呑気な居残り組
(客観視点)
一方その頃。
居残り組となった他の陰たちだったが。
侍女頭であり彼らの教育係でもあるメアリーによる厳しい使用人教育からやっと解放され、全員、地下練武場にてぐったりとしていた。
「あ~……本当勘弁して欲しいよ……俺たちに使用人教育とか、絶対に無理だって……」
仰向けに寝っ転がってそうぼやいたのは小人族のフィンクだ。
「そうですねぇ~……。今までが今まででしたからねぇ~」
そのすぐ近くで横座りとなってくつろいでいた金髪ハイエルフ、アリアドネ・メリア・アルムクヴィストが間延びしたような声で応じていた。
そんな彼女の目の前にはもう一人、似たような見た目のエルフがいる。
名前をグラシエラ・メリル・アルムクヴィストといい、二人とも同郷の出として仲間内では知られている。
年はアリアドネが十九、グラシエラが十八と、エルフにしてはかなり若い。
不老長寿で永遠の命を持つといわれている彼女たちの見た目年齢は二十四ぐらいでストップすると言われている。
貴族のご婦人方がそれを聞いたらおそらく大挙して押し寄せ、若さの秘訣を解明しようと躍起になることだろう。
更に、双方ともに髪が腰まであり、人族が到底辿り着けないような気品と清廉さも兼ね備えている。
まさしく人知を超えた美しさを持つ種族と言えなくもない。
「だけれど、これはある意味、チャンスじゃないかしら?」
「チャンス? どういうこと?」
グラシエラの呟くような台詞に、アリアドネが応じる。
「決まってるわ。私たちは事情が事情だったし、これまでは本当に名前のとおり、日陰で生きていくことしかできなかったじゃない。だけれどこれからは違うわ。今後、ヴィクター様の指揮のもと、私たちは必ずや表舞台で活躍することになる。そうしたら、亜人や獣人であったとしても、真に生きているということを証明する機会も増えるんじゃないかしら」
「つまり、凝り固まった人族の価値観を覆すことができるかもしれないと?」
「えぇ」
まっすぐに見つめてくる彼女に、どこかのほほんとした雰囲気を漂わせている胸の大きなアリアドネは、
「確かにそれはあるかもしれませんが、現時点で私たちが今後、どのように運用されていくのか皆目見当も付きませんからねぇ~。正直に言うけれど、私はあまり期待してないかなぁ~?」
右の人差し指を顎に当て、上を見上げるようにする彼女。
二人は同郷の出ではあるが、別段姉妹というわけではない。
エルフ族は特殊な名前の付け方をすることでも知られており、この二人の場合だと、アルムクヴィストが集落の名前、アリアドネのメリアやグラシエラのメリルが部族の名前を表している。
ちなみに、二人の体型が明らかに異なるのもこの部族の違いが影響している。
アリアドネの一族は皆胸が大きく、魔法特化型として進化してきたと言われているが、グラシエラの一族はそうではない。
全体的にすらっとした無駄のない身体付きをしている。
一説によると、近接や遠隔戦闘術に特化した結果、そのように進化していったのではないかと言われている。
とまぁそれほどに違いのある二人は、考え方も性格もまるで違っていた。
「ていうかさぁ……コンラートたちばっかりずるいよな。なんであいつらばっか外遊び行ってンの?」
エルフ二人が話し込んでいると、寝そべったままだったフィンクが口を尖らせた。
そんな彼をグラシエラが見つめる。
「仕方ないじゃない。一応、元隊長と副隊長なんだし。それに、遊びに行ったのではなくて、仕事でしょう?」
「そりゃそうだけど、でもいいなぁ……街なんて、コソつきながらうろついたことしかないし」
グラシエラとフィンクの会話に、アリアドネも混ざる。
「確かにそうですねぇ~。堂々と大手振って歩いたことなんかまったくありませんでしたしねぇ」
「種族のこともあるけれど、一応私たちは公爵家の陰。仕方がないわ」
皆それぞれ出自も引き取られた経緯も違うけれど、公爵家に来るまでは一様に、相当酷い環境に身をやつしていたことは確かである。
あれと比べたら、引きこもり生活を余儀なくされている今の方がなんぼもましだった。
フィンクだけでなく、他のメンバー全員も同じようにそう思っている。
組織再編され、直接の指揮官がシュレイザー公ではなくなってしまったが、それは今も変わらない。
「まぁ、いろいろ思うところはあるけど、親方がヴィクターの旦那になったことで、今までやれなかったような面白いこともいっぱい起こりそうだし、個人的にはそういう意味では期待大かな」
そこまで言ってニヤッと笑うフィンク。
グラシエラも先刻内面を吐露したとおり、賛同するように大きく頷き笑う。
「本当にね。相変わらずお嬢様『命!』って感じでときどき暴走するのは勘弁して欲しいけれど、あの方だったら、なんとなく世界を変えてくれそうな、そんな気がするのよね」
言いながら遠くを見つめるようにする彼女に、アリアドネもまた微笑んだ。
「今後どうなるかはわからないけれど、確かに何かしてくれそうな気はします。楽しいことかどうかはわかりませんが」
そう結んだところで、それまでぐで~んとしていたフィンクが足を跳ね上げ、その反動を利用して上半身を起こした。
「――で、それはいいんだけど、肝心のそのヴィクター様たちに付いてったコンラートたちは今どこで何してるわけ?」
そう呟くように言い、目の前にいる背の高い二人のエルフたちを交互に見上げるようにする。しかし、
「フィンクって、本当に人の話聞かないわよね」
そんなことを言いながら一人の幼女が近寄ってきた。
テレシア・フェルメーレという狐族の娘だった。
長い金髪と、同系色の虹彩、縦長の瞳孔をした、どっからどう見てもフィンクと同じぐらいの背丈しかない女の子。
しかし、案に反して実年齢は三十歳だったりする。
狐族も寿命が長く、千年は生きるとされているせいか、見た目の成長がやたら遅いのだ。
しかし、精神年齢は既に大人である。
それゆえ、
「あぁぁ~~! ちょ、ちょっとっ。何するのよっ、アリアドネ!」
三本もあるふさふさの尻尾を揺らしながら近寄ってきた彼女を目にした胸の大きなエルフさんが、いきなりひょいっと彼女を抱き上げ、膝の上に座らせてしまったのである。
しかも、「いい子いい子♪」と、頭を撫でたり後ろからぎゅっと抱きしめたりと、やりたい放題。
「ちょ、ちょ~~っとぉ~~~! 私はあなたよりお姉ちゃんよ!? 子供扱いするのは止めなさい!」
幼女が駄々をこねているとしか思えない言動でイヤイヤをしている彼女だったが、アリアドネはお構いなしに、「うっふふ」と笑いながら頬ずりするのみ。
「テレシアったら、相変わらず可愛いんだからぁ」
「ひゃぁ~~!」
ひたすらにじゃれ合う二人だった。
「出たよ……アリアドネのもふもふタイム」
「はぁ……本当に何してるのよ、この人は」
呆れる二人を尻目に、のほほんエルフはひたすらニコニコしながら、大人ちびっ子な狐族の幼女を愛で続けるのであった。
内容が重複しておりましたので修正対応行いました(9/9 8:57)




