第30話:神の庭
『案内するわ』
そう言われ、私達はアストラという人物の後ろを付いていく。
『ごめんなさいね、本当ならあなたたちは夕暮れになる前にはもう付いていたのよ。でも、私が結界を張っていたせいであなた達の侵入を無意識にも拒んでいたみたいなの。ごめんなさいね……』
アストラさんは意外にもおしゃべりな人のようだ。
『でも、あなた達が諦めずに何度も私の結界に触れてくれたおかげで、私も気づくことが出来たの。これでお互い様ね。』
誰かが相槌を入れる前にアストラさんはもう次の話をする。
『そうね、結界を解除したのはもう5年も前のことかしら?あんまり覚えていないけれどね。あっ!そういえば結界をもう一度張っておかなきゃね』
アストラさんがそう言うと、地面がひかって下の方から上に向かってドーム状に結界を張っていく。元通りにしているようだ。
「すごいですね、これほどに洗練された結界は見たことがありません!」
騎士団員の魔法士が感嘆の声を上げた。
『あら、ありがとうね。この結界はね、旦那が私にお願いして作らせたものなの。だから、この結界は私の自作よ。魔法陣の設計から始めて作るのホント大変だったけど、旦那のためって思うといくらでも頑張れちゃったわ。』
流石に饒舌過ぎると思った。
『でもお陰で変な魔物は寄り付かなくなったし、私達の生活を誰にも邪魔されなくて済むようになったわ。』
「!?ごめんなさい、急に押しかけてしまって…」
エルさんが急いで謝罪をする
『いいのよ!そもそもあなた達が来ることはすでに分かっていたわ。いつかは分からなかったけどね。来るのが分かっていたら邪魔なんかじゃないわ。歓迎するべきお客様だもの!』
どうやら私達は歓迎されていたらしい。それにここに来るまで不可解だったことも大まかに分かった。まずはエルシアの言っていた同じ景色が見えたこと。私も薄々気づいてはいたが、アストラの張った結界が原因であったことが分かった。
もう一つは魔物がいないこと。これもアストラの張った結界が原因。
そう、いい意味ですべてアストラの手のひらの上で動かされていた。
そうしている内に……
アストラさんの話を延々と聞きながら歩みを進めていると、やがて小さな家が見えてきた。
『あれが私達が住んでいる家よ』
アストラさんがそう言って、家の近くにまで案内する。
すると、家の中から一人の少年……男性?中間あたりのような見た目の人が出てきた。
「君たちが俺に感謝を伝えに来た人たちかな?」
「がおー!」
「っはは、久しぶりだね」
その人の見た目と声があまりにも一致していた。優しく温かいそんな声だった。
タラがあいさつすると、それにも優しく返事をしていた。
「あなたが勇者様ですね…お初にお目にかかります、騎士団団長のエルです。こちらが…」
「副団長の…」
「フェリックスくんだね。っはは、そんなかしこまった挨拶しなくても全員の名前くらいわかるよ。
まあ、今日はほんとに会いに来ただけ?」
「少しお話できたらなと思いまして」
エルさんがそう言った。
「そうか、…ここじゃなんだし、場所を用意するとしよう。ちょっとまっててね」
そう言うと、勇者とアストラが家に戻って準備し始めた。
「だ、団長…手伝わなくてもいいのでしょうか…?」
「本当は手伝ってあげたいが、下手に手を出して逆鱗に触れるよりかはマシだと考えている…」
勇者の前では平然を保っていたエルさんだったが、本音ではとても緊張していたらしい。
そういえば勇者の名前って…
「勇者様の名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「私もわからない…いや、ここにいる誰もわからない……」
どういうことか全く分からなかった。
気になったが、そういうことなのだと私の心の中で納得させた。
「遅くなってごめんね、でも準備できたから」
勇者の声に皆が反応する。手招きしているので、勇者の方向へ向かう
『ごめんなさいね、急いで用意したものだから満足できるものかわからないけれど…』
「いえ、こちらこそ用意してもらって申し訳ない」
エルさんが勇者とアストラさんにそういった。
「いいよ、気にしないで。元々こうやって振る舞って上げる予定だったから」
勇者がエルさんを擁護するように言う。
アストラさんが紅茶を皆に提供する。
「それで、今日はなんで来たのかな?」
アストラさんが今日茶を注ぐのを横目に、勇者が私達に問う。
「まずは、こちらのタラを助けていただきありがとうございます。」
「いいってことよ。」
「おそらく、この子を連れ去った犯人がいると思いますが…」
「それならもう身柄を拘束して、君の、エルさんの名前でオルヴァ・ヴェレア王国に送りつけたよ」
「……!?……ありがとうございます(?)」
全てのことがすでに終わっていて、エルさんは驚きを隠せていない。
「これだけ?」
ずっと興味あったことを聞きたい
「サイコパスと戦った後アストラさんに似た声が空からしてきましたが、本人様でしょうか?」
『ええ、あの時声をかけたのは私ですわ』
エルさんとフェリックスさんが反応しているが、自分たちで衝動を抑えられている。
「では私からも、数年前にも同じような声がしまして、その後大量の魔族が襲ってきました。何か原因があなたたちにあったのではないかと思っています」
エルさんが攻めた質問をする。
「確かにアストラがみんなに報告しにいった後、ゼファーの残党が各国を襲ったのは事実だ。だからと言って、アストラの声が魔族襲撃のトリガーであることではないよ」
エルさんからの責められた質問にも勇者は優しく答えた。
「私から、アストラさんはこの結界を自分で作ったものだと言っていましたが、本当ですか?」
騎士団員の魔法師がアストラさんに向けて質問する。
『そうなのよ!すっごく頑張ったんだから!あの時のヴェールも私の自作よ!』
とアストラは自慢げに話す。
そして私は誰もが気になっているであろうことを聞くことにした。
「失礼でなければいいのですが、勇者様のお名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
場が凍ったといわけではないが、一瞬の間があった。
「…名乗るほどのものではないよ」
「勇者様ですよ!?名乗るほどのものではないわけないじゃないですか!」
「…俺たちは二人だけの時間を穏やかに過ごしたいんだ。だからできるだけの情報は隠していたい。それでも気になるなら
腰につけている刀を手に掛ける。聞こえていた木の葉が揺れる音すら消えて
―――厭わないよ」
この一瞬で今まで経験したことのないほど大きな威圧感を感じた。
気付けば自分の鼓動と呼吸音しかしか聞こえなく、この音が自分の死と結びつくかと思うほどに空気が張り詰めていた。
魔王カイザーと同等…それ以上か…
『やめてね、洒落にならないわ』
開いていいかわからない口をゆっくりと開く。すでに心はすり減っている。
だから出てくる言葉はゆっくり…
「ごめんなさい、お名前を聞くのは控えさせていただきます…」
「俺たちは、二人だけの穏やかな時間を過ごしたいんだ。客人を招くのは別にいいけど、二人の時間を邪魔するのは、許さないって話」
勇者が目を閉じた。アストラも同様に
お互いに意思がつながっているかのように…
「……まあ、いいか、俺の名前は
―――クロノア。」
空気感は最悪になった。最後に残った印象は勇者の威圧。だったのだろうか……
―――パチン
誰かの指鳴らしだった。
『っふふ、へー、ルークくん面白いわね』
「いきなり、どういうことでしょうか?」
私は気になって聞く。
『記憶を改変させてもらったわ。後で少しお話したいわ。』
状況がいきなりでわからない。そういえば、勇者の名前ってなんだっけ?
なにか引っかかる部分があるが、記憶改変で失われたのだろう。
「記憶を改変した?一体どういうことでしょうか!?」
エルさんが動揺を持ちながらも冷静にアストラに聞く。
『どうしても、知られてはいけないことを知られてしまってね。二人の生活を守るために必要なことなのよ。もちろん、知られた部分だけ改変したわ。』
そこからしばらくの沈黙があった。
「ルーク、アストラがお前に興味があるらしい、少し話してきてあげてくれ。俺の脳内がうるさい」
「は、はい…わかりました」
そして私はみんなを置いてアストラに呼び出された。
『ごめんね、……まずは防音結界でもはろうかしら。あなたにとっても聞かれたら困ることでしょうからね』
そういうと、一瞬にして防音結界が貼られた。
『率直に聞くわ、あなた”ユアン”でしょ?記憶改変の時にすべて見てしまったの』
「対価ということで、こちらからもあなたは何者ですか?」
『ちゃんと答えるからそっちもお願いね。
私は創世記からずっと生きているわ。そして悪魔と天使と精霊とエルフのクウォーターよ。だから全ての魔術に精通し創造もできる。あなたの理想像と言ったところかしら?』
創世記!?数十万年前からも生きている存在?何かしらの伝説とかに載っていてもおかしくはないはず…でも、聞いたことがない。
『どうしたのかしら?そちらの番よ?』
「ええ、私はユアンです。気付けば転生していました」
『そう、転生―――だけど気付けばと言ったあたり自らが望んで転生したみたいではないようね。』
「どうして、転生に興味があるのでしょうか?」
『私はほぼ不死に近いわ。でも旦那は違うわ。人間だもの、いつしか限界が来るわ。』
「―――!?……まさか?…」
掛ける言葉が見つからなかった。倫理を捨てたその考え方に。
『そう、旦那を不死の生命体の身体に転生させるのよ』
私が最初に勇者とアストラと出会った時、おしとやか夫婦で微笑ましいように思えた。
しかしいつからだろうか、気づいていたのかもしれない。
こんなにも深く溺愛していることに。
「っはは……魔法の倫理に欠けていますね…」
『それは人間が作ったものでしょう?人間じゃない私の知ったことじゃないわ。
―――二人で生きられるならなんだってする。』
優しかった口調から固められた決意の言葉が出た。でも明らかな恐怖が襲いかかる。
いますぐここから逃げ出したかった。
でもこの倫理を捨てた考えが私の頭の中を巡り、口も開かず、体すら言うことを聞かなかった。
自分とはかけ離れた存在から、この重すぎる愛に関わってはいけないという本能から距離を置かなければいけないと。
『私たちだって欲しいものには必要な犠牲は必ず付ける。あの日助けた時の対価は
―――転生に関する情報―――
なにもないならもういいわ。』
「……おとぎ話があります。精霊の間で伝わっている話です。そこに転生と思われる言葉が出てきます。私の知っている情報はこれくらいです…」
アストラさんの”もういいわ”が私を捨てることだと思って言わざる負えなかったと勘違いした。
しかし言ってしまったことには変わりなく、余計だったかはアストラさんの反応による
『初めて聞いたわね。あなた達が返った後に調べるとしましょう。
ありがとね、ユアン。』
その言葉を皮切りに防音結界が解除された。
「用は済んだか?アストラ」
『ええ』
軽いキスが交わされた。
誰もが釘付けになった。それと同時に決して誰も入ることの出来ない壁が生まれた。
「すまない、時間が来てしまった」
勇者が謝った。
「いえ、会えただけでも光栄です。本来は感謝を伝えるだけでしたので」
エルさんが私達の分のことまで代わりに言ってくれた。
『また会いましょうね』
アストラがそう言うと、私達の真下に魔法陣が形成された。
「こ、これは!?」
『転移魔法陣よ。あの村まで送るわね』
「また会おう」
勇者がそう告げると目の前が白く覆われ、気付けば村の目の前にいた。
夢の体験のようだった。
―――
「行ったな」
『ええそうね』
暗くなった夜空をお互いに見つめながら呟いた。
「どうだ?ユアンから面白い話は聞けたか?」
『っふふ、なんとなくね。記憶を見て、彼もーーしていたみたいね』
「へー意外かも」
『それと精霊のおとぎ話を聞いたわ。明日から動くつもりよ』
「そっか、さみしいな……」
お互いに目は合わせない。でも心の何処かでつながっているようには感じた。
『私もさみしいわよ。でも今失うより永遠を失うほうが怖いもの』
………
……
…
「しばらく会えないのか……」
更にしばらくの沈黙が続いた。お互いに苦痛ではなかった。なんなら居心地がいい。
「なあ、満たしてくれないか?」
『っふふ、そういうと思った。私もちょうど欲しいところっだったわ』
ここからは言葉はいらない。
二人で家に戻り、ベッドに向かっていった―――
―――神の庭―――




