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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第5章】お嬢様の定期視察

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83.お嬢様の定期視察体験

 応接室へと案内された私たちのうち、お嬢様と支配人だけがテーブル挟んで向かい合う形で座られ、私はお嬢様の背後に控える形となる。


「失礼いたします」


 すぐに秘書がお茶を持って入ってくるが、お嬢様がそれに口を付けることはない。


 万が一妙な薬が入っていた場合に判断力が鈍ったり、もしくは、ないとは思うが命に関わるような毒物が入っていたりしたら目も当てられないからだ。


 一応毒を検知する魔法や魔導具もあるが、それを毎回、このような業務中に行使するのも余計な手間となる。


 昼食などの折、出された料理に毒判定を施すのは王侯貴族であれば当たり前のことなので、面倒がるようなこともないしそれが逆にマナーともなるが、仕事中は別である。


 それゆえ、相手方もこちら側も両方が貴族であれば勝手知ったるマナーとして、本来であればお茶を出さないのが正しい宮廷作法なのだが。


 どうやら、この方々はおわかりになっておられないらしい。

 あるいは――


「では早速始めたいと思いますわ」

「えぇ。よろしくお願いいたします。こちらで準備できる資料はこれがすべてにございます」


 秘書がテーブルの上に置いた白磁のお茶を私の方で隅に置かせていただいたあと、別の秘書が持ってきた大量の帳簿類がそこへと並べられる。


 前回この店舗に抜き打ちの調査に入ったのは半年ほど前でしたから、丁度六ヶ月分用意されているということになる。

 しかし、これは――


 ペラペラとめくっていかれるお嬢様の背後から、失礼のないように様子を窺っていましたが、やはり、六ヶ月分ともなると量が多過ぎる。


 しかも、通常よりも取引量が多いように感じられた。

 伝票もやたら多く、何やら恣意(しい)的な意図すら感じられる。


『木を隠すなら森の中』といわんばかりに。


 これでは、もし不正があったとしても相当に見つけ難いのではないかと思われた。

 ひょっとすると、お嬢様がそれを発見できないようにと、意図的にそう仕向けているのかもしれない。


「お嬢様、少々よろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「思いますに、さすがに量が多過ぎるように思われます。差し出がましいとは存じますが、私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」

「そうですね……」


 お嬢様は考え込まれるように(まぶた)を閉じられる。

 おそらくご自身ですべてをやってみせたいという思いが強いのでしょう。

 ですが懸命なお嬢様のこと。

 これだけの量を予定時間内に終わらせるのが困難だということも悟っておられるはず。


「……わかりましたわ。ヴィクター、あなたが手伝うことを許可いたします。存分に腕を振るいなさい」

「御意に」


 私は腰を折りながらも、なんだか非常に懐かしい気分となってしまった。


 普段お屋敷の中では、威厳の欠片もなく愛らしいお姿を振りまいてらっしゃるだけですのに、社会勉強の一環とはいえ、ご公務となられた途端、このように未来でお見せくださった凜とした佇まいとなられるとは。


 まだ十歳という幼さながらに既に公爵令嬢として恥じない完成された品位が備わりつつある。


 ――本当に将来が楽しみですよ、私は。


 私は心の中で笑みをこぼしながら面を上げたのだが――何やら一瞬だけ、支配人が「使用人風情が余計な真似を」とでも言いたげに舌打ちしたような気がした。





 ひととおり二人がかりで調べ終え、改めてグラディエール商会の帳簿や伝票にはなんら仄暗い点がみられないことが判明した。

 しかし、私だけでなくお嬢様ですらお気付きになるぐらい、帳簿はかなりずさんだった。


 あまりにも計算間違いが多過ぎる。

 これでは売上げと在庫が一致しないのではないかと思えるほどに。

 いや、実際に合ってはいないのでしょう。


 水増しや横領といったレベルではありませんでしたが、今後もこれがずっと続いていくと、確実に経営が破綻する。

 一歩間違えたら最悪、他の商会にまで悪影響を及ぼし、宝石売買すべてを管理している公爵家に責が及びかねない。


 流通経済の一翼を担う宝石業がおかしくなれば、当然他の業界にまで波及し、王国全体が混乱に陥ってもおかしくないからだ。


 ――そのようなこと、断じてあってはならない。


 シュレイザー公爵家、ひいてはお嬢様の名に傷がつき、結果的に政財界すべてから爪弾(つまはじ)きにされてしまう。


「グラディエール殿、少々よろしいかしら?」


 お嬢様の背後に戻りつつ、目配せした私の意を正確にくんでくださったのでしょう。

 十歳とは思えないような毅然(きぜん)とした佇まいで、お嬢様が鋭い視線を眼前の男へと向けられた。


「なんでございましょうか、アーデンヒルデお嬢様」

「ざっとすべてに目を通させていただきましたが、あなた方の商会はあまりにもずさん過ぎるのではありませんか?」

「はい? ずさんですと?」

「えぇ。軽く見積もっただけでも、二十箇所ほども計算に誤りがございましてよ? これではまったく売上げが合わないと思うのですが?」

「そ、そのようなことは……」


 どこか艶然(えんぜん)とした余裕すら感じられるお嬢様に、支配人が微かに焦りを見せ始めた。

 慌てて秘書とともに帳簿を確認し始める。そして、


「こ、これは……大変申し訳ございませんでした。いつも月末には何度も計算して確認しておるのですが」

「確認してこれですの? あなた方の会計責任者はいったい何をなさっておりますの? このようなことがまかりとおるようでは、この先、再検討しなくてはいけなくなりますよ? 宝石取引の許可証を」

「なっ……」


 真面目なお顔で宣言されたお嬢様に支配人の顔が青ざめる。

 それとともに、どこか邪気のようなものが身体から漏れ出ているのを感じた。


 自分の魔力が視えるようになってから、私は他者の魔力の流れまでも捉えられるようになっている。


 魔力とは生き物である。


 私が認識している限りだと、魔力は心臓で作られ、それが全身へと巡っていく。

 そしてやがて、古くなった魔力が外へと漏れ出て消滅し、新たな魔力が作り出される。


 それが延々と繰り返されることになるが、その魔力に感情が色となって表れることがあるのだ。

 平常時は青白い色をしているが、負の感情が高まるとどす黒く変色していく。


 支配人から漏れ出ているのはまさにそんな色だった。


「グラディエール殿、今後とも商取引を続けたいのであれば、二度とこのようなことのないよう、肝に銘じておきなさい」

「は、はい……申し訳ございませんでした」


 年端もいかない少女にすっかりやり込められてしまった大の大人たちが深く低頭する。

 そのときに一瞬、殺気めいたピリッとした空気が張り詰めたが、私が腰に差した刀の柄にゆっくりと手を伸ばしたのを目にされたのでしょう。

 ピクっと身体を震わせ、邪気が吹き飛んだ。

 魔力が青くなっていく。


「ヴィクター」

「はっ」

「これで通常の視察業は終わったと思うのですが、他に気になったことはありまして?」

「そうですな……」


 私は意図的にジロリと支配人に視線を投げた。

 若干青白くなっておられる彼は既に余裕がないのか、黒い瞳が揺れ動いているような気がした。


「なるほど」

「ヴィクター?」

「いえ。このようなことを申し上げたくはないのですが、グラディエール殿」

「は、はい……」


「我がシュレイザー公爵家が管轄する宝石商の中にも、不正をする輩が近年出始めていると聞き及んでおります。本来であれば皆様方は公爵家にとっては身内も同然。長年にわたって管理してきた由緒ある商会であると信じております」


「はい……」

「ですが、ここ最近の世界情勢はそのような理想的な経営をよしとしてはくださらないようです。何を申したいかおわかりか?」

「は、はぁ……」


 どうやら理解されてはおられないようですね。

 軽く溜息を吐くとお嬢様が、


「つまり、他国から流れてきた悪意の影響を受ける者たちが出始めたということでしょうか?」

「なんと……!」


 思わず「素晴らしい! さすが我が主です!」と叫びそうになり咳払いをした。


「さすがお嬢様です。やはりご聡明であらせられる」

「いえ。これぐらいのこと誰でもわかりますわ」


 いえ、お嬢様。

 私は嫌みを言うつもりで敢えて回りくどい言い方をしたのですよ?

 ですがそれをまさか幼いお嬢様がご理解なさってしまわれるとは。


 いやはや。

 少々利発過ぎて先が恐ろしいですね。

 もしかしたら、私の嫌みがおわかりになるぐらい、お嬢様も嫌みの腕を――

 これは……いろいろな意味で将来が心配になってきましたよ。


「ではそういうことですので、グラディエール殿」

「は、はい」


 お嬢様の声がけに、支配人が脂汗を流しておられる。


「今から追加でこの商会内すべての調査を行いたいと思います」


 そう宣言されたお嬢様に、支配人が石化した。

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