第5話 【もう一度】
教室の窓から午後の柔らかい光が差し込む。
だが、遥翔の頭の中は別世界だった。
(昨日の虚獣……あの変異……異能を使った……)
黒い巨体が河川敷で暴れ、虎ノ介の槍が突き刺さった瞬間の衝撃、そして氷堂の圧倒的な異能……。
「御影、聞いてるか?」
教師の声に、遥翔ははっと我に返る。
「えっ、あ、はい……」
だが、視界の端でノートに書かれた文字も頭に入ってこない。
(あの虚獣……どうして異能を……? しかも、あんな力が……)
心臓が少し早く鼓動する。
(魔界……? 氷堂さんが言ってた“影”って、一体……)
隣に座る凛が、眉をひそめて遥翔を見ている。
「はると、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「……あ、うん。ちょっと考え事をしてただけ」
無理に笑顔を作るが、胸のざわつきは止まらない。
黒板の文字が霞む。
昨日の戦闘が、氷堂の言葉が、頭の中で何度も再生される。
(もし、あの異能を使える虚獣が増えたら……A級隊員でも手に負えない……)
(そして魔界……そこに何がいるのか……俺は……どうなるんだ……)
遥翔はそっと拳を握りしめた。
(……俺も強くならなきゃ……。逃げちゃいけない……)
授業が終わるチャイムの音が響く。
窓の外の光が、いつもより眩しく感じた。
それは、日常の中に潜む非日常の影を、はっきりと意識させる光だった。
放課後、教室を出た遥翔と凛は、いつもの帰り道を歩いていた。
「はぁ……今日の授業、全然頭に入ってなかったなぁ」
「あなたは相変わらずね。もっと勉強しなさいよ、はると」
「うぅ…凛には敵わないや」
肩を落として歩く遥翔の背中を、凛は少し心配そうに見つめる。
「そういえば、昨日の虚獣の件、隊員さんたち凄かったね」
「うん……あんなの、B級じゃ太刀打ちできないってのがよくわかった」
――その時、背後の空気が変わった。
「御影遥翔、話がある」
振り返ると、制服姿だが存在感のある影が立っていた。
氷堂蓮――A級隊員で、河川敷で虚獣を討ったあの人だ。
「え……!? えっと、氷堂さん……?」
「学校に戻るところか。少し、話を聞いてもらう」
凛が前に出る。
「えっと、はるとが何か悪いことしたんじゃないでしょうね!?」
「……いや、そうじゃない。むしろ君にしか話せないことだ」
蓮は静かに口を開いた。
「お前はもう一度、選抜試験を受けるべきだ」
「え!? 俺、もう受けたし……」
「そうだ。しかし、今日の虚獣との戦いでお前の潜在力の一部が限界を超えていることがわかった。偶然ではない」
遥翔は胸が高鳴る。
(……限界を超えた…? 俺、何かやったのか……?)
「もしお前が試験で主席に輝けば、黒衛隊への道が開かれる」
「こっ……黒衛隊?」
凛の瞳が鋭く光った。
「また変な話になってきたわね……でも、はるとがそこまで言われるってことは、本当に普通じゃないんだ」
氷堂は一瞬だけ微笑むような気配を見せ、低く言った。
「選ぶのはお前次第だ。しかし覚えておけ。虚獣が異能を使ったのは偶然ではない。魔界の影は、すでに動き始めている」
その言葉に、遥翔の胸がざわついた。
(魔界……あの虚獣のことか……? これから、どうなるんだ……)
氷堂はさらに告げる。
「池上も同様に、潜在力が測定不能レベルだった。二人とも、再挑戦が望ましい――福宮凛、お前も受けるべきだ」
「えっ、私も!?」
凛は驚きつつも、少し嬉しそうな表情を浮かべる。
「ええぇ!? 俺も!?」
虎ノ介が少し遅れて合流し、驚きの声を上げる。
「福宮君の魔力は特殊で普通の人間じゃ特定できない俺と似たような匂いがする恐らく魔力総量は御影よりも多いだろう」
「本当ですか!?」
「二人共にどうする」
凛が遥翔と虎ノ介にたずねた
「うん……昨日の虚獣のこともあるし、……逃げずに挑むしかない」
「決めたようだな」
「「「受けます!」」」
「了解だ手続きはこちらでしておく」
三人は互いに視線を合わせ、決意を胸に帰路を歩き始める。
夕日に照らされる街路は、いつもと同じなのに、どこか非日常の気配を帯びていた。




