6 寝る所
「……まじかよ」
ユアン=バロウズの勘は妙なところで良く当たる。
彼は目の前の光景に絶句していた。彼の視線の先にあるのはあるホテルの一室。
そう。
『一人用』の普通の部屋だ。
「やっぱり、予想どおり狭い部屋だね」
そんな風に言ってくるキャロルを置いて、ユアンは思考をフル回転させる。
(どういうつもりだあのじじい!)
借りた部屋は一人用。本当に寝るだけの部屋らしく風呂やトイレなどは一切ない。あるのは一人用のベッドと小さな本棚、両開きの窓に彼より少し高いクローゼット、それと部屋の隅にある洗面台だけだった。
次いでその部屋を借りたのは二人組みの客。十五・六歳の少年と十二・三歳の少女。
このホテルはどうやら普通のホテルのようだ。しかし旅の途中でたまたま出会った少女と、(自分で言うのもなんだが)どこの馬の骨とも分からない男が、同じ部屋で寝泊りするのはさすがにヤバイだろ、とユアンの健全な心がそう訴えている。
「……なあ、ちょっと聞いていいか?」
「なに?」
「俺たちここに泊まるんだよな」
「ん? ここに泊まるからここにいるんでしょ? なにいきなり訳の分からないこと言い出してるの? 貴方、やっぱり病気なの?」
「いや病気じゃないけどさ。お前、この状況で何か思わないわけ?」
「なにかなんて曖昧な言い方じゃ分かんないだけど」
言い難い事だからわざと曖昧にしてんだよそんぐらい察しろ、とユアンが心の中で毒づいていると、不意にキャロルが、あっと何かを思いついたような表情をする。
「もしかして貴方、今夜どこで寝ようか迷ってるの?」
何かひっかかる言い方だったが意味的には間違っていなかったので、ユアンは軽く頷いて、
「ベッドは一つしかないし、勝手に他の部屋で寝ようにも鍵がないから入れないし。さすがに一緒に寝るってのは色々まずいから、つまり俺が言いたいのは……」
「どっちかが床で寝なきゃいけないってことでしょ?」
二人はしばらく黙り込む。ユアンは部屋の床を眺めていた。毎日掃除はしてあるようだが、もともと古いホテルらしく色々な染みやら汚れやらがこべり付いている。ここは男であるユアンが率先して床を選ぶべきなのだろうが、やはりそれはできれば遠慮したい。誰だって硬い地面よりふわふわなベッドの方が良いに決まっている。
「こーなったら下のじいさんに頼んで部屋を代えてもらうしかなさそうだな」
ユアンの意見に同意するように、キャロルは一回だけコクリと頷く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
先に結論を言っておこう。
結局、二人用の部屋に代えてもらう事はできなかった。
別に断られた訳ではない。ホテルのオーナーであるおじいさんが何処にもいなかったのだ。だがそんな事では諦められなかった二人は、受付の引き出しからこっそり鍵を入れ替えようとも考えたが、どの引き出しも鍵が掛かっていて開けられず、ぶっ壊してやろうかと思ったユアンだったが『さすがにそれはダメだよ』とキャロルに注意されたため、仕方なく部屋に戻ることにした。
「……」
「……」
部屋の壁の片隅に掛けられている、丸い時計のチクタク音が響き渡っている。
なぜか二人は沈黙していた。両思いの男女が気まずさのあまり喋れないような空気だ。
あの後、これと言って何かが起こった訳でもない。部屋に荷物を置いてそのまま二人とも背中を向け、ベッドを挟むように腰を掛けた。ただそれだけだった。
そんな沈黙が数秒続くと、ついに耐え切れなくなったユアンは、
「そっそろそろ夕飯でも食いに行くか?」
なぜか緊張しながら尋ねると、キャロルは『うん』と返事をした。