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余命一ヶ月の魔法少女は、夏の青空に「さよなら」の嘘をつく。  作者: 三澄 柊/Misumi Shu
第1章 私たちの「未来」は、大人の燃料じゃない

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第2話 不機嫌なパーカーと、砂糖菓子の嘘

入室早々、不機嫌を隠そうともしないその少女は、一ノ瀬 ましろ。

 中学一年生にして、私たちチームの火力担当だ。


ダボダボの黒いオーバーサイズパーカーを被り、萌え袖になった指先で、器用にスマートフォンの画面をタップしている。

 その背丈は、パーカーの裾から少しだけ覗く膝丈のスカートと相まって、まるで小学生のように幼く見えた。


「相変わらず陰気な部屋。カビ臭いし、Wi-Fi飛んでないし。ところで、バンドって何の話?」


ましろは部屋の隅にあるパイプ椅子にドカッと座り込むと、ジト目で私たちを睨みつけた。


「おお、ましろ! よくぞ聞いてくれた!」


 陽が待ってましたとばかりにモップを掲げる。


「僕たち四人でバンド組んで、文化祭に出ようって話をしてたんだよ! ましろはキーボードな。なんとなく指先動かすの早そうだし」

「はあ? 意味わかんない」


ましろは即答で切り捨てた。


「あのさぁ、陽センパイ。今の時代、中学生が文化祭でバンドとかコスパ悪すぎでしょ。練習に何時間かけんの? 楽器代は? その時間で『ノイズ』一匹狩って、配信で投げ銭稼いだほうがよっぽど有意義じゃん」


痛烈な正論。

 ましろにとって、この魔法少女としての活動はビジネスだ。

 彼女には入院している弟がいる。多額の治療費を稼ぐために、彼女は自分の未来を切り売りして、政府からの報酬と動画配信の収益を得ているのだ。


「うっ……。そ、そうだけどさぁ。お金じゃ買えない思い出とか、あるだろ?」

「思い出で腹は膨れないし、薬代も払えないの。却下。私はパス」


ましろはプイと顔を背け、再びスマホの画面に視線を落とした。

 取り付く島もない。陽が助けを求めるように私を見てくるが、ましろの事情を知っているだけに、私も強くは言えなかった。


その時だった。


「あらあら、まあまあ。ましろちゃん、そんなにトゲトゲしてると、可愛いお顔が台無しですよ?」


ふわり、と甘い匂いが部室に漂った。

 バターとバニラエッセンスの香り。

 いつの間にか、入り口にもう一人の少女が立っていた。


「紬先輩!」 


 陽の声が弾む。

 雨宮 紬。中学三年生で、私たちのチームの最年長。

 豊かな胸元と、柔らかいウェーブのかかった髪。制服の上から、授業で使ったらしいフリルのついたエプロンをつけている。

 

「今日の家庭科の授業でクッキーを焼いたので、余った分を持ってきました。紅茶も淹れますね」


 紬先輩は手際よく長机の上にクロスを広げ、バスケットから焼きたてのクッキーを取り出した。

 殺風景な部室が、一瞬にしてお洒落なカフェのような空気に変わる。


「別に、お腹減ってないし」


ましろがボソッと言うが、その視線はクッキーに釘付けだ。育ち盛りの身体は正直らしい。

 紬先輩はクスリと笑って、ましろの口元にクッキーを差し出した。


「はい、あーん」

「ちょ、子供扱いしないでよ」


口に放り込まれ、ましろが不服そうに、それでも美味しそうに頬張る。

 この人は、こういう強引な優しさを持っている。

 私たちのチームのタンク

 誰よりも優しくて、誰よりも傷つくことに躊躇いがない人。


「碧ちゃんも、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


私は渡されたクッキーを手に取った。

 狐色の焼き目。チョコチップが散りばめられた、完璧な手作りクッキー。

 それを口に運び、咀嚼する。


サクッ、という軽快な音。

 口の中に広がるはずの、バターの風味。チョコレートの甘さ。


ああ、やっぱり。


私は奥歯を噛み締めた。

 味が、しない。


まるで砂を噛んでいるようだった。

 匂いは分かる。食感も分かる。でも、「味」だけがすっぽりと抜け落ちている。

 先日の戦闘で『未来』を燃やした時、私の味覚の一部はロストしたのだ。

 甘いも、辛いも、もう二度と感じることはない。


「どう? 美味しい?」


紬先輩が、期待に満ちた瞳で私を見つめてくる。

 彼女にとって、他人に喜んでもらうことは生きる意味そのものだ。

 ここで「味がしません」なんて言えば、彼女はどれほど傷つくだろう。


だから私は、精一杯の演技をする。

 口角を持ち上げ、目を細め、かつて知っていた「美味しさ」の記憶を総動員して。


「……はい。すっごく、甘くて美味しいです」


私の言葉に、紬先輩は花が咲いたように微笑んだ。


「よかったぁ。碧ちゃん、最近元気なさそうだったから」

「そんなことないですよ。それで、紬先輩。実は相談があるんですけど」


私は話題を変えるように、陽の提案したバンドの話を伝えた。

 ましろは反対していることも含めて。


すると、紬先輩は胸の前で手を合わせ、うっとりとした表情を浮かべた。


「まあ、素敵! バンドなんて青春って感じですねぇ。私、憧れてたんです」

「でしょ!? さすが紬先輩、話が早い!」

「私も混ぜてくださいな。ギターなんて弾いたことありませんけど、みんなの役に立てるなら、指の皮が擦り切れるまで練習しますから」


少しだけ、表現が重い。

 この人は時々、自己犠牲を前提にした発言をする。

 「役に立つ」ためなら、自分の身を削ることを厭わない。それが彼女のひずみだ。


「えー、マジでやるの? 紬先輩まで?」


ましろが呆れたように言うが、こうなると彼女も断れない性格だ。

 孤立することを何よりも恐れている現代っ子だから。


「はぁ。分かったよ、やればいいんでしょ。その代わり、練習風景とか動画にしてアップするからね。広告収入は私が管理するから」

「おっ、さすがましろ! ちゃっかりしてる!」

「うるさいバカ犬」

「誰が犬だ!」


陽とましろがギャーギャーと言い合いを始める。

 それを紬先輩がニコニコと眺めながら、紅茶を注いでいる。


狭い放送室に、賑やかな声が満ちる。

 これが、私たちの日常。

 明日には壊れてしまうかもしれない、ガラス細工のような幸せ。


私は手の中にある、味のしないクッキーを飲み込んだ。

 喉を通る異物が、冷たい石のように胃に落ちていく。


私が味覚を失ったことを、陽はまだ知らない。

 ましろが弟のために無理をしていることも、紬先輩が自分の価値を「盾」としての有用性でしか測れないことも、私たちは見て見ぬ振りをしている。


私たちは全員、何かしらの嘘をついて、この場所にいる。


その時。

 私たちのポケットの中で、四台のスマートフォンが同時に震えた。


ピロン♪


『緊急警報。特別警戒レベルのノイズ反応を検知』

 『対象エリア、D-4区画。至急、現場へ急行せよ』


「休憩時間は、おしまいみたいね」


ましろがパーカーのフードを目深に被り直し、スマホを握りしめる。

 紬先輩がエプロンを外し、いつもの優しい瞳を、戦士のそれへと変える。

 陽が、壁に立てかけてあった双剣の柄を掴む。


私は立ち上がり、最後のクッキーを口に放り込んだ。

 やっぱり、何も感じなかった。


「行こう。また、私たちの未来を燃やしに」


(続く)



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