第26話:悔嘘
『また会いましょう』
「ちょっと待った!何が目的だ!?」
エルは突然の出来事に頭の処理が追いついていなかった。それになぜわたしたちを助けたのかさえわからない。だからこそ聞いている。
『時期にわかることです』
天からの声はこれ以降、何を聞いても返事はなかった。
エルの心のなかに懸念が残る。
まずは利害の一致だ。助けた代わりになにか要求される可能性がある。
天からの声、比喩表現的で一見神聖化された何かの象徴のように捉らえられるが、実態は真逆の可能性がある。
それにもう一つ。この声自体エルは2度目だ。一度目は数年前、突然聞こえた声だ。訓練中だったので内容は全くと言っていいほど覚えていない。報告的ななにかだったような…
その声の後、大量の魔族が襲ってきた。
この過去の出来事があって、懸念が残っている。この後なにかが起こる。そんな根拠のない勘がエルの中で蠢いている。
「エル団長。あの日のこともある、ここは急いで森を抜け出すように行動するしかない。」
そう声をかけるのはフェリックスだ。フェリックスも過去に声を聞いていた一人で、エルと同じように根拠のない勘があった。
「そうだな、こういう時、お前は本当に気が利くよな
お前ら!怪我をしていない者は馬車の修理に手を回し、それ以外のものは治療に専念しろ!馬車の修理が終わり次第すぐに出発する。」
エルが宣言するなり、団員のみんなが一斉に行動し始める。フェリックスも例外ではない。
しかしエルは一人ある人物のもとへ向かう。
―――
どうして…わからない。
外で聞こえたのは、何かが素早く通っていく音。その後から感じた暴風。
視界に捉えたのはお母さんがルークに剣を突き刺していること。
「サイコパスだ!」
お母さんが本気で怒っているのがわかった。でもわからない。
サイコパスって何?なんでお母さん怒ってるの?どうしてルークに剣を突き刺したの?
そんな不安が襲ってきて、気付けば恐怖に変わっていた。
その恐怖を拭うためにお母さんのもとへ駆け寄った。それしかこの恐怖から抜け出す方法がなかった。
お母はんならなんとかしてくれる…
予想は反していた。
どうして…
お母さんがリズを突き放した。
考えれば、周りを見ればこんな事するはずがなかった。でも、心を恐怖に染められ、浄化しようと一心不乱に行動していたのだから周りが見えないのは当たり前だった。
…わからない。
お母さんならなんとかしてくれる。そんな思い込みとは裏腹に突き放されたのだから突き放された理由を考えることなどなかった。
考えることなど無く立ち尽くしていると、強く引っ張られる感覚が襲いかかった。
その勢いのまま馬車の中に乗せられた。
「エリス、お願い回復魔法かけて…」
声の主はルークだった。
リズをここまで連れてきたのもルークかもしれない。
ルークにここまで連れてきてもらったのに、リズの心のなかに諦めきれない何かが残っていた。
だから馬車の外に出ようとする。
「リズ!外に出るな!」
ここにいる誰も知らないルークの声が響き渡る。
それすら無視して突き進む。手を一歩、膝、高ばいの姿勢で移動する。
しかし、リズに突如腹痛が襲う。物理的な痛みだ。高ばいの姿勢のまま横に倒れる。
「る、ルーク?」
エリスが動揺した声でルークを呼ぶ。
「死ぬよりはマシだ」
非常に冷淡だった。いつも優しくて温厚なルークとは真逆。
いつも誰かのために手段を厭わなかったが、今回ばかりは意味が違っていた。でも最善の行動であったことには違いない。
「最後まで抗う覚悟は良いか!!!」
エルさんが騎士団全員の士気を上げる雄叫びを上げた。
すると、詠唱の一節が森全体に響き渡るように詠われ始める。
―――『全てを隠しき白き布、内に秘めし闇は外見に偏らず。格差を隠し、無知を賢しがり、自身を偽り、嘘をつき、やがて堕ちて逝ゆく。白き布に溺れ、自身を見失い、誰でもなくなった者、誰一人として見捨てん。覆われし者を闇へ葬り、原初に還かえせ。』―――
―――ヴェール―――
ルークは痛みを忘れ、詠唱に耳を傾ける。
エリスは、回復魔法を知らぬ間に解術し、詠唱と、外に広がる景色に見惚れていた。
この魔法はここにいる皆を魅了していた。それほどに完成され、詠唱、術式の展開、具現化、その全ての過程が現実のもととは思えなかった。
そしてリズがこの結末を知ることはなかった。
―――
エルはハウルのもとへ向かっていた。騎士団員皆を放っておいて。
本当はこんなことになるはずではなかった。でも異常事態が起きてしまった以上、どうすることも出来ない。
「ハウルさん、少し時間をくれないか?…」
「ああ」
ハウルの返事はあっさりしていた。全てわかっているかのような
場所を移し、馬車から離れた場所に向かう。
「まずは状況の理解からしてほしい。」
この夜は野営して過ごす予定だったが、サイコパスの影響で計画が崩れた。それに加え、天からの声があり、不吉な予感がしてままならないと伝えた。
「だから、娘さんを探すのを後回しにして、森を抜けるのが最優先だと考えた…」
「俺だってわかってるさ、今の状況くらい……それに、お前の考えにも頷ける。」
渋々答えるような声でエルと会話を続ける。
「俺にはな、頼れる人がお前たちしかいないんだ…捜索願を出しても見つかるかどうか…娘のためならいくらでも金は注ぎ込める。」
ハウルがぶっきらぼうに語り始める。
「でもな!わかってんだよ…知ってんだよ…お金がいくらあっても探してくれる人がいないと見つからないってな……いつかまた会える…そんな事を考えているのが俺は許せない。娘に合わせる顔もねえよ…
すぐに会いてえよ…また遊びてえよ…」
言葉のつなぎも上手く行かず、感情のままに言い放つ。でもハウルの心のなかで覚悟が決まったようだ。
「お前はみんなのために、この判断をしたんだろ…?だったら俺も、娘を探すためにお前の判断を信じる。」
「信じてくれて、ありがとう。わたしたちは必ずあなたの娘さんを探し出すと誓いましょう」
エルが片膝をつく。
ハウルの娘を救い出すという誓いと、このような判断を下して申し訳ない気持ちを表している。
「俺からも、お願いします。」
ハウルの乱暴な口調から敬語が放たれた。感じ取ったのは覚悟。
覚悟を決めたのは私だけではない…そう思うと、心強さが増した。
ハウルも馬車の修理に手を回しに行った。
エルはすぐにでも復興できるよう、指示を出しに行った。
―――
エルがルークたちの馬車を見かけると、エリスがルークを治癒魔法で治療しているのが見えた。
すぐに駆け寄り、ルークの状態を見る。
「ルーク!」
「エルさん…」
ルークの心に迷いがあった。
肩を犠牲に命を助けてもらったお礼をするべきか、大事なエルさんの娘、リズの腹を蹴って気絶させたことを謝るのが先か…
時系列的に話すとすれば、まずは助けてもらったことに感謝するべきだろう
「あのときはありがとうございました。エルさんが私を剣で弾かなかったら死んでいたでしょうから…」
「私こそ申し訳ない。気配を読み取っていたのなら、ルークを傷つけずとも助けられたはずなんだ」
謝るのは私自身なのに、どうしてか謝られた。助けてもらったのだから感謝されるべきなのに。
なんなら、これから話すことのほうが、私が謝らなければいけないことなのに。
「エルさんが謝ることなんてありません。どちらにしろ、命は助かっているのですから、謝ったり感謝したりするのは私です」
「それもそうだな…今は回復に専念していてくれ。それと計画の方針が変わった。すぐにでも森を抜けることにした。馬車の修理が終わり次第、すぐに行動する。」
「わかりました。」
「私は現場の指揮とリズを探してくる。一応聞くが、リズは見たか?」
言う覚悟はできていたのに、言う機会が来ると突然話せなくなる。
エルさんの話を聞こうと目を合わせていたが、エルさんに聞かれると同時に目線を離してしまう。
「…嘘だろ?」
「いいえ!死んではいません!」
「……ルーク…僕は正しい判断だと思ってるよ。だから正直に話してもいいと思う。」
「…何があった?」
エルさんが安堵したように一旦間をおいてもう一聞き直した。
「…私がリズを馬車に連れて安全を確保したのですが、馬車の外へ出ようとしていたので気絶させました。」
そのまま視線を暗闇の方向へ向ける。
夜の中のなのではっきりとは見えないが、リズが横たわっているのがわかる。
「ごめんなさい!でも、こうするしかリズを守ってあげることが出来なかったのです。もし外に出て被害にでもあったらと思って…」
「助けてくれたことには変わりない。それにお前が言っただろ?助けた身で謝る必要はないってさ。」
「ですが…」
「私も同じ気持ちだ。だから謝りたくて仕方がなかったのさ。
だからさ、リズを助けてくれてありがとう。」
視界が滲んだ。
初めて涙を流したかもしれない。
エルさんにとって、この世で一番大切にしている娘を傷つけたこと。あってはならないことだと思って心が押しつぶされそうになっていた。
リズを助けたという言葉を言うことででその不安とかき消そうとしたが、それでも変わらなかった。
誰がどう見ても間違いだと言う。そう思い込んでた。
―――僕は正しい判断だと思ってるよ。―――
―――だからさ、リズを助けてくれてありがとう。―――
でもみんなが私のことを正しいと肯定してくれた。
「お前が間違っていたなんて誰も思ってない。人のために動いたのなら多少の傷がついたって間違いじゃない。」
「僕もルークにいつも助けてもらってるし、いつも感謝してるよ」
誰も私のことを否定しなかった。
「お母さん…?」
暗闇の方から声が聞こえる。
エルが駆け寄り、抱きついて声を掛ける。
「リズ!もう安全だ。大丈夫か?どこか悪いところとかないか?」
「いや!」
リズがお母さんであるエルを突き放した。
あの時とは立場が全く逆になっている。
どう伝えればいいのかわからない。仕方がなかったとしか言いようがない
エルさんが私の方に目線を向けるが、合わせることは出来ない。
「どうして…」
エルがそう言うと、リズがエリスの後ろに隠れる。背丈が合わず、完全には隠れてはいないが明らかに私を避けていると言うよりエルを避けているようだった。
子供とは単純だが、今回ばかりは通用しない。
「…リズ、先に言っておきます。あのときは仕方がなかったのです。これだけは理解しておいてください。」
これで納得するほど簡単じゃない。
あの時の状況を話せるのは私でもない。リズでもない。どちらも勇気がない。
でも、あの時の状況を私が話すのは合っていないと思っている。
「…私もすべてわかっているわけじゃない。みんなを助けるためにどうすればいいか考えるだけで手一杯だったんだ。だからみんな同じ人としてしか考えられなかった。
誰がどこで、何をしているなんてことすら知り得る余裕がなかった」
エルが言い訳のような、リズが話しやすいような土台を作った。
エルは何も知らない。あの時何が起こって、どうしてリズがそうなっているのか…
幸い、リズにもまだ話す余地があるようで口を開く。
「リズ、今お母さんが怖い。…ルークを剣で刺して、……何も…わからない。」
思うより平静を保てているようで、意味が伝わっている。しかし、肝心の出来事が抜けていた。
「エルさんは私を助けてくれたのです。」
「でも、ルークは傷ついてるでしょ」
「こうするしか助ける方法がなかったのです。エルさんは間違った判断をしたわけではありません。私を助けるための判断をしたのです。
だから、リズを助けるためにエルさんはあの行動をするしかなかった。」
したくはなかったが、嘘を付く。
本当は助けるためなんかじゃない、ただ単に邪魔だったから突き放したのに。
…またこうやって嘘を付くのか…あの時もう決して嘘はつかないと決めたのに…
あの状況をはっきりと見ていたのは私だけ。他に知りうる人はおそらくいないだろう。
ここでついた嘘は、皆が否定するだろう。でも私は間違っているとは思わない。
後悔しているかといえばわからない。二人の仲を治すために嘘をついたことを悔やんでいる。
一生心に残り続けると思うが、決して間違っていたとは思わない。だから後悔はしていない。
リズがエリスの背後で立ち上がり、エルのもとへ向かう。
「助けてくれてありがとう、お母さん」
「ああ、私は絶対リズを守る」
―――悔嘘―――




