1 ゴーレム
そこは、とある荒野の遺跡群。
太古の昔に栄えた都には、ギリシア建築に似た壁・柱・石段などが広範囲に並んでいる。昼間なら神秘的に思える場所だろうが、生憎と今は深夜。雲が多く月明かりも届きづらい。
夜闇に沈む廃墟は不気味な空気を漂わせていたが、
「うぎゃァああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
そんな雰囲気をぶち壊す絶叫が一つ。
情けない声を上げながら荒々しく走り回っているのは、黒髪黒目の少年。
「なんでこっちに来るんだーっ!」
目尻に涙を浮かべながら全力疾走している少年の名前は、ユアン=バロウズ。旅人だ。
何故、真夜中の廃墟を全力で走っているのか。
理由は単純。
追われているからだ。
全長五メートルを越す、岩で創られたゴーレムに。
それの外観は、周りにある遺跡の残骸を固めて無理やり肢体の形にしたようなものだった。頭は無く、右腕が左腕の三倍は太くて長い。見るからに左右のバランスが悪いが、フラつく事なく真っ直ぐ走っている姿は、あまりに不自然で現実離れしていた。
(どうしてこいつは俺を追いかけてくるんだーっ!)
そう心の中で叫んだユアンだが、全く心当たりが無い、わけではなかった。
(やっぱりあれか、おしっこかけちゃったのがいけなかったのか?)
最初は突然の尿意から起きた、ただの好奇心だった。
荒野にぽつんと存在する遺跡群。その周囲には何もなく、人の気配もない。静寂に包まれた、どこか神聖さを感じる夜。
だからだろうか。『どうせなら高い所でしたいなー』と思ってしまった。
そして見つけたのが、頭のない巨大な石像。
その石像はその場で堂々と立っていたのではなく、何故か膝立ちだった。それでも高さは相当なものだったので、彼は迷わず石像に登っていきその上で豪快に放尿した。
壮大な景色。しなやかな風。
もの凄く清々しかった。
理性と言う楔から解き放たれた気分だった。
そんな幸せは、しかし長くは続かなかった。
突如、足元が揺れる。
石像が立ち上がったものによる揺れだと理解した時には、既に手遅れ。
神聖な場所をその場の好奇心で汚した少年に神の鉄鎚を下すべく、『ゴーレム』は始動した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんなバカで哀れでヘンタイな少年を、遠くから眺めている者がいた。
十四・五歳ぐらいの娘だ。
背丈は同年代の女の子よりは少々低め。薄茶色のブレザーに、赤と黒のチェックが入ったプリーツスカートを履いている。
ピンク色の短髪の上には、魔女が被っていそうなつばの広い三角帽子に、濃い紫色のローブ。
いたずら好きそうな顔立ちをしている可愛らしいその娘は、遺跡にある高さ五メートル程の柱の上に腰を掛けていた。
そして彼女は優しい音色で小さく笑う。
「あんなアホな事する人、初めてみた」
主人公は露出狂のヘンタイですね。