第20話:決意
目を覚ますが、まだ日は昇っていない。
ふたりともまだ寝ているので、先に行動する。すでに荷物はまとめられ、あとは軽く食事を取った後に部屋を出ていくだけ。
しかし、宿のチェックアウトがまだ済んでいないので、手紙とともに宿泊費を入れる。
食事代はその都度払っていたので換算されない。
”宿主様へ
この4日間、宿泊させていただきありがとうございました。最後に挨拶ができぬまま出ていってしまうのをお許しください。ここの朝食と夕食はとても美味しかったです。また機会があれば宿泊させてもらうかもしれません。代表して、エルシアより―――”
―――
目を覚ますと、エルシアが机に向かっている。
何事かとは思ってないが、色々準備してくれているのだろう。たまに頼もしいのなんだろう?
「おはよう、エルシア」
「あら、起きていたのね。ゆ…る…ゆ…ルーク」
やはり前言撤回で頼もしくはないかもしれない。二人きりだから今はどっちで呼ばれてもいいけど
「荷物は昨日の内に全部まとめておいた。後は出発するだけ、朝食は馬車の中でもいいかなって思ってる」
「そうね、そこはエリスちゃん次第ね。お腹が空いて入れば先食べてから行ってもいいかもしれないわね」
「エリスを起こしておいてくれ。私は外に行って馬のアレックスを見てくる」
「あら名前つけたのね。力強くて頼もしい名ね」
そう言ってルークは外の馬小屋に向かった。アレックスの調子は絶好調で出発はまだかと待っているようだった。
(寒い…よく元気でいられるなアレックス…)
「アレックス、これから出発するからたくさん食べておいて。どんぐらいで進んでいくかわからないし、途中でお腹すいたとか行ってもエルさんの邪魔をするわけには行かないから止まれないし…」
ヒヒィン…と気分を少し落とすような声で返事する。
「でもそんな心配することないさ、アレックスは強い。自信持って!」
尻尾を振ったり、少し立ち上がったりして嬉しそうにしている。
「準備が出来たらすぐ行くからちょっとまってて」
アレックスにそう伝え、宿の部屋に戻る。
―――宿に戻って
「エルシア、エリスは起きたか?」
「おはよう、ルーク」
エルシアに聞くまでもなく、エリスがおはようと言ってくれた。
エルシアの膝の上にエリスが座っていた。中のいいことだ
「おはよう、エリス」
「エリスちゃん、お腹空いてる?」
「うーん…そこまで空いてないから今は大丈夫かな」
エリスの空腹具合は大丈夫そうで、もし途中でお腹が空いても、馬車に乗り込んでエルさんたちと合流するまでの我慢となる。
荷物はまとめられ、宿を発つ準備はできている。
後は宿代だけとなった
「ルーク、宿代はすでにまとめてあるから心配しなくていいわ」
「たまに頼りになりますよね…」
「いつもの間違いではなくて?」
「ねえ、ふたりとも喧嘩しないで。エルお姉ちゃんが待ってるから…」
大人げない二人である。エリスが一番大人びている…見た目は子供だけど。
それよりも、寝ぼけていないエリスも珍しい。エルと同行するとなると特別感があって気合が入っているのかもしれない。
「エリスの言う通りです。さっさと準備してエルさんたちのところへ行きましょう」
各自まとめられた荷物を持って、宿を出る。
エルシアが宿の受付カウンターに宿代を出していた。それ以外にもなにか置いているようだった。
(…手紙か?…まったく、こういうときは几帳面なんだよな…いつもはおちゃらけてるのに)
馬小屋につくとアレックスが凛々しい立ち姿で立っていた。
「気合入ってますね、アレックス」
アレックスが顔をルークの顔にこすりつける。会えて嬉しいんだろう。
「もう出発しますけど、大丈夫ですか?」
全員に聞くように質問を投げかける。アレックスも含めて
全員が頷いたので、馬車の中に荷物をまとめて、アレックスに手綱をつけて馬車にくくりつける。
「準備できましたので、出発しますね」
そうして、ルークたちはエルさんたちと数カ月の旅が始まった。
―――
(明日のお昼はじっくり休めるとはいえ、夜通しの作業は辛いな…)
ルークたちの会議の後、明日のに備えてエルは夜通しで準備をしていた。
そこにはリズの姿もある。他の人とは距離を取り、ひとり黙々と作業している。色々指示を出して準備しているエルさんとは対照的だ。
「…よし、明日昼に活動するものは今日は寝て明日に備えろ。残りの者たちは私と残りの準備に取り掛かれ」
夜中なので返事はないものの、それぞれが確固たる意思を持って行動している。”この任務を完遂する”と。
「…リズ、手伝ってくれてありがとな。お前はもう寝てなさい」
「…」
親から声をかけられたが、準備するその手は止めず返事を無視する。反抗期といったところだろうか…
「…わかった。じゃあ、最後まで準備、手伝ってくれよ?」
とりあえずでリズは頷く。
(さて、どうしたものか…とりあえず、持って行く荷物は一時的に持ってこれた。次は不足がないかチェックだな……ああ、この確認作業が終わってからあいつら帰らせたほうが良かったな)
そう。確認作業というのは集中力が必要。今は真夜中、睡魔に襲われつつ、一つづつ確認していかないといけない。
膨大な時間もかかるため、より集中力を切らしやすくミスが目立つだろう。
「エル団長…これはお察しの通りでしょうか?」
「ああ、お察しの通りだ。あいつらが帰る前に済ませておくべきだったな…」
「最低3回確認…」
「ああ…」
「不備があれば追加で調達…」
「ああ……」
「朝日を見るほうが幸せそうです…」
「ああ………」
絶望に染まった瞬間である。
人は絶望の淵に立たされた瞬間、本来の力を発揮するらしいがこればかりは難しそうである。
3回同じことを繰り返すだけ。
一回確認してゴールかと思えば、まだ二回残っている…それに不備があれば足りない分を調達してこないといけない。闇が深い……
「確認開始…」
「「「団長も手伝ってくださいね〜」」」
自分は監督さえしていればいいと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
逆に言えば、団員が団長にこれだけ気軽に声をかけられるのもお互いに信頼しているということでもある。
団長だけずるい〜、とふざけ半分な言葉も通じるのでそれだけ仲睦まじい。
それに答えるべく、エル団長も(しかたなく)確認作業に移る。
「1番確認……2番確認……3番不備…―――17番確認……18番不備……19番不備………って、おい!寝てんじゃねえか!」
「…!?、ああ!ごめん…眠くて…」
とまあ、想像の通りで爆睡まつり開催中である。
エルはというと、いつも開いている目の半分を開くのが限界。ギリギリ意識を保ちながら確認の印をつけている。
「エル団長、これで最後です…30番確認…」
「はいよー」
続々と確認が終わり、一回目のチェックが終わる。
確認ドーン、不備ドーン、追加調達ドーン。
追加調達しに倉庫へ向かう…
「不足分の物資を持ってくる前に、ちょっと休憩しないか?とびっきり目が覚めるやつ」
そう言ってエル団長は準備に取り掛かった。
準備して取り出してきたものは氷水が入ったバケツ、コーヒー、緑茶。
「氷水は顔とか脚に浸けると、目が覚めるぞ。コーヒーと緑茶は目が覚める成分が入っているからすごく目が覚める。どうだ?聞いてるだけでも目が覚めてきただろう?」
各隊員、顔に氷水をつけたり、足を入れたりしている。
今の時期寒いが、厚着をしているので体感は寒くない。だから作業していると厚着で暖かくなって余計眠くなる。冷たさを感じると目が覚めるだろう。
コーヒーや緑茶は隊員みんなで淹れ合い、雑談しながら飲んでいる。
「手伝ってくれてありがとな、リズ。これでも飲んで少し休んどけ」
「ありがとう、お母さん」
エルはリズにも緑茶を渡す。淹れ合いの間には入れなかったので飲めなかった。エルはそれに気づいて、リズに届けた。コーヒーじゃないのは子供には苦すぎるというエルなりの配慮だ。
「さあ、休憩もここまでにしてさっさと終わらせるぞ」
「「「おーーー!!!」」」
士気十分。朝日が登るのを限りにしたとしても永遠にも感じる時間を確認の時間に費やした。そして気付けば確認は終わっていた。
「はぁ、ようやく終わったな!おつかれ!各隊員、それぞれの馬車に乗って好きに時間を過ごしてもかまわない。」
「エル団長、どうせみんな寝るんでちょ―っと一言多かったんじゃないですか?」
「っはは、だろうな。」
隊員と軽く会話し、みんなが馬車に乗り込んだことを確認すると、
馬小屋に向かい、餌をやる。そのあと、戻り馬車の状態を確認する。
(…流石に眠いし、疲れたな…やり忘れがあっても明日動く奴らがどうにかしてくれるだろ…)
そうして、エルも自分の馬車に乗り込んで横になる。
「…お母さん」
「どうした?リズ」
「お母さん、今日の朝にはもう出発しちゃうの?」
「ああ、そうだ。お留守番頼んだよ、リズ」
リズの目には涙が溜まっている。その潤んだ目はエルを捉えている。
「あの日約束してくれたでしょ?リズはリズでいていいって。なのにどうしてまた、リズの行動を縛るような事を言うの?リズはもう一人でできるよ…」
弱々しい言葉で言う。あの日約束してくれたのにどうして破るのか…?
あの日エルはリズに誓ってくれたが、それはただの言葉だけで、まだリズは未熟なんだと言っているように思える。
ルークに負けた事実が影響しているのもある。それがまだリズが未熟なことを教え込まれているように感じた。
だから、もうお母さんはリズのことを見てくれていない。実力のあるルークしか見ていないって……
だから、私を誘わないでルークをこの遠征に誘ったんだって……
でも真理は違う。
「リズ、お前行きたくなさそうにしてたじゃないか…だから多分いかないんじゃないかって思ってて…
てことは、ついていきたいってことか?」
「…そう…」
―――多分いかないんじゃないかなって―――
まだ自分が必要とされてないような言葉が混ざっていた。
リズだって、お母さんについて行きたくてお母さんと約束したあの日からずっと鍛錬してた。今日の夜だって準備を手伝った。
「っはは、全然いいとも。でも、厳しい旅になるはずだ?それでもいいのか?」
「…もう決意は固まってる」
目に溜まっていた涙を袖で拭い、一直線の眼差しでエルを見る。
「その目、ルークに似てるな…約束したあの日を思い出す。…となると、リズの分の食料も準備しないとな…一緒に準備するか?」
リズは笑顔で頷く。
―――決意―――




