82.グラディエール商会
――こうしてみると、本来思ってはいけないことではございますが、とても絵になるお二方ですね。
最初の視察場所へと向かう馬車に揺られながら、対面のシートに座られているお嬢様とクラリスの姿を拝見し、私は一人、場違いにも和んでしまった。
本日のお嬢様のお召し物はピンク色のドレスで、軽くサイドの御髪を編み込んでおられる。
対してクラリス嬢も、ドレスの色と髪色こそ違えど、お嬢様と瓜二つの髪型をしておられた。
お二方が並んで座られていると、まるで仲のよい本物の姉妹のように見えなくもなかった。
旦那様から伺った話ですと、クラリス嬢は生まれて間もない赤子の頃に、先代様がお作りになった孤児院前に捨てられていたのだという。
その孤児院の管理は現在、シュレイザー公爵派閥の筆頭貴族であり、また、奥様のご実家であらせられるグレイアルス侯爵家が行っているとか。
その関係で当家に引き取られたのだという。
他の陰たちもそうですが、氏素性がまるでわからない者たちをお屋敷に引き入れられるのはいかがなものかと思いましたが、こうしてみると、なるほど。
私がお預かりした陰たちの中では最も貴族に近い見栄えをしているように思われた。
今後どのように養育していくかにもよりますが、しっかりと使用人教育や貴族教育を施していけば、もしかしたら公爵家に縁ある高貴な人間と見間違うほどには立派に成長してくれるかもしれませんね。
さすれば、陰十五名の中で随一の諜報員へと育ってくれることでしょう。
何しろ、お嬢様の側仕えとしても働けるようになるわけですから。
「――ヴィクター様。まもなく最初の目的地に到着いたします」
一人心の中でほくそ笑んでいたら、背後の小窓から御者の声が聞こえてきた。
「わかりました。ではまいりましょうか」
大商業地区の一角にある比較的大規模な宝石商、グラディエール商会の前で馬車が止まった。
私の声がけを受け、左右を挟むように座っていたリセルとマーガレットが馬車から降りていく。
続いて私も降り、最後にお嬢様とクラリス嬢がともに降りられた。
馬車を挟むように馬上の人となって馬を走らせていた護衛四人も既に下馬しており、我々を挟むように周囲へ警戒の視線を投げている。
いいですね。
普段はいいとこのお嬢さんの雰囲気を漂わせておられる護衛騎士のお二人ですが、いざというときにはしっかりと緊張感を持って業務に励んでくれているようです。
さすが、旦那様が人選なさっただけのことはあるということですか。
実験的に連れてきたエルフリーデやコンラートも、訓練中のだらけた雰囲気はまるでなく、仕事の顔となっている。
やはりお嬢様のお命に関わる護衛任務となれば、真剣にもなるということでしょう。
なんといっても、彼らが敬愛する旦那様の大事なご息女なのですから。
「ではお嬢様。いつもどおりにお願いいたしますよ?」
「えぇ、わかっておりますわ」
得意げににっこりと微笑まれるその愛らしいお顔には、どこか出会ったばかりの頃の旦那様を思わせる堂々とした潔さのようなものが感じられた。
いろいろとダメなところもございますが、まだ十歳というお年ながら、既にあの頃の旦那様のようなご立派なお人へとご成長なされているということなのかもしれませんね。
「ごきげんようですわ」
店の前に立っていた係の者が巨大なガラス扉を開いたのを受け、お嬢様は先頭に立たれて中へと入っていかれる。
そのすぐ左斜め後ろを私が、更にその背後を二人の侍女が続く。
ガブリエラ女史ら護衛騎士二名は店の外で警備を固めている。
リセルとマーガレットは入ってすぐの入口付近で壁の人となり、エルフリーデもそれに倣う形となったが、コンラートだけは執事の振りをしながら、御者とともに馬車のたもとで待機している。
クラリス嬢のこともエルフリーデたちにお任せしておいた。
「これは……アーデンヒルデお嬢様ではございませんか。今日はどのような御用向きで?」
私たちの来訪にすぐさま気付かれたのでしょう。
店内奥からタキシード姿の支配人の男が姿を現した。
年の頃は大体五十前後といったところか。
黒髪に白髪が混ざっている。
「えぇ。本日は父である当主に代わり、あなた方の経営なさる店舗の視察にまいりましたの」
「そうでございましたか。や、これはご苦労様にございます」
支配人は人の好さそうな笑みをこぼし、慇懃に腰を折った。
「では、応接室にご案内いたします。どうぞこちらへ」
「えぇ、お願いいたしますね」
口元を扇で隠されながらにっこりと微笑まれるお嬢様だった。
私はお嬢様に付き従い、店の奥へと歩いていく。
その際一度、背後を振り返った。
店の入口では、微動だにせずリセルとマーガレットが立っており、その二人を警護する形でエルフリーデ、それから彼女と手を繋いだクラリス嬢が控えている。
――頼みましたよ、みなさん。
私は一人、心の中で呟いた。




