85.お手柄お嬢様2
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
「ん? あら、ヴィクターですか。いえ、少々気になるところがあったものですから」
「気になるところ?」
「えぇ、ここなのですけれど」
しゃがみ込むようにされながらそうおっしゃったお嬢様が指さされた場所。
そこは何もない絨毯の上だった。
位置的には、壁を挟んだ向こう側にもう一つ部屋があってもおかしくないと思っていた壁際である。
しかし、隠し扉などの類いは何もみられず、お嬢様が指さされている絨毯にも何もない。
「お嬢様、この絨毯がいかがいたしましたか?」
「えっとですわね。この――」
そうお嬢様がご説明くださろうとした途端、支配人がすっ飛んできた。
「わぁ~~~~! アーデンヒルデお嬢様っ、それにヴァンドール殿! そろそろ昼時ではありませんか。当方でお食事のご用意もできますが、いかがなさいますか?」
「食事ですと? そのようなものは必要ありませんよ?」
「でしたら――」
「黙ってなさい」
「は、はい?」
「黙ってなさいと申したのです。今、我が主がとても大切なことをご説明くださろうとしていたところなのです! それを遮るなど言語道断! 不敬にあたりますぞっ」
本当に失礼な男だ。
お嬢様がせっかく私にわかるようにご説明してくださろうとしていたというのに。
なんと無粋なお人だ。
思わずイラッとしてしまったため声を荒らげてしまったことに気が付き、軽く咳払いする。
見ると、リセルとマーガレットがなぜかうっとりとした顔をし、エルフリーデに至ってはぽかんとしていた。
「ごほん。お嬢様、改めてお願いできますか?」
邪魔くさい支配人が顔面蒼白で押し黙ったのを確認してから、お嬢様に向き直る。
「えぇ。いいですわ。私が気になったのはこの部分ですの」
そうおっしゃって指さされた場所は、絨毯に描かれた牡丹の花の中心部分だった。
なぜかそこに小さな穴が開いていたのである。
「おや? おかしいですね? なぜこのようなところに穴が」
「でしょう?」
「えぇ。しかし、よくこのようなものを見つけられましたね」
「えへへ。なんだか可愛らしいお花が描かれていたものですから、気になったのです。そうしたら――」
「なるほど。そうでしたか。やはりお嬢様は可愛らしいものに目がないようですね」
照れたようにニコニコされているお嬢様の愛らしいお顔を存分に堪能させていただいたあと、私は再びそれへと意識を戻した。
まるで煙草の先端でも押し当てたような感じでしたので、一見すると単に粗相をして穴が開いてしまっただけのように感じられましたが。
「ほうほう、なるほど――いや、お嬢様。これはお手柄ですぞ」
「え? そうなのですか?」
「えぇ」
よく見ると、穴を中心に一辺が三十セトラル(三十センチ)ほどの正方形型に切れ目が入っているように見受けられた。
本当によく目を凝らさないとわからないように工夫されていましたが、その筋の人間が見たら一目瞭然の切れ目。
私は一度、顔面蒼白となっている支配人を一瞥したあと、穴に人差し指を突っ込んでからそれを引っ張り上げた。
「まぁ……これはなんですの?」
丁度切れ目の辺りを境に絨毯がめくれ上がった。
結果的に床が四角い形で剥き出しとなるが、そこに意味不明な青い魔方陣のようなものが描かれていたのである。
「なるほど。幻惑魔法を発動させるための魔導具が埋め込まれていたというわけですか」
私は立ち上がると、支配人へと近寄っていく。
彼は震えながら後退る。
そのまま書棚にぶつかり、本がいくつか床に落下した。
「さて。支配人殿。あれはいったいなんでしょうかね? ここいらですべてを白状してしまった方が身のためだと思われますよ?」
壁際へと追い詰めた私は表情変えずに静かに言い渡す。
しかし、支配人は挙動不審に周囲に視線を彷徨わせるのみ。
今この場には、彼に味方する者は誰もいない。
秘書を含めた他の従業員は別室で全員待機させている。
彼以外部屋にいるのは私を始め、お嬢様、侍女二人、護衛騎士二人のみだ。
支配人はさんざかオロオロしたあと、最後は魔方陣のたもとで佇んでおられたお嬢様へと視線を向けていた。
そのときの瞳が、何やら異常なまでに血走っているような気がした。
これは――
私がそう判断したときだった。
脱兎がごとく逃げ出すと、そのまま一直線にお嬢様がおられるであろう場所へと走っていく。
そのとき彼がまとっていた魔力はどす黒く歪みきっていた。
「やはりそう来ましたか」
しかし、私が動く前に、それらの動きを事前察知していたらしいエルフリーデが、持ち前の俊敏さを生かしてお嬢様の前に躍り出ると、両手に短剣握りしめ身構えた。
「ひぃぃ~~~~!」
おそらくお嬢様を人質にでもしようとなさったのでしょう。
本当に愚かな。
「うわぁぁ~~!」
支配人は正気を失ったかのように叫び、今度は私のもとへと突っ込んできた。
私はそんな支配人に無表情のまま左拳を叩き付けるのであった。




