさかそんな大組織の名前が出てくるとは思わなかったから)」


 声の音量を小さくしてきたキャロルに吊られ、ユアンも小声で言葉を発する。

 案の定、キャロルが言ったとおり周りにいた数人がこちらに視線を向けてきた。


 しかし、ユアンがつい叫んでしまったのも無理はないかもしれない。

『薔薇十字団』と言う組織は、世界中の宗教団体と敵対している秘密結社のこと。団員メンバーのほとんどが犯罪者として指名手配されている事から、犯罪者雇用組織とも言われている。


「世界一巨大な裏組織と言われておきながら、その全容は全くと言っていいほど分かっていない、謎だらけの組織。唯一わかっているのは団員メンバーと、様々な組織に人材を派遣しているって事。

 一般的に知られているのはこの二つぐらいかな」


 キャロルの言葉にユアンは頷く。


「でもさ俺思うんだけど。あの組織ってそんな大した事やってなくねーか? それなのに無駄に有名だし」


「まあ組織事態はあんまり大きい事やってないよね。でもあの組織が有名な理由はそこじゃない。一番の理由は組織の団員メンバーなんだよ」


「メンバー?」


 繰り返したユアンの言葉にキャロルは再び頷くと、


「ウィルア=U=ウェンスタウン、イマード=イーリヤー、キファーフ=スィナン、グレンガー=ザースロード……。今挙げたのは全員、上位二級以上の犯罪者。最初と最後に言った人は上位一級犯罪者。

 貴方が一〇人束になってかかっても、傷一つ付けられないような化物たちだよ」


 指名手配中の犯罪者には、その危険度を表す階級レベルが存在する。上から一級~五級。それぞれの級には上・中・下とさらに細かい階級がある。危険度の最低が下位五級犯罪者(術を使って窃盗や暴行事件などを起こした術者など)で、最高が上位一級犯罪者(世界レベルで凶悪な事件を起こした術者など)。


「んっ、なんだよその言い方。俺がもの凄く弱い奴みたいじゃねーか」


「別にそんなムキにならないでよ。今のはただの例えだから。ちょっと盛っちゃった感もあるし」


「……ふーん」


「話を続けるけど、『薔薇十字団』には上位一級犯罪者が五人いるの。そもそも上位一級なんて世界中で二〇人もいないんだから」


「まああんなの・・・・が大勢いたらこの世界とっくに終わってるしな」


「? 『あんなの』ってユアン、上位一級犯罪者で知り合いでもいるの?」


「えっ!? いや、そういう訳じゃねーけど」


「……」


 不審な視線を向けてくるキャロルに、ユアンは思わず視線を反らした。すると彼女は一回溜め息を付いて、


「ま、今はそんなのどうでもいいか。それじゃ次はなに聞きたい?」


「……じゃあ、お前が追われている理由でも聞こうかな」


「わかった。でもこれはあんまり詳しくは言えないよ?」


「分かってるって」


「ならいいけど。それじゃかなり簡単に言うけど、わたしね、その組織の秘密を知ってしまったの」


「秘密?」


 ユアンが聞き返すと、キャロルは『うん』と一回頷く。


「正確には組織の『計画』だけどね。でもこれ以上は言えないよ。これ以上知ったら本当に取り返しの付かない事になるから」


「一番大事なところが聞けないのかー」


「貴方がわたしを守るために、ずっと一緒にいてくれるって言うなら教えてあげる」


「んー、でもここまで聞いたんだからもう、いっその事全部聞いちゃおうかなーって思えなくもないんだけど」


 ユアンは視線を上げてぼんやりと言った。だがキャロルは、そんな彼の言葉に、


「本当にもうダメ。今ならまだ引き返す事ができる。わたしと別れても貴方までは狙われない」


 とても真剣な表情で言い返した。それを横目で見たユアンは、


「そっか。それじゃなんでお前は組織の『計画』ってのを知っちまったんだ?」


「それは……」


 そこで彼女は言葉を詰まらせた。まるで一番聞いてほしくない事を聞かれたかのように。

 でも、


「話さなきゃいけないよね。これは」


 それは、ユアンに言った言葉ではなかった。

 まるで自分自身に言い聞かせているかのように、自分自身に暗示を掛けるように言った言葉だった。


「少し、わたしの家族の話をするね」


 そう前置きした少女は再び深呼吸をし、意を決して話し出す。


「わたしの家族はわたし以外、父も母も兄も全員『魔術師』ランクの術者だった。特に母は術式の改造が得意で、術者試験を受ければ絶対に『魔道師』ランクに昇格できる実力を持ってたの」


 術師階級と言うものがある。下から、


 見習い術師 → 魔法使い → 魔法師 → 魔術師 → 魔導師・騎士 → 魔導仙人


 と言った具合だ。

 魔術師は自分に合った術式を見つけた、言わばプロの術師だ。魔導師はその上で、一般的には術を他の者に教える事の出来る術師を指す。


「父も兄も母と一緒でかなりの実力者だった。でもね、ある日突然、わたしの兄が消えたの」


「兄貴が消えた?」


 ユアンが聞き返すとキャロルは続けて、


術師教育学校スキルスクールの帰りに、突然連絡が取れなくなったの。母たちは必死に兄を探してた。でも手がかり一つ掴めなかった。誘拐されたのか、それとも自分からいなくなったのか。

 兄はね、はっきり言って何を考えているか全く分からない人だった。術師としての実力はあったらしいんだけど、何か難しい事ばかり言ってて、正直わたしは怖かった。よく母たちと口喧嘩してたのも覚えてる」


「なんか、兄の話をしてるにしては、ちょっと他人行儀すぎないか?」


「しょうがないじゃん。わたし、兄とはあんまりしゃべった事ないんだもん。いっつもどこかに出かけてて、帰ってきても家ではいつも部屋に閉じこもってるし。それに、あんな人、……兄だなんて思ってないし」


「なんでだよ? 自分のアニキだろ?」


 そこで、キャロルの雰囲気が一瞬、暗くなった。


「なんで? そんなの決まってるじゃん。わたしの兄は──」


 そして暗い雰囲気は、殺気に似たものに変わって、



「──父と母を殺したから」



「……っ」


 その言葉に、ユアンは絶句した。

 彼女の声は少し荒々しかった。今までに聞いた事のない、憎しみを抱いている声。

 彼女には、明らかに似合わない感情。


「それはね、ある日突然だったの」


 そして少女は語り出す。暗い、暗い、過去の記憶を……。


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