第29話:硝子と御心
ゆっくりと歩みを進め、馬車の中へと入っていく。
エルシアの姿はなく、そこにはエリスがいる。
「……」
どうにかして私を保っているような感じがする。壊れかけの玩具みたいな……
エリスはその様子を見ていた。―――
勉強していたら、突然ルークが馬車の中に入ってきた。
別に気にしなかったけれど、突然だったから少し驚いた。
「……」
いつもなら、”ただいま”とかの声をかけてくれるのに、そのときは声をかけてくれなかった。
「…どうしたの?」
僕は、なんの考えもなしでルークに聞いてしまった。
すると、ルークは馬車の壁を背に添わせたまま滑って座った。
「なんでもないですよ。……ちょっと、疲れただけだから…」
―――
ルークが僕に初めて砕けた口調で話してくれた。
でも、僕にでもわかっていた。今この瞬間、そんなことで喜んではいけないと。
「……」
しばらくの沈黙が続いて、僕は勉強に戻ろうとしたが、全く手が進まなかった。
なんなら、ペンを机の上に置いてルークを見つめていた。
そこで気づいた。
ルークの表情が暗いことに。どうしてそんなに暗いのかわからないけど、放っておけないって思った。
「……何か、僕に用があってきたんでしょ?」
本当は他にも選択肢があった。
疲れて休みに来た。小腹がすいたから食べ物を取りに来た。エルシアを探しに来た。とか…
でも、あのルークを見たらそんな選択肢はないんだなって思った。
「フェリックスさんから言われてね。”君、心に穴が空いてるでしょ?”ってさ……」
この言葉の意味が全く分からなかった。
でも、意味が分かってくるみたいにいろんなことを思い返えされた。
状況はあの時と似てた。
ルークがエルさんとリズちゃんと話した後のこと。
ルークがすごく悲しい顔をしていたのを思い出した。
「でも、君はすごいって言われて……」
「…うん」
今は相槌を打って話を聞く
「でも、すぐにフェリックスさんが引き返そうって…」
「…うん」
「強いって認めてもらえたのにすぐ否定されて……もうどうしたらいいのか分からなくて…」
こんなに弱いルークを見るのは初めて見た。
聞いているだけでも僕の心も沈んでいきそうになる。
「私はどうしたらいいの…」
ルークからの質問に答えられない。
答えてあげたいけど全くかけてあげる言葉が見つからない。
だから、抱きついた。
言葉で慰めるのは出来ないって……思った。
「なにをしたいのですか?」
抱きついた割りには合わない言葉が返ってきた。でも、エリスにとっては最大限の表現だった。
―――安心して―――
言葉で言っても伝わらない。でも伝えるためにはこうするしかなかった。
だから返ってくる返事には期待していなかった。
でも、”ありがとう”そんな言葉が返ってくると少しだけ期待した自分がいた。
だから、さっきより強く抱きしめた。
「もう十分ですよ」
そう言われて、僕はやっと離れた。
ルークの顔を見ると自然と涙が頬を伝っていた。でも本人は気づいてはいなかった。
僕はそっと手を伸ばし、頬を伝っていた涙を拭ってあげた。
「僕はルークを完全に理解するのは出来ないけど……でも…良かった…」
自分でも何を言っているのかわからない。共感するわけでもない。心配していたわけでもない。
安堵だった。
けれど、ルークはエリスが拭ってあげた手を優しく振り払った。
そこにあったのは、虚ろでどこを見ているかわからない目ではなく、
まっすぐと捉えた目に光が戻っていた。
「ありがとう、エリス」
ルークが微笑んだ。
―――
エリスに救われた。
ガラス細工が手から滑り落ち、砕けたところを踏み潰されていたような気分だった。
それをエリスが一つ一つ大切に拾い上げ、元の形に戻してくれた。
もう砕けない。砕かれない。
エリスに助けを求めて気付けば昼時になっていた。
約束の時間は昼過ぎなので、時間はあるがそこまで多くはない。
今ある時間で準備する
いつ戻ってくるかわからない。だから非常食を少量持っていく。他には水。
剣は必須だろう。道中何があるかわからない。
必要最低限はこれくらいだろう。必要とあらばすぐに戻ってきて取ってこればいい。
欠かせないのは食事、馬車の中にある食料をいただく。
準備を済まし、エルさんに指定された集合場所へ急ぐ。
一番乗りはやはり、エルさんとフェリックスさんだった。
「早いですね」
「ああ、お前こそな」
エルさんとの短い会話。
フェリックスさんの方を向く。私の変わり様を見て察したのか、微笑みかけてきた。
「よかったな」
「もう大丈夫です。もう砕けません」
自分の安全と決意を軽く伝え、挨拶を済ます。
そうしている内に、人がどんどんと集まってきた。
結果としてエルさん、フェリックスさん、リズ、私、エルシア、ハウル、タラ、その他騎士団員5名の計12名が集まった。
「今から勇者に会いに行く。あまり気を張るな、会えることを光栄に思うことは忘れないように」
「「「はい!」」」
そうして、勇者の住処のある森へと進む。
「ここが勇者様がいる森か……至って普通に見えるな」
騎士団員の一人がそう言った。
「姿を隠すためだから、普通の森に住むのは当たり前じゃないか?」
騎士団員の中で軽い考察が繰り広げられる。
「住処は森深くにあるらしい。時間はかかると思うが、進むぞ」
エルさんが場を仕切り直し、森の奥へと歩みを進める。
不思議なことにいくら歩みを進めても魔物と一切会うことはなかった。
「もはや不気味だな…勇者様の威厳で弱い魔物は怖気づいているんじゃないか?」
「それなら、私達にも影響があるんじゃない?」
騎士団があまりの異常さに口を開いた。
「エルシア、なにかわかるか?」
「勇者のせいではないのは確かね。他の誰かの影響かしら?」
エルシアでもわからないらしい。私は勇者の功績も知らないので、なぜこうなっているのかはわからない。
更に歩みを進めるが、また違和感に気づく。
(……誰も口にしない?)
いや、勘違いだろう。
気付けばもう日が暮れかけていた。
「もう、こんな時間か…」
「森の広さがわからないから、どのくらい進んだかわからないな…」
そう呟くのはフェリックス。
「もうやめてくださいよフェリックス副団長。いつかは着くんですから!」
「いや、もうついていてもおかしくはないと思っている。」
そういったのはエルさんだった。
「正直、俺もそう思ってる」
フェリックスもエルさんの意見に同感する。
「エルシアは?どう思う?」
「……言い出しにくいのですが、いいですか?」
なぜ敬語なのかはわからないが、皆が頷いた。
「ループしていると思います……」
皆が何を言っているのかわからないと言う顔をしていたので、エルシアはいつもの口調に戻った。
「根拠は2つあるわ。まずは同じ景色を何回か見たことよ。」
「それは根拠としては浅いんじゃないか?森なら似た景色はいくらでもあるだろ?」
「似ているではなく、全く同じでしたわ。団長は前に進むために方向感覚を失わないように集中していたわ。副団長は周りの状況を理解するために観察する必要があったわ。景色を見る余裕はなかったはず。私も気づいて言えばよかったわね…」
「いや、気にする必要はないさ」
エルさんが擁護する。
「そうか…そこまで言うなら納得しなきゃいけねえな。」
「もう一つは、魔法陣ということよ。木の並びを見ていたら、規則的だったの。確実ではないけれど、さっきのことと結びつければ可能性は捨てられないわね…」
「エルシア、どんな効果のある魔法陣か分かりました?」
「いいえ、まったく。私の精通している魔法ではなかったわ」
ループしているということがはっきりしたのなら、それは勇者に会えないということを意味する。
そんな事を話していたら、きれいな夜空が浮かび上がっていた。
「あっ、あ……あぁ……」
声の主はハウル。空に指を指している
『あら?お客さん?』
あの時の声と同じ。
最初は小さく見えなかったが、だんだんと近づいてくるのを感じた。
そして、私達と同じ目線になるまで降りてきた。
『こんばんは、森に迷い込んじゃったのかしら?』
「いや、そういうわけでは…それよりも!……」
エルさんが反論しようとするが、それよりも先に話が食い込まれてくる。
『っふふ、冗談よ。勇者……いや、私の旦那に会いに来たのよね?』
「それよりもだ!誰だお前は!」
『自己紹介が遅れたわね。勇者の正妻アストラよ。よろしくね』
「「「(勇者の正妻!?)」」」
私を含めエルさんもフェリックスさんも驚いていた。
『いいわよ、案内するわ』
すると、目の前で空に亀裂が入った。ピキピキと…
やがて、半球状に亀裂が全体的に入り込んだ。最初は大きさに検討もつかなかったが、全てに亀裂が入ると、想像よりも大きい。比較するものがないほどに大きかった。
そして、バリンと砕け、破片が飛び散りながらも消えていく。
『案内するわ』
そして勇者の正妻を名乗るアストラの後を付いて、森の奥へと進んでいく
―――硝子と御心―――




