第27話:信頼
私はどうしたものか…
仕方がなかったか?といえば、一概には言えない。
あそこで嘘をつかなかったら、
エルさんは自分の娘のリズを突き放したという事実を知り、心の奥底で気に留め続けることになるだろう。
リズは、お母さんが”リズ”を助けるため。そう、だれかでは無く、”リズ”を助けるために必要な行動だと伝えた。
誰かを助けるという他人としてしか見られていなかったというリズのトラウマから避けるため。
二人を傷つけず、解決できるのはこれしかなかった。
もし、もう少し考えられる時間があれば、もっといい方法があったかもしれない。
もし、もっと時間があれば、二人をお互いに理解し合ってもらうために私が動けたかもしれない。
でも結局は全部手遅れだった。
……っはは…
あの時みたいだな。
もっと時間があれば、ゼリアと仲良くなれていたかもしれない。
もっと分かり合えれば、何も言えずに別れることなんてなかったのだろうにな。
誰一人として私をわかってくれない。ゼリアを除いて。
だからこそ、何も言えずに別れたことが今でも悔やんでいる。
ねえ、今の私はとっても惨めでしょう?
どうしたら、良かったのだろうか。
傷つくのは私だけで良いのでしょうか。
そうでしょうね。嘘はつかないと心に決めたのにもかかわらず、破ったのですから。同じ過ちを繰り返したのですから…
「ルーク?大丈夫?」
声をかけてきたのはエリスだった。
「…」
不思議と声が出ない。
嘘をついたことを告白するのか、でもエリスは事情を知らない。
自分が惨めで、声を出すことすら躊躇っているからだろうか、でもエリスには私がどう映っているのかわからない。
「ルーク、今すごく悲しそうな顔してるよ。」
無気力というのだろうか、エリスが私を慰めようとしてくれているのにもかかわらず、私は何も答えることが出来ない…
「……大丈夫、僕はずっとそばにいるからね。ゆっくりでいいから、元気になってね。僕はそれまで待ち続けるから。」
もっと私が惨めに思えてきてしまった。
エリスは何も悪くはない。エリスがかけてくれたその言葉に答えることが出来ない私が嫌い。
そう考えていると、顔が自然と俯いた。
でも、エリスはそんな私を抱きかかえてくれた。
身体自体は小さいが、その包んでくれた体はすごく大きくて、温かさを感じた。
「…大丈夫だから」
またエリスが声をかけてくれた。
この最後のエリスの行動が私の心を満たしてくれた。
「…ありがとう」
俯いていた顔を上げて、”ありがとう”とエリスに伝えた。
その言葉を聞いた後、エリスはこの世で一番微笑ましい笑顔を見せてくれた。
この後悔を拭うことは今後できることはないだろう。
でも、今は前を見ることができる。
だからこそ、こんな私を助けてくれたエリスを必ず、送り届ける。
―――
出発の準備が整いつつある。
騎士団員は急いで全ての任務をこなす。
そんな中、私は馬車の中でエリスからの治療を受けている。
今はただ、本当にエリスに感謝している。
そんな中、エルシアが馬車に乗り込んできた。
「やっぱり、あれを倒すのは無理があるわよ……助けが来てくれて本当に助かったわ」
やや不満げがありながら独り言を言っている。
「あら、ルークじゃない。……骨までやられちゃっているみたいね。エリスちゃん、少し私に預けてくれる?」
「は、はい!」
先程の不満げな顔はなくなり、真剣な顔で私の方を見つめている。
―――再生を司りながらも怒りのままに破壊を行い、我々に罰を与えさせた存在よ、今この限り、貴方様のお力をお貸し下さい。代償は支払いました。再生の祝福と破壊の罰を私に。―――
―――アドーニス―――
エルシアが詠唱を終わらせると同時に、私の方がみるみる内に修復されていく。
砕かれた骨は元にあった位置に戻り、広がった傷口は塞がっていく。
「……っ、く…」
声の方を見ると、エルシアだった。
私を同じ左肩を抑え、苦しんでいた。
「!?エルシア!」
「っふふ、……私が今までルークにしてもらったことを返さないとって思いましたのよ…」
私が、エルシアを助けたことなんてあっただろうか…それ以上に私がエルシアに助けられた記憶しか残っていない。
「…どうして……いつも助けられているのは私なのに!」
「やっぱり、何もわかっていないようね。私にとってルークはとても大切な人なのよ。だから、あなたが苦しんでいる姿なんて見たくないのよ。あなたはいつも誰かのために役立とうと動いてくれていたでしょう?そうしてくれないと、私はどうすればいいのか分からなくなるのよ。だから私にとってあなたは大切な人なのよ」
「…どうしてですか…どうして、すぐ私をこうやって……」
…良い人みたいに言うのですか!?
と言いたかった。でも言えなかった。エルシアが私のことをこんなにも思ってくれていたのに否定するなんて出来なかった。
私の傷を肩代わりしてまで治してくれたのにもかかわらず、そんなことを言える立場はない。
「…別に何言ってくれても構わないわ。でも、私の中にいるルークは決して変わらないわ。エリスちゃんも悪くは思わないでちょうだい。」
「僕もルークにはいつも助けられてばかりだよ。アヴェロン王国で囚われた時にルークが助けに来てくれたときは、ほんとに、ほんとに嬉しかった。
だから、僕はルークと一緒に旅ができて嬉しい。一緒にここまでこれてほんとに良かった。」
エリスもルークに思っていることをここで打ち明ける。
「ルークが悲しんでたり苦しんでるのを見てると、僕も悲しくなったり、苦しくなるの。だから、ルークが悲しそうにしてたら僕も一緒に悲しむ。ルークが元気になれば僕も元気になる。だからルークが元気になるまで僕は絶対一緒に寄り添ってあげるの」
そう言って、エリスはルークに抱きつく。
あの時と同じ感触に包まれる。そこにエルシアも加わる。
…本当に私は、
誰からも必要とされず、私から必要とするだけの存在だと思っていたのに、こんなにも私のことを思ってくれていて、こんなにも慰め、温もりをもらってもいいのだろうか……
「ありがとう、みんな。」
自然と口にしていた。
私はこのまま、私のまま生きていくと、みんなのために。
―――
出発の準備が整ったようで、
「出発する!配置は各自伝えた通りに!」
エルさんの声を機に馬車が一斉に動き出した。
私が見張りとして馬車の外を見張る。
エルシアは、エリスからの治癒魔法を受けて治療中。
いつもより速い速度で森を進んでいく。
嵐の予兆のような静けさを森は持っている。
エルさんは静けさを嫌な予感として捉えて先を急いだのだろうか…
―――
フェリックスを先遣隊として送り出したが、大丈夫だろうか…
私は騎士団の指揮を持つためにここにいるが、心許ない。
あの日の出来事―――天からの声を聞いた数日後、大量の魔族が襲ってきた。
リズもまだ幼く、私の一番弟子も戦いに向かってから消息がわからなくなっている。
もうこれ以上私から奪うのはやめてくれ。
そう思うと失う前に行動するしかないと考えた。
あの日はどちらかと言うと幸運だったかもしれない。王国には騎士団がいてすぐに兵を用意できたから。
でも今は人がいない状況。
そう思うと怖くて仕方がない。リズにルーク、それにみんな…
私は騎士団長として皆を導かなければいけない。
出発してから数分も経たず、魔物の死骸が転がっているのが見え始めた。傷口から血が溢れており、池となっている。
数自体は少ないが払って置かなければ、後に危険となりえる
魔物が全くいなかったのはサイコパスがいたからか…
出来事を納得させ、自身を安心させるように考えを巡らす。でも考えを巡らせれば巡らせるほど今後のことを考えてしまう。
前方では先頭が繰り広げられているのだろうな。
フェリックスがいるからきっとどうにかなっているはずだ。
でも嫌な予感が私を焦りへと変えていき、馬車の速度を少し上げる。
しばらくすると、騎士団の一人が戻ってきたのを目視で確認する。
「どうした?」
「フェリックスさんが、ほとんど魔物の気配がしない。後方に回られている可能性があると…」
どうするか…あくまで可能性の話。
「さっきまで戦っていて大変だったか?」
「いえ、それほど大変ではありませんでした。私からの案ですが、半数を後方に移すのが良いかと思います」
「そうだな、そうしよう。二度手間かもしれないが、フェリックスにそう伝えてきてくれ。フェリックスは後方に移るようにも伝えてくれ。」
「承知しました」
今動ける最高戦力がフェリックス。こいつをどう使うかが重要だろう。
フェリックスが可能性を伝えてきたのだから、最も理解がある。逆にあいつを前方に残しておくのがおかしいという話。
そうこうしている内にフェリックスたちが戻ってきた。
「前の方は気味が悪いほどいないというわけではないが、あまりにも少なかった。」
「ああ、わかっている。…一度、魔道士たちと情報を交換したほうがいいかもしれない。今の魔物の数と配置を教えてくれるかもしれない。…じゃあ、頼んだぞ」
「ええ。」
そのまま森を突き進む。
気付けば日が昇り木漏れ日が見える。
私の馬車の中で休んでいる団員を一人起こし、馬車の見張りを任せる。
馬車の中においてある剣と軽い食料、水筒を手に取り、そのまま馬車を降り、後方へ向かう。
最後尾に着くと、フェリックスたちが馬車と並走するように後ろをついている。
「「「エル団長」」」
騎士団員みんなが私の名前を言う。信頼されているなとしみじみ思う。
「そろそろ交代しよう。とりあえず状況を教えてくれ」
夜の間にあったこと。フェリックスの可能性が的中したこと。でもそこまで苦戦せず対処できたことを教えてくれた。
「ありがとう。お前らは馬車に戻っていい。ここは私一人で掛け持つ。」
「!?しかし…」
「安心しろ。私もそこまで弱くない。戻ったら、前方の奴らにも声をかけて交代させろ。後ろよりも進む道を確保するのが大切だからな。」
「わかりました。武運を祈ります。」
皆が帰っていく中、私はフェリックスを留めさせた。
「嫌な予感は外れかもしれないな。」
「そうかも知れませんね。なんならそうであってほしいですがね。」
「ああ、本当にな。……にしても、魔物が後方に回っているかもしれないってよく考えついたよな」
「っはは、やっぱ運だけはいい男ですから。」
「ありがとな、お前も馬車に戻ってゆっくり休んどけ」
「エル団長も無理しないでくださいね」
そう言ってフェリックスは馬車へと戻っていった。
残されたのは私だけ。
さてと、みんなからの期待に答えるためにも、
限界を試すとしますか…
―――信頼―――




