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-柚希6才-塵も積もる未既読に

 腕時計は夜の8時を示していた。いつもならこの時間は、柚希が寝る前にマシンガントークをしてくる時間なのに、今日はやけに静まり返っている。

 普段は聞こえる足音も、声も、物音も何一つとして聞こえない。全ては息子の柚希の園のお泊りでいないからである。


 本当に、柚希が居ないだけで僕の生活がまるでモノクロになってしまったかのように、活力のひとつも湧いてこない。何もかもが億劫で仕方ない。


 その証拠だとばかりに、僕の目の前のテーブルには冷たいお弁当が1つ。 妻を亡くしてからは、必死に手料理を作ってきたから本当に久しぶりのコンビニ弁当だった。


 別に不味いわけではない。 不味いどころか下手したら僕の作る料理よりも美味しいかもしれない。 箸で鮭を一欠片、口に運ぶ。箸を吸い込むようにキュッと唇を閉じる。程良い塩気がゆっくりと口の中に溶けていく。


「……美味しい」


 美味しいのに、美味しくない。 時計のチクタク音と、テレビから定期的に聞こえてくる笑い声をBGMに、ぼやっとした思考のまま暫く箸を進め続けた。

気付いたらあっというまにプラスチックゴミとなったそれを見て、両手を合わせてご馳走様でしたと呟く。


――いまごろ、 息子は園のお友達として仲良くハンバーグでも作って楽しんでいるだろうか? 喧嘩とかもしてなければ、いいが。

 そんな事を思いながら、ぼくは食後の一服をする為にいそいそとベランダの外に移動して、パイプ椅子に腰をおろす。


 口でタバコを挟みながら片手を傍に添えて風を遮ってから、もう片方の手でライターをカチッカチッと鳴らす。ボっと火が見えたのを確認してから、僕の顔をライターに近づけてタバコを燃やし始める。


 ゆっくりと、口の中に流れ込んでくる煙が今日は一段と美味く感じる。 息子が居なかったら、僕はもしかしたら早くに病気にでもなって死んでたかもしれない。タバコの吸いすぎでね。

 少し自嘲気味な思考に耽りながら、煙を肺に飲み込んで……吐き出す。 もくもくと煙はベランダから外へと流れ、消えていく。


 不規則な煙を、何となく視界で追いかけつつポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。 点滅してすぐに家族3人の写真。病室のベットで腰を起こして疲れきった顔をした妻と、その妻が胸に抱いている産まれたばかりの柚希。 その横の丸椅子に腰掛けて、妻の肩に腕を添えて、控えめにピースの形をしている僕。


「よりにもよって、これか」


 スマホのロック画面はランダムで、毎回異なる写真が流れるように設定していたはずなのに、少しセンチメンタルになっている今日の僕にこの写真は眩しすぎた。

 目がジワッと痛いのは、きっとタバコの煙のせいだと、1人で勝手に言い訳をあれこれと考えながら再度その写真に目をやる。


「もう一度……この時に戻れたら」


 馬鹿げた事を呟いても、ただ静かな空間に溶けて消えるだけ。こんな時にこそ、息子が傍にいたら何も言わずにギュッと抱きしめでもしたのに、それさえ叶わない。


そして頭を左右に何度か横に振って、思考を切り替えてから、そっと指紋でスマホのロック画面を解除した。 カレンダーやら、メールやら、シンプルなアプリばかりが並ぶホーム画面。

 迷わず、ぼくは緑色のアイコンのトークアプリを開いて、1番上に固定している”妻”とのトーク履歴に入る。


 遡っても遡っても、妻からの返信に辿り着くのは難しい。一方的な僕からの未読のままの言葉が約六年近くに渡って毎日送られ続けているから。

 何となく、直近で送信した言葉の数々をつぶやいてみる。


「―さっきまで曇っていて、残念だと思っていたはずの月が……いつの間にか暖かで、それでいて素敵なものに変わっていた

―だって、泣き虫な僕の心には君の手がどんな形でも必要なのだから

―7歳の誕生日の答えは、まだ

―それでも今日の靴紐ははなまるでした

―里奈も含めた家族3人、笑い合っての終止符が望ましい

―僕たち親子の生活に、秋が色を差し込み始めた」


 まるでポエムに近い独り言。 その時その時に感じた気持ちの報告を、時には酔っていたり、泣いていたりしながら日課として続けている名残だ。

 もしも本当に、これに既読が付いたのならば、妻からは「ばかたれ」といったお叱りの数々を受けてしまうことだろう。


……だけどぼくはこの日課を誰になんと言われてもサラサラ辞める気は無い。だってまだ、彼女から最後の頼み事にOKを貰えてないから。


『いつきくん~泣 もう少し入院長引きそうだから、柚希のことお願い』

『樹は不器用だから、毎日私に柚希のこと報告してね!? 一言でもいいからさ、私が退院したら採点するから覚悟しとけ~』


 そのセリフに僕が『里奈さん怖いよ笑笑 了解ですd(≧▽≦*)まってるね』と、返事したそれに既読がついたのが最期。妻の容態はその日のうちに急降下して、あっという間に僕と柚希を置いて居なくなったから。


 だから君には、今日までの数年分と、これからの数十年。まだまだ採点してもらう事が多くなりそうだ。


「採点地獄に覚悟しなきゃ行けないのは君の方かもな」


  少し意地悪な笑顔になってるのを自覚しながら、ポチポチと指を動かして、今日もまた既読のつかないメッセージに”ピロン”と送信した。



【今日のぼくは、父親をおやすみです】

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