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余命一ヶ月の魔法少女は、夏の青空に「さよなら」の嘘をつく。  作者: 三澄 柊/Misumi Shu
第2章 14歳の夏、やりたいことリスト

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第11話 血濡れのスニーカーと、最高記録の嘘

夏祭りが近づくにつれて、街は少しずつ浮き足立っていた。


 商店街には提灯が吊るされ、コンビニには花火セットが並ぶ。




そんなある日の夕暮れ時。


 私は、陽に呼び出されて、河川敷のグラウンドに来ていた。




「悪いな、碧。付き合わせちゃって」




陽はジャージ姿で、念入りにストレッチをしている。


 部活を離れてからも、彼女はこうして一人で自主練を続けていた。誰もいない河川敷の土手。ここなら、幽霊部員の彼女が走っていても、誰にも文句は言われない。




「いいけど。足の調子、どうなの?」


「ん?ああ、絶好調だぜ!今日はなんか、自己ベストが出そうな気がするんだ」




陽は屈託なく笑って、その場で軽くジャンプしてみせた。


 でも、私には分かっていた。


 彼女が着地した瞬間、顔を一瞬だけ歪めたのを。




「無理しないでよ。明日はスタジオ練習もあるんだから」


「分かってるって。一本だけ。一本走ったら帰るから、タイム測ってくれよ」




陽は私にストップウォッチを預けると、スタートラインについた。


 風が止まる。


 彼女の背中が、すっと伸びる。


 その姿は、かつて陸上大会で何度も見た、誰よりも速く、誰よりも美しいエースの姿そのものだった。




「位置について、よーい」




パンッ。


 私が手を叩くと同時に、陽が飛び出した。




速い。


 魔法を使っていない生身の身体でも、彼女の走りは風のようだ。


 地面を蹴り、腕を振り、ぐんぐんと加速していく。




あともう少し。


 五十メートル地点を過ぎたあたりで、彼女のスピードが最高潮に達しようとした、その時だった。




「っ!?」




陽の身体が、ガクンと大きく傾いた。


 何かに足を掴まれたように、右足が動かなくなる。


 バランスを崩した彼女は、勢いを殺せないまま、激しく地面に叩きつけられた。




ザザーッ!!




乾いた土の上を、彼女の身体が滑っていく。


 見ていられないほどの派手な転倒だった。




「陽!!」




私はストップウォッチを放り投げて駆け寄った。




「陽!大丈夫!?足!!」




陽はうつ伏せに倒れたまま、動かなかった。


 ジャージの膝部分は破け、そこから赤黒い血が滲み出ている。擦り傷なんてレベルじゃない。皮膚がえぐれ、土と砂利がめり込んでいる。


 痛い。見ているだけで痛い。




でも、もっと深刻なのは右足だ。


 彼女は右のふくらはぎを両手で抱え込み、脂汗を流して震えていた。




「ぐ、ぅ……あ、ああ……」




声にならない呻き。


 筋肉が断裂したかのような激痛。魔法の代償による過負荷が、限界を超えたのだ。




「救急車呼ぶ!?それとも紬先輩に……」


「だめ!」




陽が、私の袖を掴んだ。


 泥だらけの手。




「呼ぶな。ただの、転んだだけだから」


「でも!」


「大丈夫、大丈夫だから」




陽は痛みに顔を歪めながら、無理やり身体を起こした。


 膝からの出血が、足首へと伝っていく。


 彼女は震える手で膝の砂を払い、そして――笑った。




「かっこ悪いなー。石につまずいちゃったよ」


「タイム、どうだった?途中まで結構速かったろ?」


「碧。ほら、血が出ちゃった。名誉の負傷ってやつだな」




彼女は自分の傷を指差して、おどけてみせる。


 その痛々しさに、私は言葉を失った。




彼女は気づいている。


 もう、二度と以前のようには走れないことに。


 この脚は、大人の燃料として使い潰され、もうボロボロのガラクタになってしまったことに。




それでも彼女は認めたくないのだ。


 認めてしまえば、自分のアイデンティティが崩壊してしまうから。




「……速かったよ」




私は、嘘をついた。




「すごく速かった。転ばなかったら、間違いなく自己ベストだったよ」




私の言葉に、陽は心底嬉しそうに目を細めた。




「だろ?やっぱりなー!僕の脚はまだ鈍っちゃいないぜ!」




陽は私の肩を借りて、よろめきながら立ち上がる。


 右足を引きずっている。体重をかけられないのだ。




「帰ろうぜ、碧。あーあ、バンドの練習までに治るかなー」


「治るよ。魔法少女なんだから、これくらい」




夕日が、私たちの長い影を作る。


 陽の影は、片足を引きずって、いびつな形に揺れていた。




夕日が、私たちの長い影を作る。


 陽の影は、片足を引きずって、いびつな形に揺れていた。




翼を折られたエース。


 彼女の夏は、もう終わろうとしていた。




(続く)

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