ハムスターは使い魔、森ではいろいろ食べた
リリィ5話目
何とか街へと戻ってきたリリィは、一週間の森での遭難生活で擦り切れた体と心を癒やすため、自宅で温かいシャワーを浴びて汚れを洗い流した。
目玉焼きと森で摘んだ食べられる野草で食事をとり、ハムスターに改めて事情を聞くことにした。
「自分の名前とか、どこから来たかとか、本当に何も覚えてないの?」
「うん。気づいたらあの森にいて、あの白いモフモフ(ふわもふ)に『君は一番星のハムになるんだよ』って唆されて、毎日回し車を走らされて、いらっしゃいませーー!って接客の訓練をさせられてた。それ以前の記憶はないんだ……」
ハムスターは小さな頭を抱えて悲しそうにうつむく。
リリィは錬金術師ルカの工房へ相談に向かうことにした。
工房のドアを叩き、相談すると、ルカは鑑定用の片眼鏡でハムスターをじろじろと観察し始めた。
「ふむ、やっぱり。こいつはただのハムスターじゃない。高度な魔術回路が組み込まれた『使い魔』だ」
「使い魔?」
「そう。人と言葉を交わせる魔力持ちの獣なんて、野生で存在するはずがない。術士と契約した個体だよ。それに、頭部の魔力線を調べたが、かなり強力な『記憶洗浄』の魔術が施されている。記憶を消され、あの森に放置されていたんだろう。それを『ふわもふ』に見つかってもてあそばれた、ってところだね」
「記憶を消されたうえに塩漬け肉を目指せなんて、ひどい……」
絶句するリリィに、ルカはさらに眉をひそめて付け加えた。
「最近、『使い魔の誘拐事件』が多発しているらしいんだ。闇市場で高く売れるからね。もしかしたら、こいつはその事件の被害者かもしれない。僕のほうで調べておこう」
ハムスターはルカのもとで暮らすことになった。
リリィは、ふと思い出してリュックの底から一週間前に苦労して手に入れた成果物を取り出した。
「あ、そうだった! ルカ、あの『ふわもふ』の抜け毛も取ってきたの、 これ金貨10枚よね!」
差し出された袋を受け取り、ルカは光にかざした。匂いを嗅ぎ、指で毛並みを確かめると、彼は肩をすくめた。
「確かに本物の、ふわもふの抜け毛だけどね。採取してから時間が経ちすぎている。鮮度が落ちて魔力が抜けちゃってるよ。これじゃ半額の『金貨5枚』が関の山かな」
「ええぇぇぇーっ!? 」
がっくりと肩を落とすリリィ。しかし、これ以上持ち歩いても鮮度は下がる一方だ。
急いでギルドの納品窓口へ向かうと、ルカの鑑定通り、提示された報酬はきっちり半額の金貨5枚だった。
一週間の苦労を考えると切なくなったが、「命があっただけマシ、まあいいか、金貨5枚でもすごい!」と持ち前の前向きさでリリィは喜んだ。
疲れ果てて家に帰りついたリリィは、ベッドへダイブすると、吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。
お腹からは「すやりん、すやりん」と、平和で可愛らしい寝息が響いていた。
「いや、待って!!お腹から『すやりん』なんて音がするなんて、絶対におかしいよ!」
リリィは、ふたたびルカの工房へ駆け込んだ。
ハムスターが「いらっしゃいませーー」と可愛らしく接客していて、いつもよりにぎわっている。
ルカが魔力聴診器でお腹を調べてみると、原因はすぐに判明した。それは『すやりんスライム』の寝息だった。
そういえば森で、知らず知らずのうちにすやりんスライムみたいなのを食べたかもしれない。半透明なゼリーで、おいしくもまずくもなかった。
「今すぐ取って! お腹の中でスライムが寝てるなんて気味が悪すぎる!」とリリィは必死に頼み込むが、ルカは冷静に首を横に振った。
「ダメだね。こいつは腸壁にぴったりとこびりついているから、無理に剥がそうとすると君の胃や腸まで一緒に傷つく。下手に処置するより、自然に体外へ排出されるのを待ったほうがいい」
「そんな……じゃあ、いつまでなの?」
「早ければ一ヶ月、長いと数十年」
家へ帰り、呆然と気絶するように眠ったリリィのお腹からは、心地よさそうな「すやりん、すやりん」という寝息が響くのだった。




