第25話:白い残響
森に入るまでまだ時間がある。
騎士団は見張り役が一人、捜索員が一人の二人体制。馬車一台に4人で一人休憩で回していく。
私たちもできる限り協力してはいくが、エリスは勉強していて忙しいので、緊急時以外は見張りはしない。
エルシアは上位種族なので実のところ睡眠を必要としない。全く寝ないわけではなく、脳の活動限界がくると睡魔が襲ってくるらしい。普通に過ごしていれば月に1回ほど。森にいる間は常に見張っててもらうように説得しなければ…
「エルシア、聞こえてましたか?」
「ええ、わかっているわよ。見張り続けてほしいのでしょう?…別に問題ないわよ。それにあの森に今、弱い魔物はいないわ。その代わり強い魔物がうろついてるわね。でもこちらには近づいては来ないでしょうね」
「エルシアお姉ちゃんどうして?」
「私が魔王なんだもの。魔王覇気を漂わせているから、大抵の生き物は近づいてこないわ。私の種族はエルフ、人族に近い生物は私の覇気の影響を受けないわ。」
「エルシアお姉ちゃんてやっぱり本物…?」
「認めたくありませんが、そうかも知れません、エリス。」
「ずっと前から言っているでしょう!」
ようやく魔王としての利点が働いた瞬間。
しかし、強い魔物のみ残っているとなるとこれもまた厄介。弱い魔物なら対処するのも簡単。でも強いとなると難しい。強いからと言って魔王に挑むことはないだろう。
自身を強いと考える魔物はこのあたりにいるのだろうか…知性を持っていれば、会話を通して何らかの交渉はしてくるはず。知性がなければ魔王覇気の影響で本能的に逃げるだろう。
「もし、襲われたらエルシアの責任ということですね。」
「そう言われると…やっぱ覇気まとわせておくのやめておこうかしら…」
前方の馬車から”ただいま、お母さん”という声が聞こえた。リズが帰ってきたのだろう。これで全員揃っただろう。
あとは安全に森を抜けていくだけ。
私とエルシアは見張りの位置について馬車を進める
しばらくして―――
「森の中に入る!期間はおおよそ10日間。気を抜くなよ!」
エルさんの声がかかるとともに騎士団の気合も入る。
そして森の中を進んでいく。
初日はなんの問題もなかった。
日も沈んであたりは何も見えない。進む道は見えるが、先は見えない。
さすがに夜の間に進むのは危険だとして、野営する。みんなで火を囲む。狩りに出かけると言って何処かに行く団員もいた。
一方エルシアは怪訝な顔をしている。
「…どうしましたか?エルシア」
「魔物を寄せ付けないよう、魔王覇気を漂わせているのよ…」
「大変ですね…」
「ただ放っているわけじゃないのよ。この馬車には、獣人のハウルもいるのよ、彼は私の魔王は木が影響するから範囲を指定しないといけないのよ」
「やったことないので分かりませんが、大変ですね」
そういえばハウルも同乗していた。親だから考えれば当たり前か
前方の方でエルさんが”魔物の気配が全くしないな…”と呟いているのが聞こえた。エルシア様様だな
エルが呟いた後、皆が声を抑えて焚き火のパチパチと言う音だけが聞こえる。
状況がわからなくて、聞きたくなるのは山々だが私自身も立場をわきまえ同じように声を押さえる。
「火を消せ…はぐれないように動くな…」
エルさんが小声でみんなに伝える。
…
……
………
五感でできる反応は一切ない。魔力探知がある者にとってはなにか感じているようだが、私が知れる余地はない。
静寂を破ったのは小鳥が慌てふためいて鳴いてあげた声。バサバサと乱暴に羽を動かした音。
固唾を飲む。
………
……
…
風が吹くよりも高い音が流れていくように森の中に響き渡る。
第六感で感じ取ったのだろうか…視線を向けるとローブを被った何かがいる。明らかなのは人ではないこと。
逆によく発見できたと思う。こんな暗闇の中黒いローブをまとった何かを視線に捉えられたことに。
不思議にもその視線は離せなかった。嫌な予感がしたからだ。
―――
突然左肩に激痛が走る。離せなかった視線は左肩に移る。
この痛みの原因はエルさんだった。
”私の左肩に剣が刺さっていた”
骨にまで当たって砕けていた。私は最初何もわからなかった。痛くて考えられなかったのもそうだが、何よりエルさんが私に剣を刺していたことが原因だった。
そしてすぐその後答えを知った。
ものすごい暴風とともに地面がえぐれたあとが残っていた。
「サイコパスだ!」
エルさんが大声で叫んだ。
騎士団のみんなが隊列を組む。
しかしサイコパスは森の中に入っていき、姿を隠した。
サイコパスの目的は私達の全滅か、それとも他のなにかか。
ここである考察が思い浮かんだ。
”大抵の生き物は近づいてこないわ。”エルシアの放った一言だ。
サイコパスのランクはS。Aランクよりも一つ上、神聖魔法があればBランクと言ってもいいが、この場でサイコパスに通用する神聖魔法を使えるものがいるかどうか。知る由もなかった。
結論としてはこの場にはいなかった。この場にいる魔道士は誰一人として攻撃性のある神聖魔法を扱える者がいなかった。
どうしようもなかったのか?
どうしようもなかった。
無力だなって。ただただ人の顔を見て行動をするしかなかった。
どうしたらいい?そんなことさえ聞けない。
聞いたところで、聞く耳を持ってもらえるかどうか。
みんな自分のことで精一杯だった。S ランク相手に他人に構っている暇など到底ない。
誰一人として、周りを見ていない。
多分周りを見ていたのは無力な私だけだっただろう。
エルさんの顔は怖かった。苛立ち、復讐、後悔、色んな感情が混ざっていた。
その時だけは、リズを他人としてしか見ていなかった。娘だろうが、命の恩人だろうが関係ない。
リズがエルさんの元へ行き、何かエルさんに話していたが、エルさんは何一つ聞く耳を持っていなかった。…そんな暇はなかったのだろう。
何も考えず、自分の元へやってきて助けを媚びる。そんなふうに捉えたのだろう。
―――リズを突き放した。
リズは唖然としていた。
自分がお母さんにかけた言葉とはあまりにも想像と離れていたからだろうか。
目を丸めて口が開いていた。驚いていた。目には涙を浮かべている。
私も察して地面に倒れているリズを抱えて馬車の中に入っていった。
私達の身を守るためじゃない、エルさんたちの邪魔にならないためでもある。
幸いエリスはすでに馬車の中に避難していた。
私達ではどうにも出来ない。ただただ他人任せにしか出来なかった。
―――
どうしてこうなった…
そう呟いたのはエル。状況の判断が追いついていない。
ルークには申し訳ないが、あれが最善の行動だったと今でも思っている。
しかし、その代償に剣が砕け散ってしまった。
昼間に魔物がいなかった原因もこれだろうと推測を立てる。
どちらにしろ倒さなければ何も変わらない。
サイコパスが森の中へ戻っていく。
状況は最悪。サイコパスは魔力探知には反応しない生命体。魔力を持たないというわけではないが、体内に持つ魔力濃度が極めて空気中と近く、探し出すのが困難である。
しかし、探し出すのが出来ないというわけではない。
空気の動きを夜も取ることで居場所を特定できる。だが、行うには相当の集中力が必要。
誰かが足元から声をかけてきたが、それどころではない。だから手で払い除けた。一人に構っているより、みんな全員助かる道を選ぶ。
自分の背後に衝撃波が生まれた。
攻撃が来る。
どのような攻撃が来るかどうかは目視でないと確認できない。夜という視界が霞む空間の中、見極めることは出来ない。
咄嗟の判断で避ける。
避けている途中でサイコパスを視界に捉える。
タイミングを逃さないようにエルシア様が拘束魔法を放ち、サイコパスを捕らえていた。
この気を逃すまいと、雄叫びを上げる。
「捕らえた!!!」
騎士団全員の耳に入り、攻撃を始める。
しかし、役に立つのは魔道士のみ。
サイコパスという精神生命体に攻撃が通じるのは魔法攻撃のみ。物理攻撃など殆ど通らないのだ。
魔道士が詠唱をして放つ、また詠唱をして放つ………
私はただ見ていることしか出来ない。
剣を持つ私にはどうしようも出来ない。
過去ではリズを助けるために行動をするので手一杯で自分の力量を知ることもなかった。
私ってこんなにも無力なんだ…
時間だけが過ぎていく。
サイコパスはエルシア様の拘束魔法から逃れようと暴れる。エルシア様の表情も険しくなり、そろそろ限界と知る。持って後数分。
この機、割りには合わなかった。エルシア様の拘束魔法とサイコパスの体力の削りが。
ただただ、私達に残されたエルシア様という切り札を潰しただけの結果となった。
状況は劣勢になった。
残された選択肢は、立ち向かうと、リスクを取ってみんなで逃げる、誰かを囮にして逃げる。
考える時間はあった。タイムリミットはエルシア様の拘束魔法が解けるまで。
誰かを囮にするというのは私が許さない。それと誰も許さないだろう。
リスクを取ってみんなで逃げる。森を抜けるには後9日はかかる。逆戻りするとなっても、半日。決して確実に逃げられる選択肢ではない。それに逃げた先でもサイコパスが諦めるかどうか…
残されたのは立ち向かう。
世の中は弱肉強食。最後まで抗った者が勝者だ。
「最後まで抗う覚悟は良いか!!!」
返事するものは誰もいない。しかしエルの放ったその言葉は騎士団員全員の背中を押した。
覚悟できていないものなどいない。騎士団としての誇りを……
―――『全てを隠しき白き布、内に秘めし闇は外見に偏らず。格差を隠し、無知を賢しがり、自身を偽り、嘘をつき、やがて堕ちて逝く。白き布に溺れ、自身を見失い、誰でもなくなった者、誰一人として見捨てん。覆われし者を闇へ葬り、原初に還せ。』―――
―――ヴェール―――
天から声が聞こえた。
次に見えた光景は、サイコパスが白い布に覆われていたこと。
優しく包みこまれ、小さく、小さく、小さく、小さくなっていく。
誰も目を離せなかった。美しかった。奮い立たされた覚悟も忘れてただただ見ていた。
気付けばサイコパスの姿が消え、全てが片付いた。
『また会いましょう』
天からの声だ。
―――白い残響―――




