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-柚希7才-最下位の金メダル

 四方八方にわたる熱気ある声、声、声。 自分が主役の時には感じた事のなかった運動会の熱気の中で僕だけが冷や汗を流している。右を見れば「優太!いけ!いけ!」と怒鳴り声に近い声援、左を見れば「一位いけるぞ一位いけるぞ!!!」と、こっち側も熱い声援で思わず目がぐるぐると回ってしまいそうだった。


 小学校1年生になった息子の初運動会ということもあって気合も入れてカメラも買ったし、お弁当だって朝早くから作ってきた。それなのに、既にもう僕は人の多さに辟易とし始めている。よく柚希から聞いている子どもの保護者に挨拶だってしたいのにそれさえ難しい状況。子どもたちは何となく身長や振る舞いなどで学年は想像つくが、親はそうもいかない。


……もしこの場に亡き妻、里奈が参加していたのならきっと手あたり次第いろいろな人に声をかけるだろう。そんな姿が容易く想像できてしまう。そしたらきっと同学年だけじゃなく、ほかの学年の保護者とも仲良くなるはずだ。彼女ならば。


 必死に人の波をかき分けるように進むこと少し。ようやく開けた場所にたどり着けてほっと一息ついたのもつかの間、校庭にアナウンスが入って焦る。


 『では、これより一年生による駆けっこが始まります、一年生のみんなは移動しましょう』


 早く柚希を探さねばいけない状況なのに不味い。柚希が見当たらない、どころか肝心の子どもたちは担任の先生にちょこちょこと付いて行っているではないか。僕のいる場所からどんどんと離れていく様子にうそだろと、目を見開いて思わず固まってしまった。


 そんな中、少し離れた場所にいる男性と目があった。僕たちの部屋の二階下に住んでいて、今年で10歳になる息子さんがいる佐藤さんだ。普段から遊ばなくなった電車のおもちゃ等を譲ってくれたりと、なにかと気にかけてくれる頼りになる人だ。


 「はは、こんにちは清水さん。そんな所でいったいなにしてるんですか?一年生はあっちのほう。高学年の100メートル走ならこっちまで来るけど、あの子たちは走る距離短いですよ」


 当たり前の事実に耳を真っ赤にして小刻みに頷くことしかできなかった僕の

腕を掴んできた佐藤さん。彼ははひょいひょいと周りに「とおりまーす」と何度もはきはきと伝えながら、反対方向に連れて行ってくれている。


 しかし通り過ぎようとした最中で「みなとおおお、そこでなにやってんだ!みんああっちにいってるぞ」と強烈な怒鳴り声が僕の耳に響いて、情けなくも僕が「すみません!いまいきます」と反応をしてしまった……先導してくれている佐藤さんの肩がぷるぷると揺れているのはきっと気のせいなんかじゃない。


 なんとも言えない恥ずかしさを抱えながら歩くこと暫く、周りは(恐らく)同じ一年生の保護者で溢れかえっている。学年が上の保護者は道を譲ってくれていたがここから先はそうもいかない。しかし、僕には人よりも背が高いという利点が「ってことで清水さん、ついでに僕の子の最初のスタートを撮ってくれるとたすかります、僕はゴールにいるんで」と背伸びしたところで佐藤さんが声をかけてきた。


 僕が返事をするよりも先に颯爽と来た道を戻る彼に思わず苦笑いをする。まるで"御為こがし"な人だなと軽く尊敬もした。まぁ自分だけが甘い蜜を吸っているのもおかしな話だから別に問題はない。


 なんて一人で思っていると、第一走者の子がスタートラインに次々と並び始める。ようやく見つけた柚希は三番目らしく、左右の子となにやら楽し気にお話をしていて思わず僕は口角を上げた。もしかしたらキョロキョロと僕を探して泣いてるかもしれないと思っていたがどうやら杞憂で終わったようで何よりだ。寂しいのは僕だけ。と肩を竦めていると拳銃の音が響いて鎖骨を軽く痛めた……いてて。


──合図と共に一番初めの子たちが走り始めたらしい。みんながみんな懸命に腕を振っている。フォームなんてものは感じられたものじゃないけど、見ているだけで胸が熱くなった。あっという間の距離だからか、一瞬で柚希がスタートラインに立つ。


 そして遂に三度目の爆音が校庭に鳴り響いた。目を閉じて走り始める柚希のスタートには冷や汗をかいたが、今のところは一番前でこのまま走り抜ける事が出来れば一位となれる。と興奮していたのだがあと少しの所で柚希と拮抗していた男の子が思いがけず柚希のシャツを思いきり掴んだのだ。周囲がざわっとするよりも早く痛々しい音が耳に届いて息をのむ。


 ドミノ倒しのように柚希とその男の子は転んだ。僕は思わず駆けだそうとするものの、後ろの方にいるせいでなかなか近づけなくて内心で舌打ちしてしまう。


 後ろに続いていた三人は困惑した表情をしつつも、走っている勢いのまま転んだ二人を追い抜いてゴールしていた。柚希の服を掴んだ張本人は体いっぱいに傷を作りながらも、随分と頑固な性格なようでプルプルと立ち上がって歩き始める。それに僕は喉から品のない言葉が思わず飛び出そうになったものの、次の柚希の行動に飲み込むことになった。


 痛そうにしつつも、立ち上がった柚希はしかめっ面をしながら「いたく、ないもん」と真っ赤な膝をさらしたままゴールに向かって歩き始めたから。僕含めた周りの大人も見守るなかで用意されたテープをくぐった柚希にうるっときた。


 それから僕もゆっくりと「しつれいします」と周りをかき分けるようにゴール付近に向かった。柚希のシャツを掴んだ子は担任の先生に強く叱られているのが遠目に見える、周りの子たちに囲まれている柚希も。


 「柚希……」


 ゆっくり声をかけるとハッと僕と目があった。少し恥ずかしそうにしながら柚希は泣く気配を見せるどころか、まったく怒っているそぶりもないまま「おと~ころんじゃったあ」と少し足を引きずりながら近寄ってきた。


 膝から流れ続ける血に思わず僕は顔をしかめてしまったが、大人の心配はつゆ知らず。にかっと抜けつつある歯と共に満面の笑みを浮かべた柚希が「みて~おとー!お膝から血~」と報告してくる。そのどこかで見覚えのある光景に、ぴりついている自分が馬鹿馬鹿しく思えて笑ってしまった。


 「ほら、あっちで柚希を呼んでるからいってきなさい」


 本当は僕がついていきたかったが、ちゃんと怪我したとき用に高学年の役員がいるようで、柚希の事を呼んでいることに気付いたからしめっている髪の毛をポンっと叩くように送り出した。


 その過程で同じく転んでいた男の子も一緒にテントへ連れて行かれるのだが、どんな会話しているのか聞こえないものの、二人そろってじゃれあうように笑っているものだから、これいじょう大人がしゃしゃり出る必要性も感じなかった。


 そう思って、斜め前から恐らく転ばせた子の親が早歩きで僕の方へ向かってきているのが見えていたから軽く会釈だけして、手のひらで大丈夫ですと示すようにひらひらと振って踵を返す。この後に控えているお昼ご飯タイムで柚希をめいっぱい褒めようか、なんて考えながら。




【笑顔で流血自慢をする元祖の里奈さんへ、柚希の初めての運動会は最下位だったけど、だれよりも強かった柚希には金メダルがお似合いでしょう】

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