14 第二ラウンド
また敵目線です。
風を切る音と男のもがき苦しむ声が響く。
「バップ!」
叫んだのはデリックと言う眼鏡を掛けた男。
(くそっ、バップの野郎、あっさりやられやがって)
デリックは地面にしゃがみこんでいるユアンを背中越しに睨み付け、また睨み付けられている。
(しかしこいつもえぐい事をするな。一思いに殺してしまえばいいものを)
ユアンに顔面を引き裂かれたバップと言う大男は、重傷を負ってはいるもののまだ死んではいなかった。それを甘さと言う者もいれば生き地獄を味合わせている惨い奴と思う者もいる。デリックは明らかに後者だ。彼なら迷わず敵にトドメを刺すだろう。
数秒交差する殺気の篭った鋭い視線。
そしてデリックは無言のまま左手で左側にあるショルダーから、新たな回転式拳銃を取り出し、振り返ってユアンにその二つの銃口を突きつける。
そのわずかな時間に、ユアンも左掌にドーナツ状に回転する空気の手裏剣を作り出し、地面に手はつかないものの、身を低くしてクラウチングスタートに似た体勢を取る。
両者の距離は一〇メートル強。十五歳ぐらいの少年なら三歩か四歩ぐらいでゼロにできる。だが二人とも飛び道具の使い手だ。一〇メートルなんて距離は距離の内に入らない。
短い沈黙のあと、先に動いたのはユアンだった。
再び爆発的な勢いで突っこんで行くユアンに対し、デリックはただ銃の引き金を引くだけ。
しかし、
デリックの拳銃から銃弾が放たれる事はなかった。それより先に、ユアンの手裏剣が彼の右肩を切り裂いたからだ。
「──なッ!」
鮮血が空気の手裏剣の軌道を反って肩から飛び出す。
(……ばっかな、いったい……いつの間にっ……!)
「そういや言ってなかったが」
ユアンの冷めた声がデリックの耳に入ってくる。彼の左手には未だに透明な手裏剣は回っている。
「俺のこの武器は──」
だが、右手には何もなかった。
「別に腕を振るわなくても飛ぶんだよ」
デリックはバランスを崩し後ろに倒れかけるが、ギリギリのところで踏ん張ると体勢を立て直すために後ろに下がる。
(こいつ、思った以上に動きが速い。武器が透明で見難い事もあるだろうが、それにしても予想以上にやる相手だと言う事には変わりないか)
自分の呼吸が荒い事にデリックは歯噛みする。そしてユアンの左手に視線を向けた。
と、この時、彼はある違和感を持った。
(あいつの左手にある空気のカッター。なんか厚くないか? 威力を強めたのか。それとも他に何か意味があるのか)
だが深く考えなかった。
二人の距離は五メートル強。不意打ちに近い攻撃を受けたデリックは左手の銃だけ構えなおし弾丸を放ったのと同時に、走ってきているユアンも左手の透明な手裏剣を、腕を横に振って放った。
鉛の弾丸と空気の手裏剣が交差する。
(よし、いける! 俺が放った弾丸は命中コースだ。対してあいつの放った攻撃は体を軽く逸らせば簡単に回避できる)
デリックの予想は当たった。弾丸はユアンの右肩を貫通し、そのまま彼の体を後ろに倒れさせる。そして相手が放った空気の手裏剣は、デリックが右肩を後ろに引く事で軽々とかわした。
この勢いでさらに弾丸をユアンの体に打ち込めば、確実に形勢が逆転できる。
デリックの勝利は確定いた。
だが、現実は違った。
なぜなら彼の体からは大量の赤い液体が噴出していたから。
「──ッ!?」
一瞬、彼は自分の体に何が起こったのか分からなかった。相手の攻撃は完璧に見切っていたはずだった。かわしたはずだった。しかし彼は今、倒れかけている。汚い地面に引き寄せられるように。
「……」
デリックは無言だった。無言のまま地面に倒れていった。
(……くそったれがッ)
背中に鈍い衝撃が走ったがそれはすぐに消え、今はもう何も感じられない。体の感覚が麻痺してしまっている事と、思考に集中しているから。
(いったい、どういう事だ? 俺はいつ攻撃を受けた)
あいての攻撃は今までと変わっていなかったはず。
いや、一つ変わっていたとこがある。
(カッターの厚さ……、まさか!)
そうか、とデリックはここで納得した。
(攻撃の二枚重ね。手裏剣の下に予備の手裏剣を重ねて攻撃範囲を広めたな。ちくしょう、姑息なまねをしてくれるッ)
ユアンの放った手裏剣がデリックの横を通り過ぎる直前。手裏剣が二つに分離した。片方は予想通り通りすぎ、分離したもう片方は右腹から右胸にかけて真っ直ぐ切り裂いていった。
早いところ、ユアンはデリックの行動を読んでいたのだ。
(結局俺たちは、潰される運命だったと。この町でくたばる定めだったと。……つまりはそう言う事か)
傷の深浅は分からない。最初に受けた傷から血を流し過ぎたせいで意識が朦朧としてきている。視界に映る星空も霞んで見えてきた。
(……ああ。やっぱりあんな『組織』なんかと、関わるんじゃ、なかった──)
デリックの意識は途絶えた。
同時に二回目の勝敗も決した。