-柚希6才-君と見上げるお月様
お風呂上がり、自宅のベランダのパイプ椅子に座りながら僕は涼むついでに一服している。
「今日も、また、」
閑静な住宅街で今日もまた、紺色の世界に包まれて何事もなく終わるのだろう。
そんなことを想いつつ雲に覆われた寂しい月を見上げながら、目を細め手元で燻らせていたタバコを口に運んだ、その瞬間。ガラガラガラとなんの合図も無しに、窓が勢いよく開かれた。
「ッッッ……ケホッケホッ」
あまりにも突然な出来事に、口に溜めていた煙でむせてしまう。が、何よりもまずは急いで火を消さねばならない。
やって来た人物はただ一人だと分かりきっているから。灰皿にタバコを押し付けて、水をかける。それから最後に軽く立ち上がって自分をぱんぱんと払う……が当の本人はそんな事、気にも留めてすらいないらしい。
「おとー、いた」
「……入ってくるなとあれほど言っていただろう?」
「えへへ」
ベランダの端に体重を預けながら声をかけてくる小さな影。 その影がベランダに置いていた小さなサンダルを履いて僕の元に、近付いてくる。それが息子の柚希―ゆずき―だ。
今年で6歳になるのにまだ寂しがり屋で、他の子どもたちよりもまだまだ甘えん坊な所もある可愛い僕の一人息子。
一緒にお風呂に入ったから、僕と同じようにまだ髪の毛が湿って、首筋にぽたぽたと水滴が垂れている息子を手招きした。
──少し煙ったい僕の香りと、石鹸の甘い香りがふわふわと、この狭い空間の中で交差した。
トコトコとやって来た息子を抱えあげてから、もう一度パイプ椅子に座る。 膝に乗せる息子はまだまだ軽い。
「ん~~~」
「……ったく」
自分の首に掛けていたタオルをおもむろに取り出して、柚希の頭をそれでわしゃわしゃとなで回せば呑気にも気持ちよさそうに目を閉じ、揺れでさえも楽しんでいる。
「アイス、食べてたんじゃなかったのか?」
「おとーと半分こ、したいなーってね、なったからね、きた」
思わず口元が緩むのが自分で分かる。 さっきまでもう少し、怒っていたはずなのに、息子のそんな一言でその怒りもどこかに消えてしまう。
「そうか、それは嬉しいな」
「でしょ~、、あ! おとーみて」
「ッ……お、う?」
柚希が突然、仰いだせいで僕の顎に柚希の頭が勢いよくぶつかる。恐らく自分にだけガツンと来ている痛みに、思わず目尻に涙を浮かべながらも息子と同じように上を見あげてみる。
しかし見上げた先は先程と何ら変わらない紺色の空。それと所々、雲に覆われた残念な月があるくらいだ。
一体何をみて柚希は……「おとー、おとー、あのおつきさま……もうふで寝てるの」
目をキラキラに輝かせて、息子は楽しそうに僕の顔と空の月を交互に見ながら教えてくれた。
「月が……寝てる、か」
「ね、ね!おとー!おつきさまも寝てるのね、スヤスヤぁって……あ、あのね!ようちえんでおねんねするのに――」
君とみあげる月に想いを馳せるのも悪くない。1人、賑やかな息子の声を背景にもう一度、空を見上げてみる。
【さっきまで曇っていて、残念だと思っていたはずの月が……いつの間にか暖かで、それでいて素敵なものに変わっていた】




