第23話:私の価値
昼食の時間だ。
冒険中の簡素な食事だ。パン、スープ、干し肉、水。このくらい。
スープの煮込みに時間がかかったのだろう。それ以外は在庫からすっと出せばいいだけ。
配膳係の人から食事を受け取り、すこし離れた地面に座る。
少しするとエルさんも食事を受け取り、ルークの元までやってきた。
「にしても、強くなったよな?ルーク」
「そうですか!?嬉しいです!」
「足の運び方、剣筋、攻防の見分け…ほとんどできてるし、もうほぼ教えることはないんだよね…実は…」
「そうなんですか…でもじゃあ、どうしてエルさんには勝てないんですか?」
エルが難しい顔をする。でも真実を伝えるために口を開く。答えは簡単だった。
「残酷だが、体格の差だ。……これが事実なんだ」
「うすうす分かってはいましたけどね。」
「……そうだな…今のお前は成長期だ。たくさん食べれば、体格は良くなる。今のうちに色々しておけよ?」
ルークからの返事が以外にもあっさりで、すこしエルは戸惑った。正直、大人と子どもの覆せない差に絶望でもすると思ってた。でもかすかに、このような状況になることは感じていた。
「わかりました!それと、あの姿が消えるくらいの速さで動くアレ、教えてくれませんか?」
「これもだな……ルーク、今のお前には筋力が足りない…」
「でも、やり方だけでも気になるんです!」
大人と子どもとの力差を一方的に突きつけられるが、会話は一方的に弾んでいく。
”別に今は使えなくてもいい”そんな考えがルークの頭の中にある。
興味がないといえば嘘になるが、ルークは今やり方を知りたいのではなく、その体の使い方からどう応用すれば、あの場面で回避できただろうか?、上手く受け流せただろうか?、チャンスを作り出せたか?そんな事を考えている。
昔は、”剣を振ってみたいな”程度で考えていたが、今となっては、魔法の次、同等に興味が湧いている。
「おっと、話し込みすぎたか…そろそろ出発しないと行けなさそうだ」
周りを見渡すと、武具の手入れをしている人や、準備している人、食器を片付けている人、まだ食べてる人など色々いる。
エルさんが”そろそろ出発するぞー”と声を掛けると、まだ食事をしている人は急いで口に入れ、馬車に乗り込む。他の人も同様に
そうしてまた馬車が動き始める。
「そういえばエリス…」
「!?なに!!!」
あまりにもの勢いで返事をされたので振り返る。目をキラキラさせてこちらを見ていた。何かを期待している、なにか欲しいときの目だ。
「うん…えっと、リズを見ませんでしたか?」
「…見てないよぉ」
なんか暗い顔をされた。なんか悪いことでもしたかと考えたが、心当たりがない。
「エリスちゃんが、なんかルーク最近冷たくてさみしいって言ってたわよ?」
「!?そ、そんなこと言ってないよ!」
「ごめんさい、エリス。最近、気が張ってたと言うか、目先のことばかり考えててエリスのことまで気が回らなかった。」
「そっか、僕のこと嫌いになったわけじゃないんだね」
だんだんと顔が笑顔になっていく。多少の誤解は必ず生まれる。徐々に直していくのが必要。
大きな問題も、小さな問題も解決しながらゆっくりと目的地へと近づいていく。
―――
お昼ご飯は最後の方に取りに行った。
なんでかわからない。でもできる限り人と会いたくない。そんな気持ち。
「どうぞ、リズちゃん。早く食べないと出発しちゃうからね」
「ありがとうございます…」
色々話し声が聞こえる。笑い声も。
特に笑い声が心に響く。
”なんでだろう……バカにされてるのかな…”
馬車の中に戻って、昼ご飯をゆっくりと食べる。
味がしない。もともとそういうものだが、今日に限って全く味がしない。
………
……
…
黙ってゆっくりと食べる。
「そろそろ出発するぞー」
私は食器を片付けに行った。
食器を預けた時なにか言われた気がしたけど、全く覚えてない。
今はお母さんが馬車を引っ張ってる。
「……なあ、リズちゃん、なんか元気ないみたいだけど大丈夫?」
声をかけてきたのはフェリックス。
「はい、お昼ごはんがあまり美味しくなかったからかもしれません」
「っはは、そんなことかよ。まだまだ子供だな」
一瞬怒りが込み上げてきたが、今は反論する気力もない。
「まっ、今の話も全部ウソだろ?もっと深い何かだ」
「いいや、そんなのないですよ…」
「ほらそうやってまた嘘を付く。まるで、団長みたいだな」
エルみたいだな。その言葉につられて、顔を上げる。
「ほらこれも、全く同じ顔だ。」
顔が見られて恥ずかしいのか、ゆっくりと顔をまた隠す。気づいてほしいのだろうかゆっくりなのは…
「自分から言わないとわからないぜ?俺だって」
「…黙ってて」
「はいよ」
フェリックスに初めて強い言葉を使った。
フェリックスも反応して黙ることを選択した。フェリックスは何をしたいんだろうか。
黙っててもらうのはいいが、一人になれているわけではなくて…
「…どっか行ってよ」
「黙っててはやるが、どこかにはいけないな」
「どうして」
「それは…よくわかんねえな」
「…」
このまま数時間沈黙を貫いた。
その時、フェリックスが立ち上がって、一言だけ告げる。
「…親の前で闇を隠す必要はないぞ………エル団長、交代だ」
幕が開けられて見えた外の景色は夕焼けだった。気付けば時間が経っていた
「……おう、ありがとな」
幕が閉じ、馬車の中が暗くなる。
「…なんでこんな暗いんだ?…寝てたのか」
そう言って、お母さんがランプに火を付ける。
「ああ、起きてたのか、リズ。」
見つけてくれた。そんな気分。
「……」
リズを見つけてくれた。今なら見てくれてる。そんな気がしてなにか話したいが、口にしようとしても声が出ない。
「そういえば、お昼ごはんちゃんと食べたか?リズが見えなかったから心配したさ」
「うん、食べたよ」
そしてまた静になる。聞こえるのは馬車の車輪が回る音、エルの片付けている音、そしてかすかだが、他の団員たちの声。
「…お母さん、手伝う?」
「んー気持ちは嬉しいけど、後ちょっとで終わるから、ごめんね。」
そう言って、エルがリズの頭を撫でる。
はじめてお母さんの手をちゃんと感じ取った気がした。
以外にも手がゴツゴツしてて、硬かった。
リズの手を触っても全然柔らかかった。なんであんなに硬いのかはわかる。
私もあれくらいすれば…と思った。
エルの片付けが終わった。剣を手元において、リズと対面になるようにして座る。
「ごめんな、リズ。今日はずっと気を張って過ごしてたから疲れたんだ。だから、ちょった早いけど寝るね」
「…お母さん、一つ聞いてほしいことがあるの」
「なんだ?」
「………う…やっぱなんでもない。おやすみお母さん」
「……実は、リズとあいつの話聞いてたんだ。それに、あいつが言ったんだ。”リズが話せるのも今だけ、団長が話を聞けるのも今だけ”ってな。それだけ大事な話だろ。」
ランプの灯りに照らされたエルの顔は、確かに疲れている。けれど、その目はまっすぐにリズを捉えていた。
「……お母さん」
リズは、自分の手を握りしめた。 お母さんの手は、あんなに硬かった。それは、何かを守り、戦い抜いてきた証だ。それに比べて、自分の手はあまりに白く、柔らかい。
「……どうしたらいいの」
お母さんに怒られて、言い返されるのが怖くてうまく言えない。それに口下手で言いたいことも言えない。本心だけど本心じゃない。
「……何?」
「お母さんは、ルークといる時、すごく楽しそう。私にはわからない話をたくさんして、笑って……。ルークはすごいよ。お母さんと同じ景色を見てる。でも、私は……何もできない」
声が震える。でも、言いたいことははっきり言えた。
何も出来ない―――
「お母さんが片腕になったのは、私のせいなのに……。私はお母さんの背中を守ることもできない。ルークみたいに強くもなれない。……私は、ただの荷物だよ。お母さんが旅に出たのも、ルークを連れてきたのも……意味があってでしょ。でも私は…」
けれど、次に感じたのは、あの硬くてゴツゴツした、大きな手の温もりだった。 エルはリズを力任せに、けれど壊れ物を扱うように抱き寄せた。
「……そんなわけ無いだろ……」
言いたいことは全部言えたけど、気持ちが晴れたわけじゃない。
「…お母さん、ルークにもう教えることはないって言ってたよね。」
「ああ、言った。あいつはあいつで認めなきゃいけない。」
「じゃあ、私は?…まだ、すごいねってそんな事言われたこともない。私だってずっと頑張ってた。一回ルークと戦って負けた後ずっと。でもまだすごいって言ってもらえない。どうせ私なんてお荷物なんでしょ?リズだって……」
言いかけた言葉は止まる。わがままだろうか、それとも言ってはいけない言葉か。
それを気にもとめず、エルは話を聞く。
言いかけた言葉の後、お互いに黙ったままだったが、だんだんとリズの小さく泣きじゃくる声が聞こえる。
でも決して大きくは成らず、小さいまま。
「…ねぇ、お母さんは私のことどう思ってるの」
「リズは、私の…たった一人の娘だ。」
「だから、もうやめてよ。そうやって娘って……私はなんなの!?お母さんの所有物なの?」
「違う!違う…リズが考えてること、私にはわからない。
……ごめんね、わかってあげられなくて」
顔はエルから見えないが、リズの目は大きく開いた。
………
……
…
二人の間に沈黙が続く。
―――正直に言えないリズの葛藤。
―――わかってあげられなかったエルの後悔
先に口を開けたのは
「リズも、ごめんなさい。早く言えばこんな事になってなかった」
「私もわかってあげられなかった。」
二人のあいだにあった壁が消えていった。
「……リズ、実は夢があるんだ。」
「どんな夢?」
「勇者になる夢」
「じゃあ、もっと強くならなきゃいけないね」
「だから、私にも明日稽古してよ」
「そうね。わかったわ。」
リズの叶えたい夢のために―――
リズ、あなたは私のたった一人の娘なんだから。
―――私の価値―――




