-柚希8才-ゆらゆら揺れる朝
──秋の風が心地よい、土曜日の朝。早起きした柚希と一緒に朝の散歩をしていたのだが、ふと通りがかった公園で目を輝かせた柚希には叶わず、手を引かれるがまま園内に踏み入れた。のだが、ここまで楽しいとは思わなかった。
真っ先にぱたぱたとブランコに駆けていった息子をみて、背中でも少し押そうとだけ思っていたのに「おと~、おと~も一緒にブランコしよーよー」なんて言われたら断る理由なんてみつからない。そっと先に自分が(少し心許ない)木の座面 に腰を下ろしてから柚希の脇をかかえるように膝に乗せようとしてやめた。なんとなくその姿勢の危うさに嫌な予感しかしなかったから。
そっと「ごめんごめん」なんて謝りつつ、抱えなおしてからくるりと僕と向い合せにすると柚希は「おとーの体しかみえないよ~」なんてクスクスと笑う。
僕もそっと微笑み返してから「柚希、おと~の体をぎゅっと掴んで離すなよ」と伝えると元気な返事と共に腕いっぱいに伸ばした手で僕の腰を掴んできたから僕も両手で座面をゆらしているチェーンを握りこむ。
それからゆっくりと地面に足がつく限り後ろへ後ろへと引いていくと「おと~落ちちゃうよ~」と僕の胸に頭を預けながら掠れ声で叫んでいる息子、だがその声色は随分と高揚としていて、僕も思わずくすくすと笑ってしまった。
キィキィと揺れが安定し、心地よい秋風に身を任せていると柚希も気持ちよさそうに目を閉じて深呼吸なんてしている。
「朝の公園も悪くないね」
「ね!おと~と公園ひとりじめだ!へへへ」
「いったいどこでそんな言葉をおぼえたんだか……ひょえっと」
ゆっくりと揺れながら柚希と他愛もない会話をしていると、ふとした拍子に勢いよく角度をついて揺れて、僕は思わず顔を強張らせた上に情けない声まであげてしまった。
もうそれが知らない小さい柚希ではなく、生意気な年ごろにもなってきているのか「おと~いまこわがった!こわがっちゃったね!」なんて悪戯げな顔でフクフクと笑ってきたからちょっと反論するように顎をふわふわとした頭に乗せると、すぐしたからは「ぐはっ」なんてわざとらしい声が聞こえてきた。
顎を乗せた柚希の頭からシャンプー淡く甘い香りが漂ってきたからスースーと鼻で吸うと「やあめえてえよおお」なんて悲鳴に近しい声と共に首を左右に振られてしまった。「少し前まではいっぱい嗅がせてくれたじゃないか」なんて少しふてくされつつ言えば「小さい時のことなんてわかんないもん」とのことで、口角を思わずあげてしまった。
僕にとっては3才も4才も5才の時も最近の事のようにしか思えなくて随分と意表を突かれた気にもなる。どうやら僕が思う何倍も8歳という年齢は随分と大人らしい。そんな現実が少し寂しく感じると共に、太ももが短時間で痛くなっている事への違和感も簡単に払拭される。
「柚希、大きくなったな」
聞こえない程度にぼそっと呟いたそれは、小さな耳にはしっかりと拾われていたようで「ふふーん」と鼻を鳴らしてきた柚希。
思わず再度、今度は強めに顎を頭にコツンと乗せると「イタッ」と聞こえてくる。本当は謝るべきところなのにその反応がどうにも可笑しくて、僕にしては珍しく「ふはは」と声をあげて笑ってしまった。柚希もそれにつられたのかケラケラと笑い始めた。それからおもいきり顔を上げて、柚希は妻譲りのエクボを頬に作りながら「ふはぁ」と下手な溜息を吐く。
「んもぅ、おと~たらいじわるさんだね」
「しらなかったか?おと~はいじわるだぞ」
「ん~それはうそつきかな、だっておとーは世界一やさしいもん」
間髪入れずに返ってきたその答えに僕は思わず口をはくっとさせて、チクチクとする紺色のマフラーに顔をちいさく埋めてしまった……あまりにも尊すぎる反撃にブランコはゆっくりとキィキィ音を立て、気づけば僕のつま先はじゃりっと地面に帰ってきていた。
「おと~」
「柚希、柚くん……柚希はおと~の世界一大好きで優しい子だよ」
「はずかしいってばあ」
なんて満面の笑みで僕を見上げながら照れ笑いをしているものだから、そっと額をコツンと柚希の額にあてて「お互い様、だな」と言いながら背中を優しくトンッと叩く。それに合わせて柚希もゆっくりと僕の膝から降りて小さな柵の外に歩いて行ったのを確認して僕も降りようとした、その瞬間ゴツンと音が響いたと同時に「痛っ」と声をあげてしまった。
久しぶりに経験した浮遊感と足の痺れを甘くみていたせいか、腰を起こしたと同時に前につんのめってポールにぶつけて思わずしゃがみ込んでしまったのだ。じんじんと痛むこめかみを軽く撫でてると、若干呆れたような声の柚希がぱたぱたと僕の方へ戻ってきて「おと~たらぁぁ」と呆れられたと同時に「痛いの痛いのとんでいけ~」と魔法までかけられてしまう。
「やっぱりおと~は泣き虫さんだねぇ」
「滅相もございません」
「めっしょう……?なあにそれ」
頭をはてなにした柚希の肩を支えに立ちなおしてからそっと公園を出るべく軽く背中を押すと、数歩あるいた所で柚希が立ち止まったから危うくもう一度コケてしまうところだった。
冷や汗をかいていると柚希がまるで何か良いことを思いついたと、言わんばかりの表情で僕を見上げてきたと思ったら「せっかくだから買ったさんどいっち、一緒にたべよ」と。 僕も即答するように頷くと「やったぁ」と目を輝かせてベンチに向かって駆けだしたのをみて苦笑いをする。朝から元気ならそれでいい。
ぎゅるぎゅると鳴り始めていた胃を軽く撫でてから僕も柚希を追いかける。朝からするピクニックも悪くはないなんて、まだ僅かに揺れるぶらんこを横目に。
【今日は朝から贅沢な朝ご飯になりそうです】




