8 食事
今夜は星空がきれいだ。
片側三車線の道路並の幅を持つ町の中央通には、道を照らす街灯などはない。だが星や月、建物の中から漏れ出す光のおかげで割と明るかったりする。
やはり外出している町民はいなかった。建物の中から人の声は聞こえるが、誰も外を歩いていないせいで、どこか寂しさを感じる。
「やっぱり昼間に比べたら夜は冷えるね。もうちょっと厚着してこればよかったかも」
「別にすぐ店に入るんだし、その必要はないだろ」
「もー男は全然わかってない。冷えは女の敵なんだからね」
「なんだよそれ。どっかの方便か?」
「女の常識だよ」
辺りが静かなせいで二人の声は結構響いていた。
その時、地面から爆弾でも爆発したような振動が足に伝わってきた。
「?」
だがそれはすぐに収まり、また夜の中央通は静寂に支配されていく。微かに眉をひそめるユアンだったが、
「なんかやっぱりおかしいよ、この町。まだ寝るには早いのに、みんな家の中に閉じこもっちゃって」
キャロルがどこか不安そうな声でそんな事を言うから、あまり深くは考えなかった。
確かに彼女の言うとおり、まだ寝入るには早すぎる時間帯だ。日が落ちてからまだ一時間ちょっとしか経っていないのだから。
「いろいろあるんだろ。町の事情ってのがさ」
星空を見上げながらユアンはつまらなそうに答える。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二人は並んで静かな夜の町を歩いていく。
そして夕方、町に入ってきた時とは反対側の町の出入り口付近まで行ったところで、一つの喫茶店を見つける。
新築なのかそこは他の建物よりも外装がきれいだった。
店の前には『Coffee Shop』と書かれた小さな看板が置いてある。その喫茶店は、カーテンの隙間から他の建物よりも強い光が漏れていて、複数の人の声が聞こえきているのを考えると、どうやら数人客がいるらしい。
「この店は、他とは違って賑やかそうだな」
言ってユアン達は店の前までやってくる。
カランカラン、と扉を開けたら空っぽな音が聞こえた。一瞬店の中にいる店員や客が話を止めて扉に視線を向けるが、すぐにまた喋りだす。
店内は縦長で左側に長テーブルと一人用の椅子がずらりと並んでいて、その前が注文受付用のカウンターらしい。右側には四人から六人掛けのボックス席が五つほど並んでいる。
中にいる客は皆ゴツイ体つきの男ばかりで、一人でいる者からボックス席に四、五人固まっている者達もいる。煙草を吸っている人がいる辺り、どうやら禁煙ではないようだ。白い煙が店の中を漂っていて、未成年者にはあまりよろしくない環境だった。それに客は全員酒を飲んでいるようで喫茶店と言うよりは酒屋かバーに近い。
二人はかなり浮いていた。
だからと言ってまた他の店を探すのも面倒なので、ユアンはキャロルを先導しながらカウンターまで行くと、二人同時に一人用の椅子に腰をかける。するとカウンターに立っていた三〇代後半の筋肉質な男が、こちらに近づいてきて話し掛けてきた。おそらく店の従業員だろう。
「いらっしゃい。注文は何にする?」
「えーっと、注文表みたいなのってありますか? あったらそれ貸してください。その中から選びますんで」
「おう。だったらちょっと待ってな」
そう言うと筋肉質な従業員はカウンターの引き出しから、A4サイズの薄っぺらな本を取り出し長テーブルの上に置く。ユアンはそれを受け取るとキャロルとの間に本を開けて置いて、注文する品を選び出す。
「メニューは普通の喫茶店と変わんないなー。お前注文決まったか?」
そんな事を言いながらユアンはキャロルの方に視線を向ける。すると彼女は、
「ぜんぶ」
と、一言。
思わずユアンはため息をついた。
「お前なぁ、全部って金はあんのかよ。つーかそれ以前に食いきれないだろ普通に考えて」
「わたしのお腹をふつうだと思ってる貴方、近い将来きっと痛い目みるよ」
「何で俺が痛い目みるんだよ」
「さー? なんでだろうね」
「……」
思わせぶりな事を言うキャロルに対し、ユアンは怪訝な表情になる。
「なら貴方はなにを頼むの?」
「俺はまあカレーかな。最近食いたいなーって思ってたし。それとマカロニサラダとかもいいな」
「そっか、じゃあわたしもカルボナーラでいいや。あとステーキも」
「……わたしもってお前、何一つ俺と被ってねーじゃねーか」
そんなようなやり取りの末、二人はそれぞれ筋肉質な従業員に注文する。
それから五分間、テーブルの隅に置いてあったオセロで雑談をしながら遊んでいると、注文した品が一斉に長テーブルの上に並べられた。一品一品の量は普通と比べてやや多い、一・五人前ぐらいあるのだが今の彼らには関係ない。
実はユアンは一日前にキャロルから干し肉と干し魚をそれぞれ一切れずつ貰って以来、何も口にしていない。『二切れからは奴隷にレベルアップさせるから』と笑顔で言われたからだ。キャロルはキャロルで見た目に似合わず大食いらしく、自分より大きい豚の丸焼きぐらいなら三分で完食しまうらしい。
二人は一緒に『いただきます』と声を出して料理を一口、二口と食べていく。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして食べ始めてから五分ちょっと経った時には、二人は既に全ての料理を食べ終えていた。
「いやー久しぶりに腹いっぱい食ったなー」
「私はまだちょっと物足りないかも」
「お前あれだけ食ってまだ足りないのかよ」
彼女はこの五分ちょっとの間でカルボナーラは三回、ステーキは二回ほどおかわりしていた。しかもそれだけではなく、マヨネーズと塩こしょうで味付けされたジャガイモのサラダと、白米を三回も注文していた。
一体その小さな体のどこにそんなに入るんだ? と疑問を持たずにはいられないユアンは、
「注文するのはいいけど、お前金はあるのか?」
今まで食べたものだけでも四〇〇〇ユード(四〇〇〇円と同じ)は越しているだろう。
旅人は大概お金をあまり持っていない。
ユアンにとっても今夜は結構痛い出費だ。それが四〇〇〇ユード(くどいようだが四〇〇〇円と同じ)まで来ると痛いじゃ済まない。旅に必要な物資が買えなくなってしまうからだ。
そんな事にも関わらずキャロルは無邪気な表情で、
「なに言っているの? お金は貴方が全部払うんだよ?」
「……はい?」
聞き間違いだと思った。そう思ったからユアンは聞き返したのだ。しかし、
「だから貴方がわたしの分まで払うんだよ。貴方はわたしの家来なんだから、このぐらい当たり前でしょ? それにわたしは貴方の『命』の恩人でもあるんだよ?」
「……」
聞き間違えではなかった。彼女は全てお前が払えと言ってきている。
「前々から思ってたけどお前……、Sだろ」
「? Sってなに?」
こいつ素でSなのかよ将来本当に家来作って女王様とか言わせそう、と思ったが言葉にはださない。怒らせそうだから。
それに彼女が自分の命の恩人だと言うのは事実だし、期間限定だとしても今は彼女の家来だと言う事も前と同じで事実だ。彼はあまりにも大きな借りを彼女に作ってしまった。重すぎるぞ命の恩人。
「わかった。お前の飯代は俺が払うから、お願いだからこれ以上食わないでくれ」
ユアンは思わず頼みこんだ。これ以上何かを注文されたら財布の中が氷河期に突入してしまう。そんな事になったらもう旅なんてできなくなってしまう。だからユアンは懇願した。
「むぅー」
そんな彼の言葉に、キャロルは頬を膨らませて不機嫌そうな表情になりながらも、一回ため息をつくと、
「しょうがないなー。今夜はこのぐらいにしといてあげるよ」
今夜は、と言う単語が気になったが、今は深く詮索しないでおこうと思った。
代金を払うためポケットから財布を取り出したユアンは、お金を筋肉質な従業員に渡しながらある事を尋ねる。
「なあ、なんでこの町は夜誰も外を歩いていないんだ?」
それは町に入ってから抱いていた疑問だった。キャロルもずっとその事が気になっていたようだから、ここらでその理由を聞いておこうと思ったのだ。
まだ寝入るには早すぎる時間帯。
日が落ちてから一時間ちょっとしか経っていないのにも関わらず、町の住人は誰一人外を歩いていない。それにはおそらく理由がある。どうしても知らなければならないと言う訳ではない。しかし、何となく知りたいと思った。
キャロルはユアンの言葉に興味を持ったのか、視線を彼に向けている。質問された筋肉質な従業員は『ああ、それはな』と最初に言って、
「この町にある古い一つの言い伝えが原因なんだよ」
「言い伝え?」
「そいつを話すと少しばかり長くなる。それでもいいか?」
ユアンは首を縦に振った。どうせ部屋に戻っても後は寝るだけ。暇つぶしにはちょうどいいと思ったからだ。
それじゃあ話すぞ、と筋肉質な従業員は最初に区切って、
「それは今から五〇〇年以上も前の話だ──」
ちなみにキャロルは食べても太らない体質です。