10 裏話
「わたしその話なら知ってるよ」
キャロルは唐突にそう言った。
「たしかそれって『大戦記』の裏話でしょ?」
「おお、嬢ちゃん物知りだな。その通りだよ。この話は世界的にも有名な『大戦記』の裏話。いや、その『大戦記』ができる前からある話だから前話になるのか?」
『大戦記』とは約四〇〇年前と約一〇〇年前に起こった二つの大きな戦争の物語だ。この話は全て実話らしく、約一〇〇年前に起こった戦争の戦場には、その時の傷跡がまだ生々しく残っているらしい。
そんな事を思い出しながらユアンは筋肉質な従業員に金を渡たすと、
「それでなんでその話が、この町の住人が外出しない理由になるんだ?」
「それはこれから話すんだよ」
言いながら筋肉質な従業員はユアンから受け取った金を引き出しにしまって、
「『魔ジン』になった男は善意を無くし、悪意に染まった。簡単に言うと善人から悪人になっちまったんだよ。それからと言うもの、男は悪の限りを尽くした。人殺しなんて日常茶飯事。盗みや破壊活動と言った『人が嫌がること』を徹底的にやっていったらしい」
「誰も止めなかったのかよ。そいつの暴走」
「止めたかっただろうさ。でも元々化け物みたいに強い奴だったらしくて、力じゃ誰もそいつの暴走を止められなかったって話だ。だが、そんな男にも一つ弱点があった」
「弱点?」
「男は夜にしか動けないんだ。だからこの町の住人は、夜は外を出歩かない。『魔ジン』に殺されちまうからな」
そんなような言い伝えはよく耳にする。夜は人食い狼が出るから子どもを外に出してはいけない、みたいな。この町もそれと同じ。住人は言い伝えを律儀に護っているのだ。
「と言う事は……あれ? もしかしてこの町って『魔ジン』が生まれた町なの?」
「まあそうなるな」
まじかよ、とユアンは呟いた。
『魔ジン』それは悪の象徴。この世の闇を支配する魔王。『魔ジン』が復活する度に必ず大きな戦争が巻き起こると言われている、戦いの火種。全世界の敵。そして世界最強の術者。
この町は意外にとんでもない町なんじゃ……、とユアンは心の中で思っていると、服の袖を隣に座っているキャロルに引っ張られた。
「ねぇ、もう帰ろうよ。わたし今日なんだか疲れちゃってはやく寝たいんだー」
ふわぁー、と彼女は大きな欠伸をしながら言う。さっきまで筋肉質な従業員の話に夢中で食いついていたのに、彼女はいつの間にか興味をなくしていた。
そう言うところは子どもっぽいなー、と彼は思いながら、
「そうだな。おっさん、色々話聞かせてくれてありがと」
「おう。また何か聞きたいことがあったらここに来な」
ああ、と軽く返事をした後、ユアンとキャロルは椅子から降りて店の出口まで歩いていく。
(『魔ジン』ねえ。まあ俺には一生縁のない話だけどな)
そう思いながら店の扉に手を掛けた、
そのとき──。