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余命一ヶ月の魔法少女は、夏の青空に「さよなら」の嘘をつく。  作者: 三澄 柊/Misumi Shu
第1章 私たちの「未来」は、大人の燃料じゃない

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第5話 痛みは私の居場所だから

私の大剣が『ノイズ』の黒い胴体を捉える直前、敵の身体が風船のように膨れ上がった。




『キエロ……キエロォォッ!!』




爆発的な拒絶。


 全身の棘が一斉に射出される。


 回避は間に合わない。私は奥歯を噛み締め、衝撃に備えた。




ガギィィィンッ!!




鈍い金属音が響き、私の身体は後方へと弾き飛ばされた。


 けれど、痛みはない。


 目を開けると、私の目の前には、ボロボロになった花弁のシールドと、それを支える紬先輩の背中があった。




「……ぐ、ぅ……ッ!」




紬先輩の膝が震えている。


 シールドの表面には無数の亀裂が走り、そこから光の粒子が血のように溢れ出していた。


 魔法少女のシールドは、術者の精神力メンタルと直結している。盾が傷つくということは、彼女の心そのものが削られているのと同じだ。




「紬先輩! もういい、下がって!」




私が叫ぶが、彼女は退かない。


 それどころか、さらに深く足を踏ん張り、敵の猛攻を一身に受け止めている。




「平気よ、碧ちゃん。これくらい、なんてことない」




彼女が振り返る。


 その表情を見て、私は背筋が凍るような感覚を覚えた。




彼女は、泣きそうなほど嬉しそうに笑っていた。




痛い。苦しい。


 けれど、それ以上に「私は今、みんなを守っている」「必要とされている」という悦びが、彼女の瞳を濡らしている。


 家庭でも学校でも、自分の居場所を見つけられなかった彼女が、唯一「ここにいていい」と許される瞬間。それが、傷だらけになって盾を構えている時なのだ。




「私が守るからだから、碧ちゃんは自由に戦って……」




それは献身という名の、自分自身への呪い。


 見ていられなかった。


 彼女が壊れてしまう前に、終わらせるしかない。




「陽! 道を開けろ!」


「言われなくてもッ!!」




頭上から、快活な声が降ってくる。


 陽だ。


 彼女は駅ビルの壁面を垂直に駆け上がり、重力すら無視して敵の真上へと飛び出していた。




「そらそらそらぁッ!トロいんだよデカブツ!」




真紅の双剣が閃く。


 一閃、二閃、百閃。


 目にも止まらぬ斬撃の嵐が、『ノイズ』の腕を、棘を、再生する端から切り刻んでいく。


 赤い光の軌跡が、黒い怪物を檻のように包囲する。




「今だ相棒! 中身コア丸見えだぞ!」




陽が敵の防御をこじ開け、核を露出させる。


 ほんの一瞬の勝機。




私は紬先輩の背中を飛び越え、地を蹴った。


 大剣を構える腕に、全神経を集中させる。




――燃やせ。


 私の時間を。私の未来を。




脳裏に、ありもしない「未来の記憶」が走馬灯のように過ぎる。


 『大学生になった私が、誰かと手を繋いで映画館に行く記憶』。


 そんな些細で、ありふれた幸せの可能性。


 それがパラパラと焼け焦げ、灰になって消えていく。




胸が張り裂けそうな喪失感。


 けれど、その空白を埋めるように、莫大なエネルギーが大剣に宿る。




「消えろォォォッ!!」




私の絶叫と共に、光を纏った刃が『ノイズ』の核を貫いた。




ズドォォォォォン!!




光の柱が立ち昇る。


 『ノイズ』は断末魔すら上げることなく、瞬時に霧散した。


 空間の歪みが修正され、駅前の風景が元通りに戻っていく。




残ったのは、焦げ付いたアスファルトの匂いと、静寂だけ。




「ふぅ。お疲れっしたー!」




ましろの間の抜けた声が響く。


 彼女はスマホに向かって「今日の配信はここまで! チャンネル登録よろしくね!」と愛想を振りまくと、配信を切った途端に「はぁ、ダル」と毒づいて地面に座り込んだ。




陽が着地し、双剣を消して私に親指を立てる。


 紬先輩は変身を解き、よろめきながらも私に駆け寄ってきた。




「怪我はない、碧ちゃん? 痛いところは?」


「私は大丈夫です。それより先輩こそ」


「私はいいの。みんなが無事なら、それで」




彼女は満足げに微笑む。その腕には、変身解除後も消えない赤いあざが残っていた。




ピロン♪




四人のスマホが同時に鳴る。


 『討伐完了。報酬を送金しました』


 『お疲れ様でした。速やかな撤収を』




事務的な通知。


 私たちは安堵のため息をつく。


 今日も生き延びた。誰も欠けることなく、明日を迎えられる。




本当に?


 私は自分の指先を見つめた。


 震えている。


 さっき燃やした「未来」の分だけ、私の身体は確実に空っぽになっているはずだ。




「さーて! 帰ろうぜ!」




陽が私の背中をバンと叩いた。




「腹減ったー! なんか食って帰ろう。駅前のコンビニでアイス奢ってよ、碧」


「なんで私が」


「いいじゃん、報酬入ったんだろ? リーダーの太っ腹なとこ見せてくれよー」




陽が無邪気に笑う。


 その笑顔を見ていると、さっき感じた恐怖や喪失感が、少しだけ薄れていく気がした。




「分かったよ。行こうか」




私は大剣を収め、歩き出す。


 夕焼けが街を赤く染めている。


 長く伸びた四人の影が、まるで墓標のようにアスファルトに焼き付いていた。




(続く)



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