プロローグ 「無価値の人間」
「剣術G、射撃G、体力G、軍略G、総合評価G・・・ハーハッハハハハ!」
目の前に座るマルザル軍兵長は、高らかに笑った。
それは嘲笑でも、怒りでもない。ただ事実を確認しただけのような乾いた笑いだった。
傷だらけの顔。失った右腕。鍛え抜かれた肉体。
外見だけで分かる。この人は幾度となく死地を超えてきた歴戦の猛者だ。
「・・・す、すみません」
激しく脈打つ心臓。止まらない冷や汗。
この国では満十二歳になると、性別問わず、三年間の軍事訓練に参加しなければならない。
マルザル軍兵長が見ているのは、その三年間の最終成績が記された紙だ。
総合評価Gーーーそれは”兵士として存在価値なし”という意味する最低ランク。
この訓練を通して、俺は嫌というほど思い知らされた。
俺は、兵士に向いていない。
まず、致命的に身体能力が低い。これは努力したところで、どうにもならないことだった。
次に、両親を戦争で失ったせいで、銃や剣といった武器を手に取ることに抵抗があること。
射撃訓練では、手の震えが収まらず、まともに狙いを定めることすらできなかった。
剣術訓練でも、剣を握った瞬間に嫌悪感が込み上げ、過呼吸になり意識を失った。
そして何より致命的な点ーーー俺は、人間を殺すことができない。
こんな不甲斐ない兵士であることを、ただ謝ることしかできなかった。
「なにも謝ることではない。人間だれしも得手不得手があるのだから」
そう言うと、マルザル軍兵長は手に持っていた成績表をクシャクシャに丸め、窓の外へと放り投げた。
まるで、その紙切れが”無能である兵士”を表しているようだった。
「あの・・・マルザル軍兵長。自分は、どの戦線に配属されるのでしょうか・・・?」
「そんなの君も分かりきっているのではないか。無価値である人間は、ゴミ箱に処分されるべきだ」
兵長は淡々と告げる。
「アルティ・コラウス訓練兵。君の配属先はーーー」
心臓が跳ねた。
その一瞬の間が、永遠のように長く感じられる。
「”Z戦線”、今まで生還できた者はいないーーー廃棄場だ」
ーーーーー
帰り道。夕焼け色に染まる街並み。
俺ーーーアルティ・コラウスは生きた心地がしていなかった。
足取りが重く、前を向くことができない。
あの言葉が、頭の中で何度も反芻される。
”Z戦線”。
なんとなく覚悟はしていたつもりだった。
こんな役立たずの兵士、戦争にいてもいなくても変わらない。
だから、俺の配属先はZ戦線になるだろうーーーそう予感はしていた。
それでも。ほんの少しだけ、違う未来を期待していた自分がいた。
どれだけ無様な結果だろうと、自分だけは特別なのではないか、と心のどこかで思っていたのだ。
馬鹿だよな。誰がどう見ても、あの成績なら結果は分かりきっていたはずなのに。
自分を”特別”だと感じているのは人間誰しも一緒だ。
だが、現実はそう甘くはない。
お前は自分を特別だと勘違いしている、と言うような残酷な事実を突きつけてくるのだ。
「はあー・・・もうおしまいか・・・」
夕日に向かって大きなため息をつく。
まだ十五年間しか生きていない。
食べたことない料理、愛する人との生活、見たことのない景色。
一度きりの人生、できるかぎりの事を経験してみたかった。もっと人生を楽しみたかった。
しかし、遅かれ早かれ俺は命を落とすことになる。
Z戦線では、マルザル軍兵長が言っていたようにーーー生還できた者はいない。
つまり、もう死から逃れることはできないのだ。
家に着いた。いつもの癖で「ただいま」と言うが、その言葉に反応してくれる人間はいない。
もう二人ともこの世にいないのに、つい口に出してしまう。
両親を亡くして六年。そして今度は、自分も戦争に出向する番になってしまった。
靴を抜きながら、ふと考える。両親は、あの日どんな気持ちだったのだろう・・・
今の自分みたいに、絶望で胸が押しつぶされてしまいそうだったのか。
いや、両親は俺とは違って強い人だった。
少なくとも、こんな俺よりは前を向けていた。
戦争に赴く前、いつも母さんは言っていた。
「絶対に戻るからね」
その言葉と一緒に、優しく頭を撫でてくれた。あの温もりは、今でもはっきりと覚えている。
あれは本心であり、家族のもとに帰りたいと心の底から願っていたはずだ。
でも、現実は残酷だった。
半年経っても、二人が戻ってくることはなかった。
”戻らない”ということは、もう二人はこの世からいないことだと、子供だった俺でも理解できた。
両親を奪った戦争が、俺は大嫌いだ。
なぜ、同じ人間同士で殺し合いをしなければならない。
なぜ、私利私欲のために無関係の人間を巻き込む。
なぜ、その人にとってかけがえのない存在を奪う。
答えなんて、どこにもない。
仮に答えがあったところで、その言葉に耳を傾けてくれる人間はいないだろう。
ただ、胸の奥に残るのはーーー
どうしようもない憎しみと、どうしようもない虚しさだけだった。
一ヶ月後の早朝。戦争への出発の通達が来るのだった。




