79.悩めるヴィクターと今後の課題
旦那様方との打ち合わせが終わり、地下練武場へと戻るべく、私は回廊を歩きながら一人考え事をしていた。
「――この数年間、一見平和そうに見える日常でしたが、やはり裏ではいろいろ進行していたということですかね」
緊急会議で聞かされた内容を思い出すたびに、嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。
公爵家が直接危機に陥るような要素は何もなかったが、
『陰で暗躍している連中が必ずいる』
そう予感させるに十分な内容だった。
「ただ、それでも表面上だけは、平穏な日々が続いている。まるで嵐の前の静けさのように」
若干おかしな気配はあるものの、未来でクーデターに絡んでくる危険極まりない敵対派閥に目立った動きはみられない。
相変わらず旦那様方とは政治のことで意見の食い違いはあるようだが、ともにこの国に安寧をもたらそうという姿勢だけは感じ取れるらしい。
更に、数年前の暗殺未遂事件以来、殿下や陛下ら王族が命の危険に晒されるようなこともないという。
そのことだけ見れば、将来は安泰に思われたのだが、『闇に蠢く不穏な気配』という大きな懸念が残る結果となった。
そこで、会議が終わったあと、陛下との連絡係でもあるグラスナー殿とともにあの場に残った私は、旦那様からあれこれお屋敷の警備状況について尋ねられることとなったのだ。
◇
『本来であれば、騎士らだけで屋敷の警備は万全だが、数年前の拉致事件のこともある。そして、お前が手に入れた力。それらを加味したうえでも、お前が防衛網を敷いた方が確実だろう』
そう随分前より厳命が下されていたため、その状況説明のためにご報告申し上げようと思ったのだが――すぐにお答えすることができなかった。
何しろ、事情を知らないグラスナー殿までおられたからだ。
しかし、
「案ずるな。こいつはこちら側の人間だ。一応は陛下との連絡係を務めてもらっているが、都合の悪いことは報告しないよう念を押してある」
そう真面目なお顔をされておっしゃる旦那様に呼応するように、
「ご安心ください。陛下も『万が一漏れるとまずいような情報はこちらに報告しなくてもよい』とおっしゃってくださっておりますし、何より私はシュレイザー公を深く敬愛しております! 閣下の不利になるようなことなどいたしません!」
そう述べられ、グラスナー殿がにこりと笑いながら胸を叩いていた。
一応魔鉱石などを融通してもらうために最低限のことは陛下にお伝え申し上げているので、あの方もある程度のことはご存じだ。
私が未知なる魔法を見出し、それを実践したがゆえに健康を取り戻したこと。
その魔法によって、様々な魔法武具や戦闘技能の向上が図れるようになったことなどなど。
ただそれだけであったが。
当然、間違っても禁書を解読する知識を手に入れ、それを紐解き、書かれていた古の叡智を実践したなどとは口が裂けても言えない。
信用できないわけではなく、グラスナー殿もおっしゃったとおり、どこから情報が漏れるかわからないからだ。
万が一にでも、王立魔導研究機構の職員たちの耳に入ったら大変なことになる。
あそこにはミカエラ様以上の『魔導狂いの女性最高顧問』がいるからだ。
何より、局長であり若き魔導士団団長でもある、王国最高の魔導士まで常駐している。
ゆえに、あの二人にだけは知られてはならない。
何しろ、未来で初めて古代語の解読に成功したのは他ならない彼らなのだから。
――きっと、目の色を変えて根掘り葉掘り聞き出そうとするでしょうね。
本当に考えるだけでも面倒くさい。
最悪、力尽くで排除しなければならなくなるだろう。
そういったわけで、旦那様とグラスナー殿はあのように仰せだったが、私は最低限のことしか報告しなかった。
即ち、魔法造物生命体のガーゴイルのような流体魔法金属生命体式ガーディアンを、それとわからなく実戦配備してあること。
ミカエラ様と協力のうえ、結界魔導具を強化したこと。
それから新たな魔法武具の開発に着手していることなどなど。
旦那様はそれを聞き大きく頷かれたうえで、私が預かった『蒼天の禍つ蛇』ともども、引き続き戦力増強に努めよとおっしゃり、納得してくださった。
一方で、グラスナー殿は少し違った言動を見せられた。
「私は一応、陛下の名代みたいな形でここへまいっておりますからね。お伝えしてもよさそうな報告があれば、上に挙げなければならない義務があるんですよ」
そうおっしゃって苦笑された。
「ですので、それを踏まえたうえでヴィクター殿。陛下が最も気にされているのは魔法の武具に関してです。王宮に詰める近衛騎士団は私含めて陛下直轄の部隊。もし騎士団に転用できそうな武具の開発に成功したのでしたら、そのときは是非に。当然、最優先すべきは陛下ご自身がご使用なさる武具にございますが」
「えぇ、わかっておりますよ。私も陛下や騎士団の皆様方にもしものことがあって欲しくはございませんからね。戦力拡充できそうな段に至りましたら、そのときには技術情報を進呈いたしましょう」
「かたじけない――あぁ、それと。伝え忘れておりました。近日中に、一度、閣下ともども王宮にお越しになるよう招集がかかっておいでです」
そうグラスナー殿が最後に言葉を結び、居残り会議は閉幕した。
◇
「やれやれ。本当に困ったお方だ」
私は地下へと続く階段を下り、薄暗い回廊を歩きながらグラスナー殿が残した最後の言葉を思い出していた。
陛下に呼び出されるのは何も今回に限ったことではない。
これまでにも幾度となく通達が来ており、そのたびに旦那様とともに登城してきている。
どうやらいろいろな意味で気に入られてしまったようで、顔を出すたびに「立ち合いせよ」と申し使っていた。
「わざわざただの執事であるこの私を呼び出す必要もないと思うのですがね」
旦那様より託された陰たちにも専用の武具を与えるつもりでいるし、王宮へ渡す魔法武具のこともある。
お茶会までに陰たちの練度も高めなければならず、とても忙しいこの時期に招集とは。
「本当に勘弁して欲しいですね」
私は地下練武場の扉まで来て、大きく溜息を吐いてから扉を開け――たまではよかったのだが、中に入ろうとしてぎょっとした。
「やっと来ましたわね、ヴィクター!」
地下練武場の一角。
なぜかそこには、怒ったような、それでいてどこか勝ち誇ったようなお顔をされたお嬢様が腰に手を当て佇んでおられた。




