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心の声が聞こえる伯爵令嬢は、無口な辺境伯と共に生きていく

作者: 久遠れん

 伯爵令嬢アデルは他人の心の声が聞こえる。

 父親も母親も執事もメイドも友人も、全ての人の心の声が聞こえた。


 望むと望まざるとに関わらず、人の心の声が聞こえる力は最初こそ『女神の贈り物』と持て囃されたが、善悪の判断もつかない幼い彼女が、褒められたくて父の浮気や母の愛人のことを指摘すると、途端にアデルは邪魔者扱いをされるようになった。


 力が発覚した当初は国のために力を有用に使う為、王太子との婚約の話も持ち上がった。

 だが、やはり善悪の判断がつかない頃に彼女が口にした王太子の抱える劣等感や王や王妃の薄暗い行いが事実だと周囲が理解したときに、自然と婚約話はなくなった。


 メリットよりデメリットが勝ると判断されたのだ。その頃になってようやくアデルは口を閉ざしたけれど、全ては遅かった。


 伯爵家に居場所はなく、周囲は心を読まれることを恐れて彼女に近づかない。

 最低限の世話をするメイドたちすら、互いに仕事を押し付けあっている。


 肩身の狭い思いをずっとしてきた。貴族学院には辛うじて通わせてもらえたけれど、そこでも友人は出来なかった。


 興味本位で近づいてきた学友たちの汚い心の声が聞こえるたびに、眉を潜めてしまったからだ。

 貴族学院は婚約者を探す役割も兼ねている。だが、卒業する十七歳になってもアデルは婚約を結ぶことができなかった。


 そんな彼女に舞い込んだのは辺境伯ジョゼフ・クルトネーとの婚姻だ。

 誰もが避けるアデルに打診された婚約相手は『無口で何を考えているかわからない』ことで有名だった。


 アデルより五歳年上のジョゼフのよい噂は聞いたことがない。貴族学院にも通わなかったことから、なにかしらの問題を抱えていることは明らかだ。


 だが、断る選択肢はない。貴族たるもの、結婚は義務だ。

 邪魔者の貰い手ができたと両親は喜んでアデルを送り出した。


 寒い北の土地に馬車で半月をかけて訪れたアデルは、白い息を吐き出しながらそびえたつ城砦を馬車の中から見上げていた。北の果て、辺境伯クルトネー家が治めるこの土地は、城塞都市でもある。


 隣国からの侵略を防ぐため、築かれた高い城壁が街を隔てていた。

 街の中に入り、ひときわ目を引く屋敷へと向かう。馬車から降りたアデルは、曇天が覆う空を見上げた。


(寒い。王都とは全然違うのね)


 はらはらと舞い散る粉雪が体温を奪っていく。

 厚着をしているとはいっても、この場に長くとどまっていれば風邪を引くだろう。

 きらりと雲の隙間から覗く少ない太陽の光を集めて、髪飾りが輝きを放つ。


「アデル様、ようこそおいでくださいました」


 屋敷から出てきた年老いた執事が彼女の前で一礼する。


『こんな場所まで遠路はるばる。大変だったでしょうに』


 その内心の優しい気遣いは、長らくアデルが触れていなかったものだ。

 心が読める力は王都では周知されていたが、この北の土地ではどうなのだろう。

 知られていないのならば、できるだけ隠しておきたい。


「出迎えをありがとう」

「こちらへ。旦那様がお待ちです」

「はい」


 執事に案内され、慣れない雪の積もった道を歩く。

 さくさくと音がするのが、少しだけ楽しいと感じられる。

 鼻を赤くしながら、アデルは少しの希望を抱いて伯爵家の倍以上広い屋敷へと向かった。






「こちら、クルトネー家当主の辺境伯ジョゼフ様です」

「初めまして、ジョゼフ様。アデルと申します」


 旦那となるジョゼフと顔を合わせる前に、これから暮らす自室で雪を払い身なりを整えたアデルは、優雅に貴婦人の礼をする。


 周囲から避けられながら育った彼女だが、最低限の教養は身に着けていた。

 表情を欠片も変えないまま、無言で上から下までじろりとアデルを眺めたジョゼフは、一つ頷くだけだ。


『心の声が読める令嬢、と聞いているが、本当だろうか』

(ジョゼフ様はご存じなのね)


 内心の声で状況を把握する。

 あまりよくない手段だと理解しているが、望まなくとも聞こえてくるのだ。心の声に対して、物理的に耳をふさいでも意味はない。


「ジョゼフ様、これからどうぞよろしくお願いします」


 にこりと微笑んだアデルに、やはりジョゼフは無表情だ。だが、彼の内心は。


『笑いかけてくれるのか。こんなに無愛想な私に』


 思わずくすりと笑いそうになる。見た目は確かに愛想の欠片もないけれど、心の声がずいぶんと雄弁な人だ。


 だが、心が本当に読めると分かれば遠ざけられる。

 今までの経験でそれを理解しているアデルは、穏やかに微笑み続けるにとどめる。


 その時、勢いよく扉が開かれた。

 バン! と大きな音に驚いて振り返ったアデルの前で、眉を吊り上げた女性がヒステリックに叫ぶ。


「ジョゼフ! わたくしに黙って妻を迎えたというのは本当なの?!」


 真っ赤なドレスを身にまとった良い年をした女性はアデルの姿を見るなりバサリと扇を広げて口元を隠す。


「奥様、お戻りください。こちらへの立ち入りは」

「うるさいわね! 執事がわたくしに指図をするなんて!!」


 窘めるように口を開いた執事を怒鳴りつけた女性に、さすがのアデルも眉を潜めた。


『どいつもこいつも! わたくしのいうこと聞かないのはどうしてなの!!』


 その内心もまた酷いものだ。世界は自分を中心に回っているとでも思っているのだろうか。

 女性をじっと見つめていると気づいた彼女が扇を振り上げる。


「その眼はなに! 生意気な小娘ね!」

「っ!」


 叩かれる。思わず目を閉じたアデルは、けれどいつまでたっても訪れない痛みに恐る恐る目を開いた。

 目の前には凛々しい背中があって、ジョゼフが扇を掴んでいる。


「わたくしに逆らうというの?!」

「……」

『彼女は私が守らなければ。こんな場所まで嫁に来てくれたんだ』


 無言で首を横に振ったジョゼフの内心は温かさに溢れている。

 誰かに守ってもらうのは初めてかもしれない。

 目を見開くアデルの前で、執事が強い声音で告げる。


「奥様、離れにお戻りを」

「ふん! どうせすぐにその娘も出ていくことになるわ!」


 捨て台詞を残してヒールの音を響かせながら姿を消した女性に、ジョセフがほっと息を吐き出す。

 彼の背中に庇われたまま、アデルはそっと問いを口にする。


「今の方は……」

「……アレクサンドル・クルトネー様にございます。先代の後妻でありまして、ジョゼフ様の継母でいらっしゃいます」


 疑問に答えたのはジョセフではなく執事の方だった。

 教えられていなかった入り組んだ事情がある様子に、アデルは落ち着いた声音でジョセフにもう一度問いを投げる。


「よければ、事情をお伺いできませんか」

「……」

『母は私を嫌っている。それだけならばまだしも、私の婚約者にも手を上げた。その事実を知らせるのは……』


 知りたくない情報も、頭の中に流れてくるのはいつものことだ。

 けれど、本人が知らせるか迷っている話を知ってしまうのは、いつだって居心地が悪い。


 そっと視線を伏せたアデルに、ジョセフが浅く息を吐く。

 ため息だった。首を横に振られる。


「アデル様、込み入った話は後々でもよろしいでしょうか。今はお身体をおやすめください。長旅でお疲れでしょう」


 沈黙を守るジョゼフの代わりにアデルを気遣うのは執事の方だ。

 アデルは一つ頷いて、その場を辞することにした。






 三ヵ月ほどクルトネー家で過ごしてアデルはいくつかの情報を得た。


 広い屋敷には離れがあり、マルセリーヌはそこで暮らしていること。

 本邸へ立ち入ることはジョゼフに禁じられているが、彼女は気にすることなく自由気ままに出入りしていること。


 なにより有益だったのは、それとなく振った話題によって執事の心の中を知ったことで得た情報だ。

 どうやらジョゼフは継母のマルセリーヌによって虐待されて育ったらしいことだった。


 クルトネー家には本妻の子であるジョゼフと腹違いの弟がいたらしい。

 だが、弟のほうは子供の頃に流行り病で死んでいる。


 弟を生むときに体を壊したマルセリーヌは、その後子供を身ごもることが叶わず、どんどん性格が歪んでいったらしい。


 自身が子を宿せない苛立ちを発散するかのように、幼いジョゼフに当たり散らした。

 言葉でなじるのは当たり前、時に手を上げ、ジョゼフの父である前辺境伯が亡くなった直後には彼の食事に毒を混ぜたりもしたという。


 毒殺は未遂に終わり、表向きは下男の仕業として処理されていたが、屋敷の者たちはマルセリーヌのせいだと気づいている。


 それでも彼女を罰せられないのは、当時辺境伯代理の権限を持っていたマルセリーヌに意見することは死を意味したからだ。


(ジョゼフ様が寡黙なのは、恐らく虐待のせい)


 与えられた室内で髪を梳かしながら考える。

 夫婦の寝室でもあるが、ジョゼフは朝早く起きて執務に取り掛かり、夜遅くに寝るために戻ってくるだけだった。

 

 できるだけ生活サイクルを合わせようと努力しているのだが、夜更かしをすれば朝が辛いし、朝早く起きれば夜は眠い。

 顔を合わせるのは一日に一度という日が続いていた。


(……許せない。あんなに優しい方なのに)


 寒い地域での暮らしになれていないアデルに、ジョゼフはとても良くしてくれる。

 視察に出向くときは執事を通して声をかけ傍においてくれるし、領民と触れ合う時も仏頂面ではあるが慕われているのが伝わってきた。彼は良き領主なのだ。


 カタン、ドレッサーに櫛を置いて、アデルは細く息を吐く。

 ジョゼフは心の中ではいまでもマルセリーヌを恐れている。


 初日にアデルを庇ってくれたのは、彼の中の勇気をありったけかき集めてくれたのだと彼女は気づいていた。

 ならば、それに報いたいと思う。


(誰もあの人を失脚させられないなら、私がやるの)


 鏡の中に写るアデルの瞳には、覚悟が宿っていた。






「ジョゼフ様、もしマルセリーヌ様がいなくなったら、寂しいですか?」

「……?」


 最後の質問のつもりだった。

 もし、少しでも彼の心に迷いがあるなら、計画を取りやめようと思っている。けれど、ぱち、と瞬きしただけのジョセフの心の中は冷え切っていた。


『あんな女、いなくなった方が清々する。だが、こんな汚いことを、アデルには伝えられない』

(酷い質問をした私を気遣ってくださっている)


 それだけで心がほわほわと温かくなる。にこりと笑ってアデルは口を開いた。


「少しお待ちくださいね。ジョゼフ様のご恩に報いてみせます」

「?」


 行き場のないアデルを貰ってくれただけではなく、温かく迎え入れてくれた。

 無口だけれど優しいジョセフに心を寄せたからこそ、アデルは戦う覚悟を決めたのだ。






 心配をかけるから、と執事を口止めしたうえでジョゼフが外出している日に、アデルはマルセリーヌが暮らす離れを訪れた。


 離れとはいえ、伯爵家の屋敷ほどの広さがある。

 広大な土地を存分に使った豪勢な屋敷は、マルセリーヌの好みが前面に押し出されていた。


(浪費家なのね。無駄に豪華だわ)


 飾られている絵画も彫刻も花瓶も花も、全てが珍しい品ばかり。

 花などこの北の地で咲くことがないはずの品種がある。


 ずいぶんとお金をかけているのだろうことが察せられた。

 メイドによって応接室に通されたアデルは、静かにマルセリーヌの訪れを待つ。


 三十分ほど待たされてから、マルセリーヌは気だるげに髪をかきあげながら現れた。

 前もって来訪は伝えていたはずだが、寝ていたらしい。自堕落な生活を送っているのだろう。


「わたくしに何の用事? ジョゼフに愛想をつかしたから、出ていくための挨拶かしら」


 くすくすと甘やかに笑う声には毒が含まれている。

 この三ヵ月、マルセリーヌのせいだろうと思われる細かい嫌がらせはいくつも受けた。


 普通の令嬢ならば泣いて逃げ出していても可笑しくない。

 だが、あいにくとアデルは人の心が読める。実行犯の心の声を聞けば、一人の人間が主犯となって嫌がらせをしていることは明白で、逆に彼女の負けん気を刺激した。


「マルセリーヌ様、今日はお話があってきたのです」


 にこりと微笑んで、アデルは問いを投げる。心を読むために、思考を巡らしてもらうためだ。


「貴女はジョゼフ様を毒殺されようとしたことがありますね?」


 直球で切り込んだアデルに、マルセリーヌは優雅に髪をかきあげる。余裕の表情は崩れない。


「下男がしたことよ。わたくしは関係ないわ」

『いまさら掘り返されたところで、証拠は何もないというのに。愚かな娘』


 心の声を確認し、アデルは笑みを深める。笑顔の仮面は淑女の武器だ。

 腹の探り合いをしているならなおさら、笑みを崩した方が負ける。


「貴女が幼いジョゼフ様に手を上げていたとも。虐待は王国の法で禁じられています」

「そんな出鱈目を吹聴したのは誰かしら? 厳しく罰しないといけないわ。不名誉な噂をバラまくのも禁じられているはずよねぇ」

『口の軽い使用人たちだこと。躾が足りないのね』


 心の中で毒を吐くマルセリーヌに表情を変えぬまま、アデルはさらに言葉を重ねた。


「貴女が一番隠したいことを私は知っています」

「……」


 笑みの仮面は崩れない。だが、心の中はそうではない。

 アデルのカマ掛けに、マルセリーヌの内心は反応を示す。


『どれのこと。夜中に苦しむ旦那様に気づかないふりをして見殺しにしたこと? それとも愛人の件? 領民たちから違法に取り上げた品々のこと?』


 心は雄弁だ。それにしても、余罪が多すぎる。アデルは浅く息を吐き、表情を引き締めた。


「前辺境伯を見殺しにしたこと、愛人がいること、違法に領民から金品を巻き上げていること、どれも王国法では重罪です」

「っ!」


 いままで余裕を崩さなかったマルセリーヌもさすがに目を見開いた。

 「どうしてそれを」と彼女の唇が紡いだ言葉を確認し、アデルは髪飾りに触れる。


「自白していただいてありがとうございます。この髪飾り、とってもきれいだと思いませんか?」

「……まさか!」

「そう、そのまさか、です」


 アデルは心を読める。だが、彼女一人が心を読めたところで証拠にはなりえない。

 だから、アデルは昔から髪飾りに加工した魔道具を持ち歩いている。


 魔力を使ってその場の音源を録音する魔道具は、アデルが揺さぶりをかけて相手がそれを認めれば、十分な証拠となる。

 どうして彼女がその情報を知っていたのかは、あとからどうとでも言い訳が可能だ。


(王太子殿下の頼みでスパイの真似事をしていたのが、今になって生きるなんて。皮肉ね)


 アデルを遠ざけた王太子だが、彼女の能力は認めていた。

 学院に在籍している間、この手法でアデルはよく王太子の政敵をあぶりだしていたのだ。


 彼女の能力が広まり、遠巻きにされる理由の一つでもあった。

 とはいえ、王太子の頼みを断れる者などいないのだから、仕方ない。


「っ! わたくしをハメたわね! 心が読めるなんて大言壮語を吐くと思っていたら、あの噂は本当だったの……!」


 勢いよく立ち上がったマルセリーヌの罵りにも、心は揺らがない。

 今までだって、彼女を罵倒する者は多かった。


 だが、その誰もがアデルの背後に王太子がいると知ればすぐにしおらしくなったものだ。

 唯一、彼女の計算違いだった点は。


 ここは王太子の目が届く学院ではなく、目の前の女は手段を択ばない悪女であった点だ。


「お前など! 切り刻んで王都に送り返してやる!!」

「っ!!」


 魔力を練りだしたマルセリーヌに気づいて、慌ててアデルも立ち上がる。

 逃げなければ、と思うが、扉の外に飛び出すより、マルセリーヌが魔力を練り終わる方が早い。


(魔力障壁は苦手なんだけど……!)


 辺境伯の後妻として収まっただけあって、マルセリーヌの魔力は強大だ。

 アデルの魔力障壁などすぐに貫通されるだろう。わかっていても、なにもしないよりはマシだ。


 慌てて学院の授業で習った防壁を築くアデルの前で、練り終わった風の魔力をマルセリーヌが彼女にぶつけようと指で示し。


 目を閉じたアデルは、けれど。

 再び、守られた。


「……?」


 これまたいつまでたっても訪れない衝撃にそろそろと目を開くと、アデルの前に立ちふさがっているのは息を切らせたジョゼフだ。


 額から汗を流している。ずいぶんと慌てて駆け付けてくれたのだろう。

 いつも結んでいる髪ひもがほどけている姿からも、彼の慌てっぷりが伝わってくる。


「ジョゼフ様……っ」


 頬を一筋の血が流れていた。

 ジョゼフは辺境伯に相応しい魔力量を保有しているが、咄嗟に張った魔力障壁が全ての攻撃をいなしたわけではないらしい。


 ジョゼフの背中に縋りついたアデルにちらりと視線を向けて、彼は小さく笑った。


(笑って、くださった……?)


 いつも無表情を隠しもしないジョゼフの笑みに、こんな場面だというのに心臓が高鳴る。

 一瞬だけアデルをみた彼は、すぐに視線をマルセリーヌに戻した。


「……義母上」


 かすれた低い声音が部屋に零れ落ちる。誰が口を開いたのか、刹那の間わからなかった。

 やっとジョゼフの声だと気づいて驚くアデルの前で、彼は長年使っていなかったせいで、かすれている声で言葉を紡ぐ。


「今回の件、さすがに見逃せません。私の妻を殺そうとするなど」

「その娘がわたくしに無礼を働いたのです!」


 凛と背筋を伸ばしているジョゼフだが、彼の心からは絶対的な存在であるマルセリーヌに向かって反論を述べる恐怖が伝わってきた。


『義母が恐ろしい。だが、守るのだ。私の妻なのだから』

(ジョゼフ様……!)


 守られるだけは嫌だ。だからこそ、アデルはジョゼフの背に隠れ続けることなく、一歩前に出る。

 彼の隣に並んで、嫁入りの時から肌身離さず身に着けていた髪飾りを手に取った。


「この魔道具は、音声を記録するだけではありません。リアルタイムで王太子殿下の元に音声が送られます」

「……は?」

「貴女の罪は白日の下にさらされています。ここで悪足掻きをすれば、ますます心証が悪くなりますよ」


 にこり。微笑むアデルの前で、彼女の言葉の意味を理解したマルセリーヌが膝から崩れ落ちる。

 カタカタと震える彼女は、自身の罪の重さを正しく理解しているのだ。


「アデル……?」

「大丈夫です、ジョゼフ様。お任せください」


 状況が理解できないのか、戸惑うジョゼフに笑いかける。

 王太子直轄の騎士がこの地にやってくるのに、二週間もかからない。

 ジョゼフはようやく、マルセリーヌという継母の形をした悪女から解放されるのだ。






 と、宣ったアデルだが。


 魔道具に記録以外に通信機能があるのは嘘ではないが、それをリアルタイムで王太子が聞いている保証などあるはずもなく。


 つまり、はったりだったのだ。

 実際、軟禁したマルセリーヌを引き取りに騎士たちがくるのに、三週間の時間がかかった。


『君は……本当に大胆なんだから』


 応接室に通された王太子の右腕の青年カルロの手元から呆れた声が零れ落ちた。

 彼が持っている通信機越しに王太子の声が耳に届く。


 並んでソファに座るアデルとジョゼフに対し、カルロの手の中の通信機越しに王太子が言葉をつづけた。


『そういうところを評価していたけれど、単身乗り込むのは褒められないな』

「申し訳ありません、殿下」

『いずれ君の力が必要になるかもしれないんだ。身体は大事にね』

「お気遣いありがとうございます」


 穏やかに会話を交わすアデルの隣で、ジョゼフが落ち着かなさそうにそわそわとしている。

 彼の心は『ずいぶんと親しげだが……。仲が悪いと聞いていたのに』と戸惑っていた。


「ジョゼフ様、私は殿下を嫌ってはいないのです」

『僕もだ。彼女の能力は恐ろしいが、国にとって有益なのは事実なのだから、うまく付き合わねばならない。傍に置くのは僕にはちょっと無理だったけど』


 苦笑をこぼした王太子が『でも』と続ける。


『ジョゼフ、君なら大丈夫だと思ったから託した。君は心がとても綺麗だから』

「……」


 アデルにはわかるが、ジョゼフが心の中で驚いている。

 王太子にそう評価されているとは思わなかったのだろう。


『ジョゼフは無口だけど、アデルの前では意味をなさないし。ちょうどいいバランスが取れると思ったんだ。僕の読みは当たっていたね』


 穏やかな笑みを含んだ王太子の言葉に、アデルもまた目を見開いた。

 そんな読みがあったとは、彼女も知らなかった。


 彼はアデルに心を読まれることを恐れて、手紙か通信機越しでしか会話をしてくれなかったから。


『アデル、幸せになるんだよ。君が平穏に暮らしているうちは、国が平和な証拠だから』

「はい、殿下」


 優しく気遣ってくれる言葉が染み入るようだ。

 今まで伯爵令嬢としての責務として彼の役に立ちたいと思っていたが、これからは意味が変わりそうだった。


「……アデル」

「はい、ジョゼフ様」

「……」

『私の方が、君を愛している』


 心の中で呟かれた言葉は、恐らく嫉妬。

 だから、アデルは零れ落ちるように可憐な笑みを浮かべて、ジョゼフの腕の中に飛び込んだ。


 慌てつつも抱きしめ返してくれたジョゼフの温かな体温を感じながら、今まで感じたことのない幸福に酔いしれるのだった。




 心が見える令嬢は、力だけは認めれつつもずっと孤独だった。

 地位だけを持っていた辺境伯は、心の傷を抱えて生きてきた。


 互いに寂しさを抱えていた二人は交わって、これから幸せに暮らしていく。





読んでいただき、ありがとうございます!


『心の声が聞こえる伯爵令嬢は、無口な辺境伯と共に生きていく』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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