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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第5章】お嬢様の定期視察

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86.顛末、不穏な気配

「ヴィクター様……さすがにあれは酷くないですか?」

「おや? なんのことですかな?」


 流体魔法金属(ステラリウム)製の義手がもろに右頬に炸裂し、そのまま書棚に叩き付けられてしまった哀れな支配人(おとこ)


 そんな彼を、引きつった顔でエルフリーデ嬢がチラ見していた。

 現在私が使っている義手と刀は四年前のものと比べて格段に性能が向上している。


 流体魔法金属の研究も日進月歩だ。


 禁書に書かれていた術式や資料をもとに、様々な魔鉱石や魔結晶などの組み合わせを試し、魔力量や魔法金属の質を向上させてきた。


 ときには敢えてダウングレードさせ、強度や擬態の精度の向上が図れないか試してもみた。

 そうして今の品質に落ち着いている。


 まだまだ性能は向上すると思われるが、現在はこれが限度であり最高傑作というわけだ。


 そして、そんな現時点で最強の義手によって吹っ飛ばされてしまった支配人は、ガラガラと上から降ってきた分厚い書籍の山に埋もれてしまっている。

 残念ながら完全に伸びてしまっているようだ。


「凄いですわっ、ヴィクター! さすが私の執事なだけはあります!」


 近寄ってこられたお嬢様はエルフリーデとは違い、逆に愛らしい瞳を輝かせながら私を褒め称えてくださった。

 ふふ。

 当然です。


「何しろ、お嬢様に害意を向けたのですから、当然の報いというものでしょう」

「はぁ……なんというか、本当にヴィクター様はお嬢様愛がお強いですね……」


 呆れたように言うエルフリーデに軽く肩をすくめてみせたあと、私は支配人のもとへと近寄った。

 そのまま足をつかみ引っ張り出す。


「ふむ。やはりありましたか」


 魔方陣を起動させるキーカード。

 私が以前、旦那様より預かった隠し部屋のスペアキーと似たような見た目をしている。


「これで開けばよいのですがね」


 ()くそこへと戻り、魔方陣にカードキーを押し当てた。

 すると、すぐさま光り輝き、例によって怪しいと踏んでいた書棚も光り輝く。

 そして数秒ののち、ガガガと音を立てながら、壁の向こう側へと押し開かれていった。


「ヴィクター……!」


 お嬢様が目を丸くしながら近寄ってこられる。


「ふふふ。これは隠し扉にございます。お嬢様のお陰で見事、これを見つけることができました。本当にお手柄ですよ」


 にっこり笑いかけると、しばらくきょとんとされていたお嬢様でしたが、


「えへへ」


 年相応の本当に愛らしい笑顔を浮かべられた。





 隠し扉の先はちょっとした宝物庫となっていた。


 金目のものがたくさん置かれ、中には支配人の私物と思われる宝石類や貨幣そのものもたくさん保管されていた。

 そして、そんな中に私たちが探していた目的の裏帳簿が見つかったのである。


 ざっと目を通しただけでも相当な額の業務上横領が確認できた。


 中にはほぼただ同然で裏ルートから仕入れた宝石の原石を加工し、正規の価格で販売しているような記録や、相場よりかなり安く敵対勢力と売買しているような記録まで見つかった。


 本来であればこのようなものは残さない方がいいのですが、もしものことを考え全部記録していたようです。

 支配人が几帳面な性格をしていたこともなんとなく読み取れる。


「む?」


 更に、あまり好ましくない記述も見つかった。

 闇取引で安く仕入れた原石を加工し、それを聖都に出入りしている闇商人に引き渡し、公爵家の目が届かない別の街で高値で売りさばいていたようだ。

 本当に金に意地汚い男のようだった。


「やれやれ――それにしても闇商人ですか」


 先日密偵から報告のあった怪しい商人風の者たちといい、どうやら本当に今の聖都は物騒で治安の悪い街になりつつあるようです。

 今回のことを機に、一度旦那様を通じて陛下に聖都の警備を厳重にしてもらった方がいいのかもしれませんね。


「ヴィクター殿! 王宮への伝令、滞りなくすべて完了いたしました」

「ご苦労様です」

「はっ」


 宝物庫にいた私のもとへ、ガブリエラ女史が報告に現れた。

 既に彼女を通じて、王宮におられるはずの旦那様や衛兵に事の顛末(てんまつ)は伝えてもらっている。

 あとはいまだに意識を取り戻さない支配人を連行してもらえれば、私たちの視察は完了する。

 私は軽く溜息を吐いたあと、お嬢様を伴いその場をあとにしようとしたのだが――


「おや? これは……」


 思わず目を剥き、絶句してしまった。

 視線の先。

 目の中に飛び込んできたそれは、明らかに他のものとは一線を画すような代物だった。


 宝物庫の中に無造作に置かれたそれは、紛れもなく禁書庫の中に封印されていてもおかしくないような怪しげな表題が付けられた一冊の本だったのだ。


『原初魔法の書 第二巻~原罪の覚醒(アウェイクン)~』


 そこにはそう書かれていた。


「これは……まずいですね。なぜこんなものがここに……」

「ヴィクター?」

「あぁ、いえ、なんでもありません。まいりましょうか」


 私は裏帳簿同様、その分厚い本も『証拠物件』として押収し、外へと出ていくのだった。





 私たちは支配人が逃げられないようにとロープでぐるぐる巻きにしてから彼を担ぎ、店の入口まで戻ってきた。

 既にそこにはリセルやマーガレット、エルフリーデが待機しており、コンラートとシファー女史が周辺の警戒にあたっていた。


 店の中も外も、結構な騒ぎとなっている。


 従業員には待機命令を出していたが、店舗部分の隣の部屋からガヤガヤと話し声が聞こえ、また外にはいつの間にか野次馬が遠巻きにできており、噂に花を咲かせていた。


 やれやれ。

 いつの時代もみなさん噂話がお好きなようだ。


 あまり人が集まり過ぎると警備もしづらくなるし、これ以上お嬢様を衆人の目に(さら)したくはない。

 一刻も早く衛兵が到着してくれればよいのですが。


 そう思い、私は王宮があるはずの方角へと視線を投げたのだが――


 ――殺気!?


 どこからか凍て付く鋭い視線のようなものを感じ、咄嗟(とっさ)にお嬢様を背後に(かば)うような形となっていた。


「ヴィクター?」

「お嬢様、しばらくそのままじっとしていてくだされっ」


 私が尋常ならざる魔力を放出したせいでしょう。


「わかりましたわ」


 若干怯えたような雰囲気が伝わってきた。

 護衛騎士のガブリエラ女史もシファー女史も、さすがに私の意図に気が付いたようだ。

 すぐさまお嬢様をお守りするように左右を固められる。

 先程の殺気めいたものは店内ではなく外――遙か北の上空から飛んできたような気がした。


「エルフリーデ!」


 私は彼女に様子を探らせようとしたが、さすが諜報を生業とする部隊に所属していただけのことはある。

 既にコンラートともども、その場から姿を消していた。

 どうやら私と同じく殺気を感じ、いち早く敵を追いかけていったようですね。

 先程まで感じていたピリついた雰囲気も今はもうない。

 おそらく気付かれたと察知し、逃走に転じたのでしょう。


「ヴィクター様、申し訳ありません。逃げられました」


 しばらくして戻ってきた二人が私の前にかしずき頭を垂れる。


「そうですか。残念ですが致し方ありません。おそらく相当な距離が離れていたはずです。俊足を持つあなた方をもってしても捕捉できないのであれば、どのみち難しかったでしょう。気にする必要はありません」

「はっ」


 お屋敷内で訓練中はさんざかぶ~たれている二人ですが、いざ任務となれば話は別。

 しっかりと仕事をこなし、上下関係を遵守してくれているようです。

 これならば、このまましっかりと彼らを教育し、正しく導いていけばおそらく最強の特殊部隊へと育ってくれることでしょう。

 何しろ、彼らにも禁書の叡智を授ける予定ですから。


「しかし、さっきのあいつらはいったい何者だったんだ?」

「あいつら?」


 悔しげに呟くコンラートの発言に引っかかりを覚え、咄嗟に問い返していた。


「えぇ。こちらの様子を窺っていた連中はおそらく複数いたと思われます。ヴィクター様が家捜しされ始めてからずっとおかしな気配は感じていたのですが、先程いきなり殺気が強まり、三方向から同時に寒気のする視線が飛んできたのです」


「私も似たような怖気(おぞけ)を感じました。コンラートと手分けして捕らえようとしましたが、不審者はおそろしく動きが速く」


「ふむ。なるほど。となるとやはり、下手に接触しなくて正解だったかもしれませんね」

「どういうことでしょうか?」


 真面目な顔をしたコンラートに、


「決まっています。あなた方はまだ戦闘訓練も使用人訓練も中途半端な身。そのような状態で未知な強さを持つ相手と戦闘に発展すれば、生死がどうなるかわからないということです」

「それは……」


 何やら反論しようとしたようですが、思い当たる節があったのでしょう。

 二人とも難しい顔をして押し黙ってしまった。


「まぁ、いずれにしろ、あれが友好的な相手でないことだけは確かです。我らが公爵家を狙ったものなのか、それともこのグラディエール商会を監視していた裏取引相手なのか。その辺も踏まえて、今後とも気を引き締めて警護の任にあたってください」


「はい」

「御意に」


 二人は深く低頭した。

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