9.その後の事情説明2
「殺された……ですと?」
「あぁ。実は、奴の頭の中には小型の魔導具が仕込まれてあったらしくてな。情報を引き出そうとすると、爆弾となって爆ぜるような仕掛けとなっていたらしい」
「……つまり」
「あぁ。木っ端微塵に破裂しやがった」
大仰に肩をすくめてみせる旦那様に、隣の奥様が咳払いし様に脇腹を小突かれた。
「なんと品のない表現ですこと。それでもシュレイザー公爵家を率いる当主様でございますか?」
双眸を細められ、非難の視線を向けられる奥様に、
「い、いや、しかしだな。事実だから仕方がないだろう?」
引きつった笑みを浮かべられる旦那様だった。
かかあ天下。
私の頭に浮かんだよく聞き知った言葉に、思わず苦笑してしまう。けれど、
「ですがそうなると、やはり情報は引き出せなかったということでしょうか」
「あぁ。そうなるな」
旦那様は軽く舌打ちなされた。
「あそこまで大がかりな下準備してまで一挙に襲ってきたのだ。ただの身代金目当ての誘拐ではないだろうと判断し、必ず裏があると見て尋問しようとしていたのだがな――たくっ。あいにくと、当てが外れてしまったというわけだ」
「そうですか。あの分ではおそらく、他の賊すべても同じように、口封じの魔導具が仕込まれていたはずですし、それを考えましても必ずや黒幕がいることは間違いないでしょう」
「だな」
「考えられる相手といえば」
「敵対派閥――宰相どもか」
残念ながら我がリヒテンアーグ聖王国の宮廷内は、勢力が二分されてしまっている。
現国王を頂点とするシュレイザー公爵派と、それに敵対する宰相派の二つだ。
現時点では別段、宰相派が王政派を打倒して玉座を奪おうとしているわけではないが、政治のことで何かと対立することが多いのが、この二つの勢力だった。
互いに憎しと、毎日のようにいがみ合っている。
幸い、今はまだ大きな小競り合いに発展することこそないものの、将来的にはとんでもないことになってしまう。
未来で経験したクーデター。
アレが起こってしまうのだから。
どこが転換期となって宰相派閥が水面下で動き始めたのかまでは把握していない。
しかし、放っておけば命取りになりかねない。
たとえお嬢様が将来、悪逆非道な王妃となられるのを阻止できたとしてもだ。
既に歴史は変わっている。
お嬢様が闇堕ちされてしまわれる陰惨な事件は未然に防いだ。
けれどまだ数々の難局が待ち受けていることだろう。
本来の歴史どおり、将来、お嬢様が王太子殿下と出会われたとき、凡愚のあの方に惚れてしまい、王太子妃になってしまわれる可能性も残っている。
もし仮にそのようなことになったら、シュレイザー公爵家が王家と密接な繋がりを持つことととなり、一気に勢力バランスが崩れかねない。
そうなったとき、宰相派閥がどう出るか。
やはり、すべての鍵を握っているのは、お嬢様を拉致しようと動いた黒幕だろう。
第二、第三の誘拐事件が発生して悪逆非道な王妃へ一直線となる可能性も残されている。
一刻も早く奴らの存在を明らかなものとし、その悪事の全貌を暴き、すべての膿を出し切らない限り、この国――いや、お嬢様に明るい未来をお届けすることはできないだろう。
◇
「ふぅ……」
私は思考の海から這い上がってくると、朝の明るい日差しが入り込む病室の中で、天井を見上げた。
それにしても……。
未来の公開処刑場にいたあの入れ墨の老人が、まさかお嬢様誘拐事件の実行犯だったとは思いもしなかった。
驚天動地とはまさにこのこと。
やはりあの狂乱振りにはそういった裏があったということなのかもしれない。
熱に浮かされたような、どこか狂信者がごときとち狂った様相で叫んでいた姿が思い起こされる。
奴が何者だったのかは死んでしまった今となっては想像することしかできない。
しかし、おそらく敵対勢力にくみする者であったことは疑いの余地もないだろう。
何しろ、王政派が倒れたことを、あれほどまでに狂い笑いながら喜んでいたのだから。
そしてかつて、敵対勢力の中枢にいたシュレイザー公爵家のご令嬢であらせられるお嬢様を自らの手で拉致し人生を狂わせ公爵家の名に傷を負わせただけでなく、玉座についたあの方を処刑するまでに至ったのだから。
自分の手で政敵を追い詰め、やがて王妃の座に上り詰めたお嬢様のお命まで死に追いやった。
あの老人に取ってみれば、これほどまでに痛快な結末はなかっただろう。
私は未来で見かけたあの男のおぞましい笑みを思い出し、無性に腸が煮えくり返ってしまった。
どうせ口封じに殺されるのであれば、私自らの手で嬲り殺しにしておけばよかった。
そうすれば、未来でお嬢様が味わったであろう屈辱と苦痛と空しさを少しでも晴らしてさしあげられたものを。
「はぁ……」
私は知らず知らずのうちに派手に溜息を吐いてしまったようだ。
「どうかされましたか?」
数日前の出来事を思い出して物思いに耽っていた私にそう声をかけてきたのは、私の看病を任されている看護師の女性だった。
「いえ、なんでもありません。お気になさらず」
「そうですか? ではヴィクター様、包帯をお取り替えいたしますわね」
「わかりました。いつもすみませんね」
「いえ、それが私の務めですので」
にっこり微笑む彼女はとても愛らしい女性だった。
年の頃はおそらく十八とかそのぐらいだろう。
十五を過ぎれば成人となるこの国では既に、立派な大人である。
このお屋敷に詰める使用人は私以外すべて貴族の出だ。
平民でも下町にある平民専用の学校で勉学に励むことになるが、貴族は貴族で、このお屋敷がある貴族街に作られた王立学園に入学し、様々なことを勉強することになる。
聖都に住まう爵位持ちの貴族ともなれば、大抵は宮廷や政庁区勤務となるが、騎士階級の下級貴族たちの子弟はもっぱら、騎士団か上級貴族のお屋敷などが就職先となる。
貴族街に病院を構える医療技師もまた、選択肢の一つだ。
この娘もおそらく、学園で医療を学んだ口なのだろう。
「それでは身体を起こさせていただきますね」
「えぇ」
どちらが貴族かわからないぐらい、平民出身の私を丁重に扱ってくれる彼女が、横になっていた私を抱きしめるように上体を起こそうとしたときだった。
「ヴィクター様! 起きてらっしゃいますか?」
朝の清々しい空気よりも更に切れのある澄んだ声色が突然室内へと鳴り響いていた。
扉を開けて中に入ってこられたのは、例によってお嬢様だった。