3 気まずさ
現在時刻十二時三〇分。
大勢の客で賑わう、とある飲食店の一席で、
「……」
ユアンのテンションは地の底まで落ちていた。自分の昼食がご飯と味噌汁だけなのに、キャロルはグラタンやらスパゲッティやらととても豪華だから、と言う訳ではない。
彼のテンションが下がっている理由。
それは、
空気が死んでいたからだ。
周りの客は楽しく雑談をしながら食事しているのに対し、この二人はその間逆な状態だった。
普通、女の子(三・四歳ほど年下だが)との二人きりの食事と言うのは、多少ドキドキしながらも何だかんだ楽しいはずだ。でも、彼女との昼食は苦痛でしかなかった。
まあ、ついさっき裸を見られた相手と気軽に会話しろと言う方が、無理があるかもしれないが。
「……なあキャロル」
ユアンは沈黙に耐えかねて、食べるのを一旦止めて思わず話し掛けていた。だが彼女は、
「今ごはん食べてるから話し掛けないで」
相変わらずの素っ気ない態度。キャロルは視線も向けず、食事のペースも一定なまま、冷たい声を放つだけ。
「いや、だからあれは単なる事故で、決してやましい事は何も考えてなかったからっ!」
「そんなの信じられないもん」
「何で信じられないの? どこから見ても事故じゃん。そして俺は健全な青少年じゃん」
「どこが? どこから見ても腐った覗き魔じゃん。あんなケダモノみたいな目でわたしの裸を見つめてさ」
そんな彼女の言葉を耳にしたのか、
ゾクリ、と周りにいる他の客達から痛い視線を向けられる。そんな視線に急かされて、
「違う! いや違わないかもしれないけど違うんだ! あれはただの好奇心で──」
「好奇心!? 好奇心で覗くなんて余計許せない。……初めてだったのに」
「……え?」
「まさかあんな形でなくしちゃうなんて」
「ええ!?」
「もうお嫁にいけないよっ!」
「えええええ!?」
女の子が言うと破壊力抜群な言葉の猛攻に遭い、ユアンは焦りまくっている。同時に周りからの視線が痛すぎる。視線だけで殺されそうだ。
風呂場での一件、ユアンはキャロルが出た後に一応風呂には入ったものの、更衣室の出入り口ですれ違った彼女のゴミクズでも見るような瞳が眼球に焼きついていて、恐怖のあまりゆっくりと浸かれなかった。
その後、風呂から出たユアンは部屋で待っていたキャロルと一緒に、町の中では大きい方の飲食店で昼食を取る事にした。もちろんその際の移動では彼女は数メートル、ユアンと距離をあけて歩いていた。
とまあこれが今までの経緯。
そして現在に至る訳だが。
(……はぁ)
ユアンは頭を下げて、心の中で溜め息を付いた。
正直、部屋で待っていてくれていたのは嬉しかった。でも、
(完全に嫌われちゃったかな)
それ以上は喜べない。出来事的に男としては喜べたのかも知れないが、友達(?)としては全く喜べない。
彼はよく女の子に嫌われる。
理由は簡単で、いつもなぜか女の子にとても失礼な事をしてしまうから。
さっきみたいに裸を見てしまったり、ぶつかった拍子に胸やらお尻やらを触ってしまったり、水を被せて服を透かしてしまったり、などなど。ベタな事ばかりだが、それらは全て女の子に嫌われる行為だ。
(ほんと、何でいつも俺はこうなんかな)
望んでいないのに、気が付いたらそんな事ばかりだ。他人(主に男共)からすれば羨ましい事この上ないだろうが、ユアンにとってはいい迷惑な『体質』だった。
ハッピー体質。
それがユアンの体質の名。名付けたのは彼の師匠だった。ついでに言うと彼の体質の被害を最も受けたのは彼の師匠だったりする。
(覗いて殺されかけるのは嫌だけど、急に態度が冷たくなるのはもっと嫌だな……)
すると、前の方から唐突に深いため息が聞こえた。
「わたしは貴方を勘違いしてたみたい」
ユアンが頭を上げて前を見ると、キャロルの透き通ったブラウンの瞳と目が合った。
「最初はクールで頼りがいがありそうで、ちょっとカッコいいなって思ってたんだけど、まさか覗きなんてする変態さんだったなんて」
「だからあれは誤解だって。本当にただの事故なんだって」
若干、涙声になりながらキャロルに懇願するユアン。
「事故、ね。……まあ、そうなんだろうけど」
「信じてくれるのか?」
「一応、貴方には命を助けてもらった恩もあるし、信じてあげないこともないけど。でも、そんな言い訳の前に何かすることが──」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「なっ、別に土下座までしなくていいよ。地面におでこ擦り付けなくてもいいからっ」
止めるキャロルを無視して、ユアンは全霊を込めた土下座をする。
そしてこの後、彼女に自分の数少ない昼食をあげたりして、彼はどうにか許してもらった。
急に信じてくれた事を不思議には思ったがあまり深くは考えなかった。
結果良ければ全て良し。
確かにその通りだな、と思うユアンだった。