第22話:観察
横に流れる景色は森。空の具合いは快晴。
馬車からは楽しそうな笑い声や、面白い話が聞こえてくる。
昨夜作業していて朝から寝ていた団員たちは続々と目を覚まし始めている。エルさんも例外ではない。
でもリズの姿は見えない。未だ寝ているのだろうか?
―――
森の横を通り過ぎてかなり時間がたった。エリスが馬車の中で色々言っている…
「エルシアお姉ちゃん、ここわからないよ…」
「んー私もわからないわね…ルークならわかるんじゃないかしら?こういう時、すごく役立つからね」
「…わかるわけ無いでしょう…(私の創った炎魔法理論ね……こういう変なタイミングでエルシアは話振ってくるからな…)」
「ほら、ルークもわからないって言ってるよ?エルシアお姉ちゃんめんどくさい時ルークに任せすぎ!」
「そうですよ、エルシア」
「私だって役立つときは役立ってるのに…」
そう言ってエルシアがしょんぼりしてしまった。でも食べ物とかで釣ればすぐに機嫌よくしてくれると思うので今は放置。
少しすると馬車が止まった。
「よっしゃ!昼ご飯にするか!」
エルさんがみんなに提案をかける。みんなも反応し、それぞれが準備を始める。
昼ご飯を調理する人は分担され、数人で十数人分の調理を行っている。
分担街の人はと言うと、見張りや、血気盛んな人はすこし遠くに出かけて魔物刈りをしている。
昼ご飯が完成するまでの間にルークはエルさんに稽古をお願いする。
「エルさん、稽古をお願いしてもいいですか?」
「そうだな…せっかくならみんなでやるか」
「「「え…」」」
団員のみんなが退いていく。
(明らかに嫌がるって、団員になったときの訓練ってどれだけ厳しいんだ…)
「ま、まあいいじゃないですか、今は実質、自由時間なんですから…」
「そ、そうですよ団長!」
ルークが弁護するのと同時に稽古に参加させられそうな団員たちが避けるための言い訳を始める。
「あーもういいよ、そこまで言うならさ…」
エルさんも諦めた。
ということでエルさんとルークの一対一の稽古が始まった。
「私はまだ寝起きだし、ルークも移動だけで体は動かしてないだろ?最初は柔軟からやろう」
「さっきの戦闘は寝起きであの動きができるのですか?」
あの瞬間移動みたいな動きを寝起きでできるとか、どんな世界を生きているのか…
「あれは身体強化で無理やり体を動かしたんだよ。おかげで今、足の筋肉痛がひどいけどな…」
「やはり魔法による身体強化ですか…」
「とは言っても、9割は自分の筋力だけどな」
「!?ほぼ魔力無しであの速度?」
ルークは魔力探知も使えないため、エルさんがどの程度の身体強化を施していたのかわからなかった。
「正直に言うと、筋力って言うより体の使い方だな…多少の筋力は必要だがな…」
「そうなんですね!さっきの高速移動はどのように体を動かしたらいいのですか?」
「残念だが、体の使い方は言葉で教わるより、体で覚えたほうがいい……というか言葉で教えても伝わらない」
「確かにそうですよね…」
ほぼ魔法で、言葉だけの世界の中で生きてきたルークにも多少は納得できる部分がある。友人から実験の方法を聞いた時”フラスコにバーってやってブォーってやってさーってやればボン!”って言われたのを思い出した。
「でも、この技が誰にでも通用するわけじゃないんだよ…前に動体視力の話をしただろう?動体視力が高ければ私のあの速さも普通に感じる。格下に見せつけくらいががちょうどいい」
「私にはまだ認識できていなかったので、まだまだです…」
「気にするな、いつかはできるようになるさ…そろそろ柔軟も終わりにしよう。さて、何を所望だ?」
「対人です!」
―――
ルークの攻撃をはじめで、対人戦が始まる。
剣と剣を交え、躱して、ぶつかり合う。そしてしばらくの凪。
時が熟して、攻撃が出るタイミングが重なる。しかし、攻防の均衡は動かず。
長い時間が経ったが、未だに攻防は均衡を保ったまま。
しかし、明らかな違いが生まれている。お互いの表情だ。
エルさんは依然として余裕な表情を保っているが、ルークは疲労していた。ここから勝負は決まってくる。相手に余裕さを見せつけるだけでも相手に大きな絶望感を与えることができる。
そこから動きが乱れ、攻防の均衡が崩れ始める。
さっきまで防げていた攻撃も受けきれなくなり、体に当たる。蓄積されたダメージはさらなる体の動きを抵抗する。
出せる力を出し攻撃を防いで、一旦退く。
「どうした?もう終わりか?」
「いいえ、未だ!」
「いいぞ!その意気だ」
稽古の内容はエルがルークを圧倒しているが、そこには見えない壁がある。
なんと言おうか。絶対の弟子だろうか…わからない
その稽古の雰囲気にほかあの団員たちが集まってくる。
タダ剣をぶつけ合うだけではない。間があり、間合いを取りつつ、相手の攻撃を予測する。
そこには高度な駆け引きがある。
それに対峙しているのは大の大人と、9歳の子供だ。
大人は手加減しているとはいえ、9歳の子供があそこまでの駆け引きをしている。それに片手だ。
「ルーク!いけぇぇ!!!」
外野から声援が届き始めた。
「おいおい、ただの稽古だぜ?」
この雰囲気をわかっていないエル。ルークが5歳の時から見ていればこんな風景は慣れっこだ。
それもお構い無しでルークはエルに集中する。
そして、エルが終わらせにはいる。
ルークの視界からエルが消える。そしてエルは剣を振りかざして…
―――
(流石に、そろそろ限界だ……)
最初こそ良かったものの、体力に限界が来ており、攻撃を受け始めている。
防御、回避その他の行動に対しても鈍りが出ていて、負けは確実。
でも、抗うことはできる。
一旦距離を取って体制を立て直す
「どうした?もう終わりか?」
「いいえ、未だ!」
この一時の間で気合を入れ直す。
でも、受けた攻撃が行動をするたびに痛んで、動きが鈍る。気合を入れ直したとしても、形勢は変わらない
それでも怯まずに、エルさんに集中する。
観察する……
(……体が傾いてる…?)
気づいたときにはすでにエルさんの姿は消えていた。
咄嗟にエルさんが体を傾けていた方向に剣を構え、防御の姿勢を取る。
「へぇ、やるじゃん!」
エルさんが喜々とした声をかけながらルークに近づく。
手には剣はなく、遠くに刺さっている。そして、じんわりとした感触が残っている。
「本当は、あのまま軽く叩くつもりだったけど、構えられてたから弾いちゃった」
エルさんの稽古プランが明かされる。
「いや、たまたまですよ…」
「でも、体傾いてるの見えただろ?それでなんとなく予測して守ったわけだろ?」
「え、はい…そうですね」
確かに体が傾いているのを見たのはそうだが、守ったのは咄嗟の判断と勘で、実力とは関係ない。
「多分、私が体傾いてるのを見分けられるのは団員の中でもフェリックスくらいだと思うぞ?そうだよな?フェリックス?」
「え、あ、はい…そうですね」
なんとも情けないような、はっきりしない返事をする。
「そろそろ、昼ご飯が出来た頃かなぁ……おーい!できたか?」
エルさんが調理分担に聞く
「はーい!エル団長!もう盛り付けできまーす!」
「よっしゃ!食べるか!」
ということで、調理が済み、昼ご飯の時間となった。団員たちがぞろぞろと昼ご飯がある場所へと集まっている。
「稽古の話は昼ご飯食べ流れにでもしよう」
「はい!」
稽古の反省会は昼ご飯を食べながら聞くこととなった。
―――
目が覚めると、何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。
幕を開け、外の様子を見ると、
お母さんと、ルークが戦っていた。
最初はなにかと思ったが、お母さんの表情に楽しさと、嬉しさが見えて、ルークの表情は苦しそう(?)でも楽しんでそうにも見えた。
それで、喧嘩とかじゃなくて稽古してるんだなぁって気づいた。
(それもそうだよね…ルークがあんなに強いのも私のお母さんが鍛え上げたからだよね…今更喧嘩するわけないよね…)
そう思ったリズ。
二人を観察していると、気づいたことがある。
ふたりとも戦い方が似てる。ふたりとも片腕だからにてくるのは承知の上だけど、それにしてもにている。
足の運び方、間合いの取り方、詰め方、防御するときの姿勢、動き出すタイミング。
私みたいに二人だけの視点じゃなくて他から見ると、全く同じ人が戦っているみたい。
そう考えてる内に、ルークが一旦距離をおいた。
一瞬静になる。次の行動で決まるって誰が見てもわかる。
二人の間に距離があるため、凝視するのはどちらかに限られる。
リズが選んだのはお母さん。
特に勝ってほしいというような気持ちはないが、今の状況で優勢なのを見ることにした。
注意深く見ていたのに、そこには誰の姿もなかった。
次に姿が見えたのは、ルークの横ですでに剣を振った後の姿。
ルークの剣は空高く舞いっている。
「へぇ、やるじゃん!」
お母さんのその言葉にリズが反応する。
(どうして、またルークばっかりお母さんに認められるの…?)
心の中の声だが、そこに含まれる感情は落胆。
幕を閉じて、外の景色から離れる。聞こえてくる声もはぐらかして、うずくまって横になる。
「リズちゃん、お昼ごはんだよ。早く取りに来ないとなくなるよ」
フェリックスの声だ。優しく声をかけてくれるが、逆に罵っているかのように聞こえてきた。
初対面というほどではないが、それなりの関係はないので普通に返事をする。
「わかりました。ありがとうございます…」
幕が閉じる音がして、中が暗くなる。
―――居心地がいい……こんな私には合っている
そう思って、悲しさを紛らわせる。でも隠しきれない
…お母さん、どうして…なんで…
ルークだから……?私だから……?
―――お母さん、私のことどう思ってるの?
―――観察―――




