13 第一ラウンド
敵目線です。主人公目線ではないです。気をつけてください。
「邪魔をするなぁあああああああ!!」
「……ふん」
絶叫しながら突っこんで来る少年に対し、大男は鼻で嘲るように笑うだけ。
「……そんなにあの子どもが大切だったか」
大男に、余裕の表情は消えない。
(この様子だともう何も考えていないだろう。ただ怒りのままに突っ込んで来るだけ)
なら、殺すのは簡単だ。
大男は知っている。経験上、怒り丸出しで突っこんでくる奴は、大抵何も考えていない事を。力任せに押してくるだけと言う事を。
(でも、僕に力で勝てる奴はいない)
視線と視線が一度だけ交差し、そして振り上げられたハンマーは少年の頭上に振り下ろされた。
ズドンッ! と地震のような振動が地面を揺らす。
一〇〇キロの重量と大男の腕力、それと(おそらく)破壊の術式も合わさった一撃必殺の大鎚。棒の先端に取り付けられた円柱状の大きな金属塊は石畳の地面に半分以上めり込んでいた。それだけでどれだけの力が加わったのか想像できる。地面に突き刺さったハンマーを中心に、四方八方石畳が砕けていく。
その下に人間がいたなら、その人間は形も残っていないだろう。
そして一瞬前まで、そこには一人の少年がいた。
だが、そのハンマーの下には少年の体の残骸は何処にも存在しなかった。直撃していれば血液が辺りに飛び散っているはずなのに、その一滴すらも飛んでいない。
「……なに?」
大男は周りを見渡し、そして気付いた。少年が地面に食い込んだハンマーの前、ほんの数十センチのところで跳んでいる事に。つまり、ハンマーが頭上に振り下ろされる直前に、彼は足を止めて後ろに下がり、地面に伝わる振動を回避するために跳んだのだ。
(バカなッ!)
それは、怒りで冷静さを失った人間にはとてもできない行動だった。
大男は考える。なぜ、冷静さを失ったはずの相手があんな計算された行動を取れたのか。
(この男、もしかして……)
そして、ある事を思いついた。
(僕を……、ハメたのかッ?!)
もし、最初の絶叫そのものが演技だったら? もし、少年が守るべき標的が隠れているテーブルを撃たれ、怒りを覚え絶叫し、怒りのままに突っ込んで行くように見せかけていたとしたら……。
(……あり得ない。そんな、馬鹿な事がッ)
だが、そんな根も葉もない仮説を確信にする事が起こった。
ニヤリ、と。
大男の目の前にいる少年が、笑っていた。
まるで、うまくいった、と語っているかのように。
「──ッ!」
少年はそのままハンマーの上に飛び乗ると、大男の顔面目掛けて右掌に渦巻く空気の凶器で切りかかる。それを回避しようと大男は長いグリップから手を放し、後ろに下がろうとした。しかし大男にはパワーはあってもスピードはない。対してユアンは跳んでいるにも関わらず、風を使いさらに迫るスピードを上げて、
斬ッ!! と大男の顔面を横一線に切り裂いた。
赤い鮮血が横に散った。
「がッがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫しながら大男の体は後ろに倒れ、その振動が地面を揺らす。ユアンはそのまま倒れている男の頭のすぐ上に着地する。大男は両手で顔面を覆いながら地面の上をのた打ち回っていた。手の隙間から今も赤い液体が溢れ出している。
最初の勝負は結した。
少年は殺意の篭った視線を眼鏡の男に向けて、奥歯を砕く勢いで噛み締める。
そして第二ラウンドが開始した。