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-柚希0才-君が遺して(架けて)くれたもの

 ジワジワと洋服が肌にベタつく5月下旬頃だったか。 僕は産まれてまだ3ヶ月と少ししか経って居なかった、息子の柚希を抱っこしていた。 「あぶー、あぶー」と僕の肩は柚希のヨダレで濡れる。 そんな些細な事に、可愛いも、好きも、嫌もなにも感じることなどなかった。


「ありがとうございます、はい」


 なぜなら、傘をさしながらやってきた僕と同じような黒いスーツを着てやってくる人達の対応で忙しかったから。 僕の髪の毛がボサボサなのに、誰にも咎められるわけがない状況には理由もある。

 妻の里奈が先日、病気に負けてこの世を旅立ってしまったばかりだから。 妻に親戚はいない。だけど、僕にはもったいないくらい社交的な妻だった。


 今日、お通夜にやってきた人はみんな、里奈に良くしてもらった事がある人達なのだろう。仕事の同僚、近所で井戸端会議をしていたであろう夫人たち。それからよく分からない数々のグループ。みんな、里奈が作り上げてきたコミニティの人たち。


「うぇっ、うぇっ……えーーーん」


 ぼやっと周りを見ていると、突如耳元で鳴り響く爆音に思わず手にしていた封筒を落としてしまう。必死に揺らしても、揺らしても泣き止む気配のない柚希に段々とイライラが募ってきてしまう。


「泣きやめ、泣き止んでくれよ、柚希。ミルクか?なぁミルクなら飲めよ、なんで、飲まないんだ」


……なにから手を出したら良いのかも、もう分からない。弱虫な僕が、弱虫な赤子の面倒を見れるわけがないのに。


 里奈がいたらすぐに電話して、どうしたらいいのか聞けたし、入院先に行けば抱っこの仕方もゲップのさせ方も教えて貰えていた。なのにその全てを思い出しながら色々と面倒をみてもみても、あの時のように上手くいかない。


「お父さん、お父さんがイライラしてるとお子さんにも伝わっちゃうものですよ」


 唇も三角になって、顔も渋くなってしまっていた僕にふと声をかけてきたのは、たまにご近所で見かける女性だった。 会釈はした事くらいはあるけど、里奈と違って話はしたこと無かった。


「えっと……」

「ごめんなさいね。 里奈さんのお友達。いつも貴方の話は里奈さんから聞いてたわ。良い旦那だって」


 淡々と、話してくれた目の前の女性の言葉に胸がドクンドクンと波打つ。ぼくは……里奈の良い旦那になれていたのだろうか?

 女性が変顔などを、柚希にしているといつの間にか泣き止んでいた。 僕が何をしても、泣き止んでくれなかったのに。


「1人で追い詰めないのが大切です。 施設の知り合いがいて、頼ってみませんか?」


 引き続き、柚希に変顔しながらではあるが女性がそんなひとつの提案をしてきた。


「おとーさんが、限界になって倒れちゃったらこの……赤ちゃん」

「柚希、です」

「うん、柚希くんが可哀想よ……」


 柚希は僕と里奈の最愛の子ども。2人で見守る予定だった男の子。 予定が狂ってしまって、大人1人で面倒を見ることになってしまった子ども。


「……僕でも父親になれると、思いますか?」

「そりゃもちろん。いつも”私の心の拠り所なんです!”って里奈さんに惚気られてたもの。そんなあなたなら、大丈夫。」


 柚希をギュッと抱きしめ直して、ぼくは肩を震わせてしまう。 里奈……僕でも、この子の父親になれるか頑張ってみる。 だから、見守ってく……あれ。


「ははっ」


 そんな願いを込めながら、ふと空を見上げてみる。先程まで曇っていたはずの空が晴天に変わっていて、そのど真ん中に大きな虹が架かっていて、思わず笑ってしまった。

 まるで僕に言われなくても見守る気満々ですよ、と里奈が天国で胸を張って言ってくれてるかのような錯覚までしてくる。


「あぅぅ」


 僕の顔を小さい手で、さわってくる柚希の目を見た。ニコッと里奈と同じような目をした柚希が笑う。そこでぼくはハッとした。里奈が亡くなってから数日間、僕が柚希の目を見ていなかったことに。


……これは、まったく。本当に、本当になんて



【頼りになる虹の橋を架けてくれたんだろう】

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